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クリスマスは誰のもの?  作者: ミムラ ヒジリ
4/4

本番当日!

 

 暗幕を落とした暗い室内に、ライトに照らされた耕平が飛び込むように入って行くと、園児達の大歓声が迎えてくれた。

 

「あれ、オレの父ちゃんなんだぜ!」

 一際大きな声が響き、翔太が立ち上がって手を振ってくる。

 すげー、翔君のパパすげーなあと周囲の園児たちが翔太をヒーローのように囃し立て、一時彼の周りが騒然となった。

 先生に諌められ得意げに笑う息子が素直にその場に座ると、再び園児達の目が耕平に集中した。

 どの子も、好奇心に溢れた視線を彼に向けてくる。キラキラと輝くように澄んだ瞳とクスクスと漏れてくる笑い声。

 愛嬌のある間抜け面のトナカイに扮した耕平は、沢山の園児達の目に射ぬかれて、遊戯室に用意されたステージの上で、せっかく覚えたセリフも全部ふっ飛び茫然としていた。

 やばい。気持ちだけが焦る。

「トナカイだ、トナカイ」

 静かにしていた筈の子供達が、彼が何も話し始めようとしないので騒ぎ出してきた。

 一人が声を出すと連鎖反応のようにひろがっていく。

 そうこうしている間も、耕平の頭の中ではめぐるましく記憶を漁る作業が行われていた。

 え……と、最初のセリフはーー

「ダッセー、翔君のパパ。ダッセェ!」

 だが、やはり一言も浮かんでこない。ざわめきはいよいよ大きなものになっていく。こうなると手がつけられない。注意を促す保育士の声など、園児達の大声にかき消されてしまっていた。

 

 ジリリリリッと開幕ベルが、彼を急かすように鳴り響く。

 

 セリフ、セリフ

 セリフが一つも出てこない。どうすればいいんだ!

 

「うわあぁっ!」

 

 叫び声を上げた耕平は、目をギョロつかせ辺りを見回した。

 カーテンの隙間から朝日が入り込み、清々しい一日の訪れを告げていた。布団の側に置いてある目覚まし時計が、うるさいくらい音を立てている。

 開幕ベルの正体はこいつだったらしい。耕平は忌々しげに叩いて、目覚ましの音を消した。

 彼の横の布団には、目覚ましなど意にも介さず翔太の眠る姿がある。

 

「夢か……」

 

 耕平はため息をついて布団から這い出た。

 首筋にかいていた冷や汗が、冷たい空気に触れ体の熱を奪って身震いを起こす。すると寝起きの働かない頭がはっきりとしてきた。

 よっぽど追い詰められていたらしい。夢など久しぶりに見た。

 耕平は自らの子供のような部分に気付かされ、苦笑を漏らした。

「とうとう来てしまったか……」

 ついつい口から独り言が出てくる。

 

 

 今日はクリスマス会当日、本番の日だったーー。

 

 

 

  ***

 

 

 

「セリフは入ってる? トナカイさん」

 

 秋元真凛の母親、秋元正子あきもとまさこが彼に笑いかけた。

 彼女はかつらと髭で顔が隠れてしまっている。

 素顔を晒しっぱなしの耕平と違って、一見誰だか分からない。全く羨ましい限りである。

「なんとか……」

 今朝の嫌な夢を思い出し、耕平は情けない表情になった。

 そんな彼を見て、正子はかつらの中に埋もれた目を細めて笑い声を上げる。

「任しといてよ。トチったら助けてあげるから」

 

 

 二人はクリスマス会が行われている保育園の大遊戯室の隣で、出番が来るのを今か今かと待っていた。

 いや、正確には正子だけと言った方が正しい。

 耕平は胃の痛みと闘いながら、迫りくる出番に内心怯えていた。

 彼はこういった目立つことが、大の苦手であった。それに比べサンタ役の正子など、水を得た魚のように輝いている。

 彼女は現在行われている保育士達の紙芝居に、興奮して声を上げる園児達の様子を、そわそわとしながら窺っていた。

 サンタの赤い帽子が子供の声に反応して、右に左に揺れる。

 彼は彼女の隠れた瞳が、隣室の遊戯室に向いていることをよいことに、かつらと髭の間から覗く整った鼻筋をこっそりと盗み見ていた。

 

「こういう喜んでいる声を聞いてると、クリスマスって本当に、『子供のためのもの』って思うよね」

 

 同意を求めるかのように発せられた正子の声が、自分も負けじと楽しんでいることをあらわしている。

「子供達のためにも、頑張りましょ!」

 そう言ってクルリと振り向いたサンタから急いで視線を外して、「ああ」とぶっきらぼうに彼は答えた。

 相変わらず声が渇れている。

 きっと緊張しているせいだーー、耕平はそう思うことにした。

 

 

 

 

 陽気なクリスマスソングに乗って耕平が遊戯室の中へ入って行くと、園児達が声を上げて喜んだ。

 

「トナカイだ、トナカイだー」

「おうよ、おいらはトナカイさ。赤鼻のトナカイって知ってるか?」

 耕平は子供の声に合いの手を入れる。

「知ってる、知ってるー!」

「すっげー、おじさん誰え?」

 耕平の冗談まじりのセリフに、子供達は直ぐ様素直な反応を返してきた。

「オレの父ちゃんだぞ!」

 突然立ち上がった翔太に、園児達の視線は釘付けになる。

「すっげー、すっげー、翔君のパパ、すっげえ」

 友達の羨望を一身に集めた息子は、耕平に向かってブイサインを見せてきた。

 とても嬉しそうな笑顔だ。慌てた保育士に無理やり座らされても、笑顔で前に立つ耕平を見つめている。

 夢と同じ展開に内心ヒヤヒヤしながら、耕平は子供達に話しかけた。

「みんなはおいらを知ってるんだな? だったら話は早いや。おいらさあ、もうクリスマスなんてうんざりなんだ」

「ええっ! なんでえ?」

 子供達の不満がすぐに返ってくる。

「おいら、この赤い鼻のせいでいつもからかわれているんだぜ? やってられねえだろ? だからやめてやろうと思ってね。ついでにサンタのじいさんの、プレゼントも隠してやろうと考えてるんだ」

「ええっ? ひどおーい!」

 悲鳴のような声が、こだまするように遊戯室に響き渡る。

 子供達との掛け合いは楽しい。自然に耕平は、このアドリブだらけの劇が楽しくなっていた。

「ヘッヘッへ、酷いだろ? 泣いてもいいぜ〜」

「ひどーい、トナカイさんはそんなヒトじゃないもん!」

「酷い、酷い!」

 園児達のブーイングに悪のりして踊り出した耕平の頭に、背後から赤い布切れが振り落とされた。

「何をやっとる、トナカイよ!」

 突然の攻撃に面食らった耕平が振り向くと、赤い顔をして目を剥いたサンタが帽子を握り締めて立っていた。

 耕平の頭に落ちてきたのは、サンタの帽子だったらしい。

『ちょっと、私の台本を何ぶち壊してんのよ!』

 かつらと眉毛に半分埋もれた正子の目が、怒りに燃えている。

『後免、つい面白くて……』

 耕平が目で謝罪をアピールすると、彼女は少しだけ表情を和らげた。

「あ、サンタさんだ! サンタさんがやって来たあ!」

「サンタさん、トナカイを叱ってよ。オレらのプレゼント隠してんだぜ」

 途端に大歓迎を受けたサンタは、気を取り直して子供達の方を向いた。

 大喜びの子供達に正子も笑顔で手を振る。

「トナカイよ。何をそんなにひねくれているのじゃ」

 帽子を被り直した小柄なサンタは、耕平よりもノリノリな演技を再開した。

『ヤバい。楽しい』

 彼女の全身からそんな思いが溢れてくる。耕平もサンタに対抗すべく声を出した。

「だってしょうがねえだろ。おいらはみんなにバカにされてる。この赤い鼻のせいで何もいいことがない。一生懸命頑張って働いても、子供達に感謝されるのはサンタのじいさんだけじゃねえかよ」

 耕平は拗ねたようにしゃがんで背中を丸めた。翔太がふて腐れた時に、よくやる仕草だ。

 純粋な息子と違って、彼の背中には疲れた大人の哀愁がほのかに漂っていたが、勿論子供達には分からない。

 いじけたトナカイの姿に、子供達からクスクスと笑い声が起こる。

「どうした、トナカイよ。泣いておるのか?」

 サンタの正子が耕平の頭を小突き回して慰めた。大げさなほどグイグイ回されて、彼の体はふらつく。コミカルな動きに、保育士達からも忍び笑いが漏れてきていた。

『おいおい自分こそ、台本はどこ行ったんだよ』

 いつの間にか正子の方こそアドリブ全開だ。耕平は心の内で毒づく。

「よいか、トナカイよ」

 彼女は彼の肩に手をかけ上空を指差した。

「わしはお前に感謝をしておる。寒い中、わしのため、子供達のため、いつも頑張ってソリを引いてくれてありがとう。お前の赤い鼻は夜道に明かりを灯し、わしの心も勇気付けてくれるありがたいものだ。だから、お願いだ。今年もわしを助けてくれないか。共にみなに、幸せを分けてあげよう。クリスマスを待っている、全ての子供たちのために。頼む、トナカイよ」

 サンタの懸命な説得が響き渡り、会場が水を打ったようにしんと静かになった。

 騒がしかった園児達は誰もが口を閉ざし、食い入るように耕平達を見つめている。会場を埋めつくす沢山の真剣な目が、トナカイである彼を貫くように直視していた。

 

「あ、でもよ……」

 急にシリアスな展開になってきた劇に戸惑って、耕平はすがるようにサンタを見上げた。

「そりゃ……、じいさんはありがとうって言ってくれるけど、でも、子供達は……」

「何を言う!」

 彼の方を向いていたサンタが大きく体を動かし、前方に座る園児達に熱い視線を投げかけた。

「みんな、どう思う?」

 正子は大きな声で呼びかける。

「トナカイさんをバカにするー?」

「しなーい!」

「いつもみんなのために頑張ってるトナカイさんをどう思う?」

「すごいと思う!」

「尊敬するー!」

 精一杯の叫び声で応える子供達。

「じゃあ、トナカイさんに何て言おうか?」

 正子が張りのある透き通った声で問いかけた。

 

「ありがとうって言う!」

 

 元気な翔太の声が間髪入れずに返ってくる。正子サンタは深く頷いて声を張り上げた。そうしないとあちこちから飛び出てくる子供達の声に、負けそうだったから。

「じゃあ、みんなの声でトナカイに元気を届けておくれ!」

 サンタの声に被さるように大合唱が始まった。

「ありがとう、トナカイさん!」

「いつもありがとう。オレらのために!」

「本当にありがとう!」

 

 単純だなーー。

 

 体を包み込むように四方から上がる幼い声を聞きながら、耕平は腰が抜けたように座り込んで動けなかった。

 我が身を客観的に見てみると、酷く滑稽だと思うがどうしようもない。

 口々にありがとうを連発してくる声が胸に迫り、知らず溢れてくる何かを止める術はどこにもありはしないのだ。

 

 園児達の拙いありがとうが、育児と仕事、それら日々の生活をただ夢中で送っている自分へのエールのように感じられてーー。

 

 唇を噛み締めて必死に涙を堪える耕平を励ますように、遊戯室一杯に広がった声はいつまでも響いて止む気配はなかった。

 

 

 

  ***

 

 

 

「今日は素敵な出し物をありがとうございました」

 

 着替えを終えた耕平達を労うように、初老の女性園長は温かい眼差しで彼らを見つめた。

「すっかりトナカイさんが人気者になってしまって、随分引き止めてしまいすみません。お二人とも今日はお仕事は?」

「休みを取っています」

 赤い顔をした耕平が代表して答えると、正子も同じだと頷く。

「そうですか、それは本当にありがとうございました。そうだわ。よろしかったら、お子様と一緒にお帰りになりますか? それとも夕方また、お迎えにお見えになります?」

 園長の提案に、耕平はすぐに答えることが出来ず口籠った。そんな彼の躊躇いを、理解出来ると言わんばかりに声の主は優しく見守っていた。

 

 

 

 

 クリスマス会の劇中に、涙を見せるといった醜態を晒した耕平だったが、園児達は思いの外、好意的に感じ取ってくれたようだった。

 

「みんなでトナカイを励まそう!」

 正子演じるサンタの呼びかけに、一斉に頑張れコールが沸き起こる。「頑張れ、頑張れ!」の熱い声援に、いつまでもうずくまっておく訳にもいかない。

 どうかすると流れ落ちそうになる涙をえいと擦って耕平が立ち上がると、割れんばかりの拍手が起こった。

「……みんな、ありがとう! おいら頑張るから」

 サンタに促されて、彼は子供達の声援に応えた。

 恥ずかしくて嬉しくて、どうにかなりそうだった。

 

 しばらくすると『赤鼻のトナカイ』の調べが流れてきて、子供達と一緒に合唱となった。

 それが終わるとサンタと共に、保護者会からのプレゼントを渡していく。

 それで彼の出番は、済んだ筈だった。

 だがそのあとも、子供達は彼を離してくれない。

 翔太が飛び付くように駆け寄ってくると、一人また一人と抱きついてくる。いつしか彼の周りには、園児達の人垣が出来ていた。

 正子の方に目を向ければ、彼女もとっくに子供達に捕まっている。かつらと髭を奪い取られて、小さなギャングと一緒に金髪を振り乱して笑い転げていた。

 

 耕平にとっては何もかも初めての経験だ。

 

 息子以外の子供と触れ合うことなど、今までの人生で一度もないことだった。

 

 それはとても新鮮な体験であり、そして不思議な幸福感を耕平に与えてくれたのである。

 

 

 

 

「今日の翔太君は、とてもいい顔をしてましたよね」

 園長がにっこりと微笑む。

「本当だわ! いつもの翔君は、あんなに弾けてなんかなかった!」

 正子が目を見開いて園長と頷き合う。彼女達の言葉に耕平は眉を寄せた。

「そうですか? 翔太は割合わんぱくな方なんですが……」

「違うわよ。私達が言ってるのは、行事の時の翔君のことよ」

「えっ?」

「田上さんのとこは、いつもおばあちゃんが来てるでしょ? だけどね、たまにはパパにも来てほしかったんじゃないかな。パパが来ると思っていたのにおばあちゃんが来た時のがっかりした顔ときたら、可哀想で見てられなかったわよ。翔君も、おばあちゃんの頼子さんもね」

「そんな……」

 確かに耕平は、運動会ぐらいしか行事に顔を出していなかった。

 それは彼の家庭において当たり前のことであり、そのことを取り立てて検討したこともない。翔太だって理解していると、耕平は思っていたのだ。

 だが現実は違ったらしい。

 息子は心の中では、父の参加を待っていたようだ。

 耕平は春のことを思い出していた。彼が役員に選ばれた時の翔太の笑顔を。

 あの時翔太は、何を喜んでいたか?

 彼はすっかり忘れていた。役員の仕事の大半を免除されたことだけをただ喜び、ラッキーとばかりに翔太の切なる思いを、すっかり忘れてしまっていたのだ。

「あともうちょっとで、小学校よ。卒園前に、翔君の喜ぶ顔が見れてよかったじゃない」

 正子が下手くそなウインクをして耕平を小突く。彼はそんな彼女の顔を、穴があくほど見つめた。

「何よ?」

 彼の不躾すぎる視線に、彼女の頬がうっすらと朱に染まる。

「もしかして……秋元さんは……」

「いったい何。何か文句でもあるの?」

「いや……」

 耕平は慌てて視線を逸らした。自分は何をしていたんだろう。目の前の女性の顔を、じろじろと見つめるなんて。

 正子が憤慨したように、何なのよーと剥れている。

 

 もしかしたらーー、そうなのだろうか?

 

 このクリスマス会に、彼が半分強制的のように参加させられた理由。

 それは、復讐でも、ましてや嫌がらせなどでもない。

 ずっと寂しい思いをしていた翔太のために、何がなんでも耕平を引っ張り出したかったーー、つまりは、そういうことだったのではなかろうか?

 

 

「あらあら、本当ですね」

 正子の言葉を園長が請け合う。

「今年のクリスマスは、翔太君の喜びを共に分かち合うことが出来て、私達も、素敵なプレゼントをサンタから貰えましたね」

「園長先生、冴えてる! 本当だわ!」

 正子が彼を振り向いた。大きな目で大げさなほど笑顔になり、あんたも同意しなさいよと押し付けがましく腕を叩いてくる。

 だがそんなことをされなくても、耕平も素直に頷くことが出来た。

「はい、全くです」

 何故なら、劇の最中に、サンタから贈り物を受け取ったようなそんな温かい感覚を、彼は既に感じていたから。

 そして、それを教えてくれるために、正子は彼をトナカイにしてくれたのだろう。きっとーー。

 

「園長先生、先ほどのお話ですが、息子と共に帰ろうと思います。秋元さんもそうされますよね?」

 耕平が彼女に視線を投げかけると、正子は酷く狼狽えたような顔になった。

「え、ええ。まあ……」

「あら、そうされる? えっと、今は園児達は給食中だから、もうちょっと待っててもらうことになるけど……いい?」

 園長はにこやかに二人の顔を見比べながら、時計を見上げる。

「構いません」

「分かったわ。じゃあ、ちょっと職員に告げてきますから。ここで二人共待っていてね」

 園長が職員室を慌ただしく飛び出して行くと、部屋の中には耕平と彼女だけになった。

 

 

 二人きりになると、いつも威勢良く話しかけてくる正子が、彼の方を見ようともしないことに気が付く。

 彼も彼女も黙りこくって、別々の方角に顔を向けて園長が戻るのを待っていた。

 こんなもんか?

 耕平は不気味なくらい静かな正子の態度に、密かに困惑していた。

 クリスマス会や偶然の出会いを通して、彼女ともすっかり打ち解けたような気持ちになっていたのだが、それは耕平の側の勘違いだったようだ。

 気まずい空気に耐えられなくなる。

「あの……」

 彼は思わず彼女の背中に声をかけた。

「えっ?」

 華奢な背中がびくりと揺れて、顔を半分だけ彼へと向けた正子が返事を返してくる。

「な、何?」

 そんな露骨に嫌がらなくてもよくないか。耕平は少なからずショックを感じていた。

「い、いや……、秋元さんはクリスマスは? どうされるんですか?」

 クリスマスはもう目の前だ。

 今年のクリスマスはどうしよう。例年だと、実家でささやかなパーティーを開いていたが、今年は思いきってがらりと趣向を変えてみたい。

 いつも母の頼子に任せきりで済ませていた。

 だからたまには、自分の力で子供を喜ばせてやりたい。

 

「クリスマスは稼ぎ時だから……」

 正子の小さな返事が聞こえてくる。

「だけど、毎年二十五日は休みを貰ってるの。だってやっぱり子供達と祝いたいじゃない? それって悪いこと?」

「いや、悪いだなんて……」

 彼女が怒ったように赤い顔をして睨んできた。耕平は面食らって見返す。

 何故、怒っているのだろう?

 彼女の不機嫌に、思い当たる節はない。どうすればいいのか。彼は笑顔を作って軽口をきいてみる。

「じゃあよかったら、一緒にクリスマスしませんか? ーーなんて」

「ええっ?!」

 冗談で口にした言葉に、彼女が異様に大きく反応してきた。驚愕していると言ってもいいほど見開いた目が、瞬きもせず彼を射ぬいている。

 彼は急いで言い訳を探した。どうも対応を間違えたらしい。気が利かない自分に腹立ちさえ生まれてくる。

 しかしそんなに驚くことだろうか。地味に傷付く。

「あ、だから、うちの母がね……。たまには真凛ちゃんママを、食事に誘ってきてとかなんとかうるさくて……、だから……」

 咄嗟に母の仕業にしてしまった。

 頼子にそんなことを頼まれたことはなかったが、二人は仲が良いようだし不自然ではない筈だ。

 だが頼子なら、わざわざ耕平に頼まなくても自分で正子を誘うだろう。何と言っても二人は、いつでも保育園で会っているのだ。

 下手な言い訳に、耕平は頭を掻きむしりたくなる。

 彼女は気が付くか?

 気付かなければ、ホッとするに違いない。母からの誘いと思えば、安心出来る筈なのだから。

「そう、頼子さんが……」

 しかし正子の顔は、目に見えて沈んでいた。彼が最初に話しかけた時の驚いた表情さえ、全て消えてしまっていた。

 どうして? 

 耕平は無意識に足が前へと出て行く。

 まるで何かに急かされたように、言葉が勝手に口から溢れていった。

 

「いや、違う。母は関係ない。俺達二人で……。いやそれも違うな。俺達と子供達で……、あの、一緒にクリスマスを祝いませんか? ……今年は」

 

 彼のたどたどしい誘いを、正子は呆然として聞いていた。

 

 それから彼女は、花が開くように、ゆっくりと、艶やかな笑顔に変わっていった。

 

「いいわよ、勿論!」

 

 彼女の背後に見える廊下から、二人の子供達の、騒々しく近付いてくる足音が聞こえてきていた。




メリークリスマス!

クリスマス前までに、なんとか間に合ってよかったです。

最後まで、読んで頂きましてありがとうございました。


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