平和な日常と期待する私
帰った村娘が生活のために商売を始めます。
村ののんびりした日常です。
「エレン!!」
「ただいま、お母さん!」
水汲みにでてきた母に抱きつく。
荷物もそのままに、地面に置きっぱなしで泣き出す母に抱きしめられた。
翌朝起きてすぐに帰してもらった。
最初に邸に移動したあの部屋が、移送魔法の為の部屋らしい。
せめて朝食までとロレンヌ夫人は言っていたが、最後は笑顔で見送ってくれた。
もう二度と経験しないだろう世界だった。
ロレンヌ夫人に持たされた朝食を広げ、母と向かい合って食べる。
「おいしいけど、毎日これじゃあ胃がもたないわ」
「私もそう思うわ。だからパンを多く食べたり工夫してたんだから」
「ロレンヌ夫人にはちゃんとお礼言ったの?」
「言いました~」
とにかく掻い摘んで話した。もちろん男性と一緒の部屋にいて寝てたとは言わず、日中にロレンヌ夫人と3人でいたことにした。
母はゼヴァローダ様の使いの人から私の体質と、ベルと”炎帝”の魔法使いの関係まで話したそうだ。しっかり話して自分に説得していったことで、母もゼヴァローダ様のお願いにうなずいたらしい。
「村のみんなには、ベルとリーンは貴族の子で迎えがきたから出て行った。エレンは保護したお礼にと誘いを受けたって話になってるからね」
「わかったわ。それよりさっきの話どう?貸衣装できるかな?」
「そうねぇ、確かに素敵な服ばかり。長袖だけど生地も薄いし、いいんじゃないかしら」
こんな村の需要じゃ食べていけないけど、臨時収入としてコツコツ溜めていけばいい。いざとなれば布地としても売れそうだ。
「早速マナ達を呼んで宣伝してもらうわ」
「そうね」
食堂へ持っていってもらおうとお菓子を分けていると、母が近づいてきた。
「やっぱり、今日は休むわ」
「どうして?具合悪いの?」
「いいえ、せっかくあなたが帰ってきたんだし」
私の手を握り締める母を見て、困ったように笑って見せた。
「ずっといるわよ」
「でも、またいなくなったら…。
そうだわ、また魔法使いがきたらどうしましょう」
不安げに視線をさ迷わせる。
「お母さん?」
「本当は今すぐここを離れたいけど。女2人が簡単に出来る事じゃないし、でも、もしまたあなたが浚われたらと思うと」
また泣き出してしまう。
「大丈夫よ、お母さん。私ここにいるわ」
「でも」
「嫌だ、お母さん、私がお嫁に行ったらどうするの?年下のメリーだって秋にはダンと結婚するのよ」
「…そうね、あなた18ですものね」
ようやく落ち着いたのか、とりあえず仕事には行くと言ってくれた。
しかし私には出歩くなと言いつけ、マナやメリーには家に来るよう伝えると出て行った。
「結婚、かぁ」
ふと胸元からペンダントを手繰り寄せる。
--このまま連れて行きたい--
彼の言葉を思い出して、顔が熱くなる。
どういう意味で言ったんだろうか?
保護してくれた恩人として?
友人として?
それとも、異性として…と、考えたところで首を振る。
それはない。
彼の周りには女性がたくさんいるようなことを言っていた。あまりそのことを好んでいないようだったけど、きっと平民の私が物珍しいだけで、そう遠くない時期に”炎帝”の魔法使いが結婚したとかいう話がくるだろう。
連絡だってくるかも疑わしい。
このペンダントはお礼としてもらった。
そう思うことにしよう。
「さぁ、さっそくハンガーにドレスをかけなくっちゃ!」
皺になったら大変と、あわてて自分の部屋からハンガーを持ってきて、色合い良くそこら中の段差にかけて飾った。
マナとメリーにゼヴァローダ様やシリウスの話が出来ないのが残念だが、祭りでも口に出来ないこのお菓子を振舞って話題にしよう。
まずは家の掃除、と取り掛かった。
2人がやってきたのは昼だった。それぞれにお昼を持参しており、分け合って食べようとマナが言った。
家に入れば、すぐ2人の足は止まった。
全部で13着の素敵なドレスが目に飛び込んできたからだ。
「うわぁ、なんて綺麗なドレス!」
ロレンヌ夫人いわく普段使いの服ですと言っていたが、やはり私達から見れば立派なドレスだ。
「このドレスお礼に頂いたんだけど、2人に1着ずつあげるわ」
「ええ!?」
急な申し出だったようで、2人とも目を丸くして驚いている。
「そのかわり、宣伝してもらうんだから」
「宣伝って?何するのエレン」
首をかしげたのはマナ。
「貸衣装よ。せっかく頂いたのに、普段じゃ絶対着ないじゃない。もったいないから、特別な日にどうかなって思って」
「素敵だわ!特別な日に一番困るのは服だもの!」
メリーは茶髪のおさげを揺らして飛び上がった。
「メリーは美人だからいいけど、私もいいの?丸顔で、そばかすもあるし」
遠慮がちに言うのはマナの悪い癖。
こげ茶の豊かでまっすぐな髪をポニーテールにして、黄色い丸い大きな目はとても可愛らしい。
「そばかすがそんなに気になるなら、これも白粉もあげる。だからちゃんと着て宣伝してね」
「それなら、いいわ」
今度こそ満面の笑みでうなずいた。
「メリーには一足早いけど、結婚祝いで口紅あげるわ。うすいピンクで、香りもいいの」
「やった!あ、私はこの薄い黄色のドレスにするわ!本当は桃色がいいけど、結婚したら着れなさそうだし」
「じゃあ、私が桃色にするわ。私はまだお嫁にはいかないから」
「私も予定はないわ」
そう言って3人顔を見合わせて笑いあった。
「私の花嫁衣裳よりいい生地だわ!これを直した方が素敵かも」
「でも黄色よ?花嫁さんは白でしょ、ねぇマナ」
「えぇ。そのかわり私はこのドレスで参列してあげるわ」
「やだ!花嫁より目立つじゃない」
「きっとみんなエレンの貸衣装を着るわね」
「地味な花嫁なんて嫌よ!」
「マナったら。でもメリー、もう衣装縫ってるの?」
「結婚が決まったらすぐ縫うのが普通らしいわ。うんと着飾ってやるんだから!」
秋に17才になれば、隣村のダンという年上の男性に嫁ぐメリー。この辺りの村は家庭の仕事が満足にできるようになった、16才~18才で嫁ぐことが多い。逆に男性は仕事をこなせるようになってからということで、20才頃から家庭を持つ人が多い。
「春祭りはこの服で踊るわ。ダンも来てくれるって言ってたもの」
「私も。そして旦那様候補見つけないと!」
あはは、と笑いあってふとマナが私を見る。
「エレンは?好きな人いないの?」
「私?そうねぇ」
考えてみるが、気になる男性は浮かばない。でも、ふと頭によぎるのはシリウスの姿。
「いないわ」
「じゃあ、私と一緒に頑張りましょ」
「そうね」
ふふっと笑ってから、それぞれに白粉と口紅、服を渡す。
2人とも頬を赤らめて見入っている。
「お昼食べたら試着したら?」
「そうする!」と2人が同時に言ったので、私はお茶の準備に取り掛かった。
カップを取り出す時に、ふと目に止まった物があった。
黙って手に取った瓶には、メープルシロップがあと少しだけ残っていた。
(ベル…)
今はシリウスだけど、あの可愛らしい姿が思い出される。
もし、使い魔とやらが来たらこの瓶を持たせよう。
そう思って棚の奥へとしまった。
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芽吹く季節がやってきた。
森からの風でまだ灰が届くこともあるが、大した量でもなく平和に過ごしていた。
春祭りは2日後の祝福日に行われ、各村が当番制で催している。
今年はどうなるかと思ったが、予定通りこの村で行うと決定した。
近隣の村から人々が広場に集まって、夜が来るまで踊って楽しむ。そして数少ない公認された男女の出会いの場でもある。
マナとメリーのおかげで貸衣装は全部予約済み。少し補正が必要なものがあるので、今はそれをせっせとこなしている。
あれから2ヵ月が経とうとしている。
その間に届いたのは、ゼヴァローダ様から母へのお詫びの手紙だけだった。
母はその手紙を何度も読み直していたが、ある時竈の中へ放り込んだ。
それっきり手紙というものは、我が家には届いていない。
「こんにちは、エレンさん」
やってきたのはダンの妹のアン。黒髪で黄色の目をした可愛らしい14才の少女。
メリーが次の日に隣村に出かけて連れて来たのだ。
「いらっしゃい、アン。できてるわよ」
彼女が選んだのはマナより少し濃い桃色の服。花をモチーフにしたスパンコールがスカートの裾にあり、レースも多めでかわいらしいそれは、アンにとても似合っている。
作業場と化している小さな自室にアンを招き入れ、カーテンを閉める。
姿見にしては小さいけど、村の雑貨店で見つけて購入したそこそこの大きさの鏡を窓に立てかけて、さっそく試着してもらう。
「大丈夫そうね」
「こんなドレスを着れるなんて、夢みたい」
「喜んでもらえて嬉しいわ」
鏡の前で、アンはくるくると嬉しそうに回った。
「そういえばエレンさんはどのドレスを着るの?ここのドレスはみんな予約済みなんでしょ?」
「ええ。私のはあるんだけど、少し迷ってて」
「どうして迷うの?」
「少し派手なのよ」
本当はもう一つ理由がある。
「見たいなぁ、いい?」
「いいわよ」
断る理由もないので、私は棚の上に置いていた大
きな箱をベットへ下ろす。
これはゼヴァローダ様からの手紙とともに届けられた、私宛の贈り物だった。
メッセージカードにはシリウスの名は伏せてあったが、彼からの贈り物ですと書かれていた。
「うわぁ、きれい」
ため息のような声がでる。
箱の中には赤から薄いオレンジになっているドレスが入っていた。首周りには控えめなレースと小さなラインストーンが散らばっており、全体的にシンプルだが生地が光沢を持っているので十分美しい。箱の中は二層になっていて、下段には小物として靴、バック、髪飾りも納められていたが、使うつもりはないのでそのままにしておいた。
「着るべきよ、エレンさん」
「そう、ねぇ。考えとくわ」
あいまいに答えて、アンが褒めちぎるドレスを箱にしまった。
「じゃあ、明後日ね」
アンとメリーは仲がいいので、今日から泊まると言って嬉しそうに帰っていった。
姿が見えなくなると、ふとドレスが頭に浮かんだ。
あの色は彼の目の色だ。
しばらく忘れていたことが、あのドレスを見た日から頭から離れなくなっていた。
家の裏の小道に向かい、森を挟んで遠くにあるアルナバ山脈を見つめる。
村に戻ってからしばらくは、いつ使い魔が来るのかと気にしていたが、過ぎていく時間とともに期待するのをやめた。
ドレスが届いて再び期待した。
でもやっぱりそれだけだった。
”炎帝”の魔法使いが無事帰って行ったと伝わって来たのは、村に帰って1週間が過ぎた頃だった。帰国した日を知っている私は、こんなにも時間がズレて伝わるのかと愕然とした。と、同時にそれ程に遠い世界の人だったんだと思い知らされた。
夜になって、箱からドレスを取り出して着てみた。
ロウソクの灯りで照らされた姿を見ても、アンのように心が躍ることはなかった。
そして何もない日常が過ぎて、春祭り当日となった。
読んでいただきありがとうございます。
誤字などありましたら、教えていただけたら助かります。
また、評価していただいて本当にありがとうございます。