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抱擁と前夜

 今週もよろしくお願い致します。

 

 話しは随分長いものだった。

 このままでは今日帰ることができないかもしれない、と思った。

 荷物はないし、挨拶をしてすぐ帰れるものだと思っていたが、ロレンヌ夫人がお土産がありますのでと食い下がって渡されたのは、ここで着た服やお菓子。

 お菓子は嬉しいが、服は必要ないと返そうとしたが、それなら処分するしかないと言われてもらうことにした。しばらく服を見つめていて、妙案が浮かんだ。

 祭りや結婚式では誰もが着飾る。上質なこれらの服は、村娘から見れば十分華やかだ。これらの衣装を貸し出すという商売はどうだろうか。少しなら補正することもできそうだ。

 メリハリのある体型ではなく、一般的に多いだろう体型であったことで貸し出す時には支障はなさそうだ。

 ロレンヌ夫人と午後のお茶をしていた頃、失礼とは思いながら口にした。

 「お話、長いんですね」

 「そうですわね」

 かちゃりと薄い陶器のティーカップを皿に乗せる。

 「お帰りは明日になるかもしれません。お母様にはお待たせしてしまいますが」

 「いいえ、仕方ないですから」

 お偉い様には叶わないもの、と甘い紅茶を1口飲んだ。

 そしてすっかり日が落ちてしまった頃、ようやく客人が帰った旨を伝えられた。

 私は与えられた部屋で本を読んでいた。

 ゼヴァローダ様の邸の中の図書室という所は壁一面どころか、部屋自体が迷路のように棚が配置されており、その量と広さに圧倒された。

 ここにきてすっかり本の虜になっていたので、見納めと薄い本を読んでいたのだが、それはとうとう最後まで読む事は出来なかった。

 「エレン!」

 ノックもなしにドアが勢いよく開かれる。

 「ど、どうしたの?」

 本を閉じてテーブルに置き、立ち上がる。

 出迎えるようにドアに近づけば、シリウスも歩み寄り、両手を広げて私を囲い込んだ。

 「きゃあっ!」

 「あー、癒される。何度あいつらぶっ飛ばそうと思ったことか」

 ぶつぶつと物騒な事を肩越しに言っている。

 すっぽりとマントの中に抱きすくめられ、どうしたらいいかと考えているとリーンが入ってきた。

 「待たせてごめんなさいね」

 「いいのよ、それより…」

 この状況をどうにかして欲しい。

 しかしリーンは黙って見ている。

 「この、バカが!」

 がっとシリウスの後頭部に拳が飛んできた。

 「ぐっ」と唸って、片手で頭部を押さえて振り返る。

 そこに立っていたのは、眉間に皺を寄せたゼヴァローダ様だった。 

 「人の邸で無体を働くな」

 「あんなジジイどもの説教食らわせられたんだ。我慢して聞いてやったんだから、今の俺には癒しが必要なんだから邪魔するな」

 「確かに魔法を放つことなく聞いてたな。だが、オリラード候を脅して失神させたのはお前だ」

 「コーランから余計な説教をもらってたわね」

 ふんっと忌々しげに鼻を鳴らして、もう一度私を抱きしめる。

 「あぁ、落ち着く」

 「そうやって嫌われてしまえ」

 「え?エレン嫌なの?」

 ようやく腕を緩めてくれた。

 首をかしげるシリウスに、ちょっと赤い顔したままあいまいに笑う。

 「いきなりは苦手、だよ?」

 「言えばいい?」

 「あの、男の人はちょっと…」

 シリウスが目線を合わせて詰め寄ってきた。

 「どうして?じゃあ、エレンから抱きついてよ。エレンだったらいつでもいい」

 「そ、それは無理…」

 両手のひらを見せて、苦笑しながら首を振る。

 「へぇ。エレンは消極的なんだ」

 そうなんだ、と妙に納得するシリウスに、後ろからゼヴァローダ様がため息をついて言った。

 「お前の周りに用意された女性とは違うってことだ」

 「あぁ、あれが抱きついてきたら迷わず暴発する自信がある。最近はしなくなったけど」

 「炎で抱き殺された人がいるって噂たてておいたから、しばらく大丈夫よ」

 何の話か良く分からないが、これだけの美形だ。周りにいる女性もそれは華やかで美しいだろう。

 「それより、エレン大事な話があるんだ」

 「大事な話?」

 「明後日俺は帰国しなきゃならない。それで、エレンも一緒に来て欲しいんだ」

 「えぇ!?」

 自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。

 でもシリウスはかまうことなく笑顔で続ける。

 「まずは面倒だから客人ってことで滞在してさ、そのうちどうにか手をまわして永住許可を手に入れるから」

 「む、無理よ!」

 「どうして?」

 「私は村に帰るの!母もいるの分かるでしょ!?」

 「お母さんも連れてくればいい。あの人の料理は質素だが美味い」

 「無理よ!絶対に無理。母は特に魔法使いが大嫌いなの!」

 激しく首を振って、さっと距離を置く。

 「嫌い?どうして?」

 「知らないわ。でもどうしても無理」

 「無理…」

 つぶやいたその顔がみるみる険しくなる。

 鋭くなった目つきに、ぞくりと背中に冷や汗をかいた気がした。

 「落ち着け、シリウス。まだ混乱している彼女を無理強いしては、それこそ本当に嫌われるぞ」

 言われてその鋭い目をゼヴァローダ様へ向ける。

 「俺とエレンとの問題だ」

 「彼女は私の庇護下にある。無関係ではないよ」

 じりっと妙に部屋の温度が上がっているのに気がついた。

 「彼女を期限内に親元へ帰すのが私の役目だ。これ以上わがままに付き合わせることはできん」

 「はっ。ならほっといてもらいたかったもんだな」

 更に部屋の温度が上がった気がする。

 じんわり汗ばんでくるし、視界は一部夏に良く見る蜃気楼のような見え方になっている。

 熱いな、と額の汗をぬぐう。 

 「お前のわがままで、友好関係にひびが入るのは避けるべきだった。それに、これでも案じていたのだから」

 「国か?」

 「お前と両方だ」

 「いい迷惑だ。すっかり魔力をなくして、ただの人になればもっと良かったがな」

 「だとしても、お前の血筋は必要とこれまで以上に介入されるぞ。魔力がなくともお前は監視対象から外れることはない。意識のない体をよこせという連中だからな」

 とうとうシリウスから、水蒸気のようなものが立ち上ったのが見えた。

 しゅうしゅうと音をたてている。

 ゼヴァローダ様も暑さの為か、少し顔に汗が光った。

 「熱い」

 我慢できずに無意識にでた言葉だったが、意外に大きかったようだ。

 はっとして振り向いたシリウスからは、すでに水蒸気の湯気は止まっており、すぐに部屋の温度も下がる。

 「エレン、すまない」

 「大丈夫よ」

 汗が引いて今度は寒くなった体を抱くように、腕を組んで笑ってみせる。

 「ベル、気持ちはわかるけど今回はゼヴァローダが正しいわ。エレンは一度村に帰って安心しなきゃならないわ」

 鋭い目つきはなくなったが、相変わらず納得していないような顔。

 「帰って落ち着いたら、また会えるじゃない」

 「リーン、ごめんなさい。もう私からは会えないわ」

 どういうことかと、リーンが首を傾げる。

 「だって私はただの村娘よ。あなた方に会えるなんて夢にも思わなかったわ。平民の、それも地方の村の人間が会いに行くなんて約束できない」

 「ベルも帰国すれば忙しいわ。どうしてもダメなの?」

 「平民にその手段はないわ」

 簡単な約束はできないから、しっかり首を振った。

 「ほら、やっぱり今連れ帰るしかない」

 「待てシリウス、そのあたりの段取りは私が取り計らう。離れている間の連絡は私経由で伝える」

 「それはこちらで何とかする」

 そう言って首の後ろに手を回し、襟元から何かを引き抜いた。

 それは銀のくさりのペンダントだった。チャームはダイヤの形をした、小さな赤い宝石がついていた。

 「これを必ず持ってて」

 見とれてた私の首につける。少し長めの鎖が丁度胸元で宝石を光らせた。

 「俺の使い魔に位置を知らせる道具だ。これでやり取りができる」

 「でも…」

 「貰っておきなさい。そうでもしなければ、村には帰れないかもしれないよ」

 やれやれと肩をすくめて呆れている。

 「使い魔で手紙を送るよ。もちろんお母さんには内緒で」

 「…そうしてね。バレて怒られたくないわ」

 「わかった」

 にっと口角をあげて笑った後、そのまま顔を近づけて頬にキスされた。

 ぎょっとして目を丸くすると、いたずらが成功したような笑みで見下ろしていた。

 「監視の目があるから頻繁には連絡できないけど、まぁ、すぐ何とかしてみせる」

 何を何とかするのか分からないが、無茶しそうだ。

 「無茶してはダメよ」

 「エレンこそ、その体質をむやみに話さないように」

 「そんな面倒な事になりそうなことしないわ」

 「そういえば、エレン殿は魔法具は使えるのかな?」

 聞きなれない言葉に首を傾げると、ゼヴァローダ様は部屋の暖炉の上にある丸い水晶を掴んで持ってきた。

 「魔法具とは我々魔法使いが、自分の魔力を注入して発動させる道具だ。例えばこの水晶の魔法具は証明として発光させるよう術がかかっている。注入している魔力は使用すれば減る。そしてまた注入すれば使える。ただし魔法使い専用という欠点がある道具だ」

 私の手を取り、手のひらに水晶を乗せる。

 やはり私には自覚がないが、水晶の中に白い渦が巻いていく。

 「注入されているようだ。試しに光りが弾けるようなイメージで念を送ってみてくれ」

 「はい」

 言われるがまま、頭の中にイメージして念じてみるが全く変化はなかった。

 「こうだ」 

 ひょいっとシリウスが指先を動かすと、水晶はパァッと輝きだした。

 「発動にはやはり制御した魔力が必要だからな。エレン殿はやはり無理か。扱えるならお土産にと思ったのだが」

 「お気持ちだけで十分です」

 ちょっと残念だなっと思う心があったけど、やはり私はただの人のようだ。

 「エレン、俺とリーンはこれから城に行く。

 いろいろありがとう」

 今度はふわりと優しく抱きしめられた。

 「シリウス、元気でね」

 マントの下におずおずと手を伸ばして、照れながらも抱きしめた。

 「……やっぱりこのまま連れて行きたい」

 「え!?」

 「ベル」

 リーンの(とが)める声に、はぁっとため息をついて離れた。

 「ゼヴァローダ、エレンはいつ帰すんだ?」

 「明日朝出仕前の予定だ。夜分に帰すなど失礼だろう」

 その言葉を聞いてほっとした。

 明日の朝には村に、母に会える。

 「じゃあ、エレン、また」

 軽く手を上げて、シリウスはリーンと一緒に部屋を出て行った。もちろん移動魔法を発動する為にゼヴァローダ様も一緒に。

 「さようなら、ベル…シリウス、リーン」

 胸元に光る宝石を見つめ、どこか肩の荷が下りたようにほっとした気持ちになった。



 読んでいただきありがとうございます。

 次話もほのぼのいけたらいいな、と思います。


 誤字など教えていただけたらありがたいです。

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