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クリスマスは誰のもの?  作者: ミムラ ヒジリ
2/4

偶然再会?

 

「真凛ちゃ〜ん、こっちにおいでよおぅ」

 

 日が落ちて暗くなった保育園の運動場を走りながら、息子の翔太が大声で同い年の少女を呼んだ。

 しかし、呼ばれた真凛の方はと言うと、返事もせず耕平の横から離れようともしない。

 彼女がやって来るのを今か今かと、こちらを見ている翔太が憐れに見えてくる。耕平は何故か動こうとしない真凛に、躊躇いがちに聞いてみた。

「真凛ちゃん、翔太が呼んでいるんだけど……」

 暗い戸外で遊ぶのを勧めるのもおかしな話だが、親しくもない初対面の少女が横におられては、なんだか彼も居心地が悪い。

「いいの」

 真凛はすました顔で答えた。

「翔君とはいつでも遊べるし、それに先生が暗くなったら、お外で遊んじゃダメだって言ったもん」

「そうか……」

 耕平は真凛を諦めきれず、さりとて運動場で遊ぶことも我慢出来ない、子犬のような我が子に目をやった。

 翔太と真凛の力関係が透けて見えるようだった。

 

 秋元真凛は彼女の母親の、まるでミニチュア版のような少女だ。

 化粧こそしていないが同じように染めた金髪に、結い上げられた髪型。

 細身の体には、この年頃の子が好むキャラクター商品はどこにもなく、一種独特の色使いが際立つ派手な洋服を身に付けている。

 どこに行けば買えるものなのか、母親に似た感じの子供らしくない装いだ。


 彼女は整った顔立ちの、なかなかの美少女である。この奇抜な格好で随分損をしていると耕平などは残念に思ってしまうのだが、本人は自信たっぷりに着こなしているようだった。

 

 耕平が保育園に翔太を迎えに来ることは稀なことで、いつもは仕事の都合もあり母に任せっきりとなっている。だから彼女と面と向かって対面したのは、今日が初めてであった。

 翔太の会話から勝手に想像していた少女とは、どうも趣の違う子供に見える。翔太のからかいに涙したと聞いていたから、おとなしい女の子だと思っていた。

 しかし実際に会ってみると、案外勝ち気な性格が垣間見える。この少女が翔太ごときの言葉で、泣くとはとうてい思えない。

 耕平は彼女と息子を見比べながら、そんなことを考えていた。

 

 彼が今夜保育園に息子を迎えに来たのは、真凛の母親から呼び出されたからだった。

 彼女が言うには、クリスマス会の出し物について話があると言う。それで急遽保育園で落ち合うこととなり、こうして到着を真凛と共に待っているのだが当人がなかなか現れない。

 耕平は仕事の段取りをなんとかつけて急いで園へとやって来たのだが、どうやら真凛の母親は今日も遅いようだ。

 時間を指定してきたのは彼女の方なのに、まさか待たされるとは。

 むくむくと湧き上がる不快感を、彼はなんとか抑えつけていた。

 隣の真凛がクシュンとくしゃみを漏らした。

「冷えてきたね。ママはまだのようだし、部屋で待ってるかい?」

 耕平が労るように少女に囁くと、彼女はその大きな目を見開いて見返してきた。

「何?」

 彼女の表情に戸惑い気味に尋ねる耕平に、真凛は「ううん」と笑みを見せながら首を振る。

 微妙な空気が流れていく。やはり中年の親父といたいけな少女。会話の成立は難しいようだ。

 たまらず耕平は少女に質問を続けた。彼はどうも女の子が苦手だった。身近にいないのだから、仕方がないのかもしれないが。

 

「ママはいつも遅いのかな?」

「うん、いつもこんな感じよ。あのね、店長がしつこいんだって。帰ろうとしたら用事を言われるって言ってた」

「店長?」

「パチンコ屋さんの店長よ。ママが働いてるの」

「そ、そうかい……」

「パチンコ屋さんはね、おきゅうりょうがいいんだって。だからママ働いてるんだけど、店長は嫌いなんだよ。しつこく『せくはら』するって、ママ怒ってんの」

「へ、へえ……」

 これはもしかして、かなりプライベートに踏み込んでいないか。耕平は予想外におおっぴらに答えてくる真凛に、内心狼狽える。

 それにしてもセクハラとは穏やかでない。まさか本人の勘違いでは、などと意地の悪い考えが頭に浮かんだ。

「ママは可愛いからね……、モテちゃうんだよね」

 真凛の母親は美人と言えるのかもしれないが、あの塗りたくった化粧の下はどうなのか。案外取ってしまえば、平凡な素顔が現れるのかもしれない。

 少女は考え事をしている耕平を見て、満面の笑顔になる。その表情は、彼女の母親によく似ていた。

 僅かな動揺を胸に耕平は質問を続ける。

「そ、それで君のママは……」

「え?」

「そ、そうだ……、最近は翔太のことを、何て言ってるのかな? 前はよく怒られていたんだが」

「翔君のこと? うん。もういいんだって。翔君の気持ちは分かったから気にしないって」

「そ、そうなのか?」

 返ってきた答えに拍子抜けして、間の抜けたような声がこぼれた。

 よく分からないのだが、翔太の件は不問となっているらしい。それで父親の耕平に対する態度まで、いつの間にか軟化していたのか。

 おかしいと思ったのだ。近付くなと言ってキレていた筈なのに、馴れ馴れしく接してくるなんて。

「なんかね、田植えって言ってた」

「田植え?」

 また想像もしていない、突飛な言葉が出てくる。

「うん、翔君のパパ見てたら、翔君も大人になったらイケメンになるに違いないから、今からツバ付けとけって言うの。そう言うの田植えって言うんでしょ。ママって頭いいと思わない?」

 それを言うなら青田買いだろうーー。

 耕平は心の中で、盛大に突っ込みを入れた。田植えとは何だ、『田』しか合っていない。

 本人を前にして得意満面に語る真凛に、彼は絶句で返すしかない。

「わたしもそう思うの。今の翔君はちょっとお子さまだけど、翔君パパはカッコイイと思うもん」

「ええっ?!」

「やだ、翔君パパったら! 可愛いーっ」

 真凛の言葉に思わず裏返った声を出し、見るからに落ち着かない素振りをし始めた耕平を、少女は弾けたように笑ってからかう。

 小学校へ上がる前の幼い子供に笑われて、彼の顔はうっすらと赤くなっていた。

 どういうことだろう、イケメンだって?

「父ちゃん!」

 目前で突然大声がする。

 驚いて目を向ければ、翔太が負けず劣らずの真っ赤な顔で憤慨して立っていた。

「まだ帰らないのかよ」

「あ……あ、真凛ちゃんのママが来ないからな」

 翔太は、今ようやく真凛に気付いたとでも言うように、チラリと彼女に視線を向けた。だがすぐに、プイと顔を逸らして耕平に抱きつく。

「オレ腹減った。帰ろうよ〜」

 そんなわざとらしい態度に、真凛は呆れたように冷たい声で応戦した。

「ちょっとくらい待てないの? 男でしょ」

「うるさいなぁ。父ちゃん帰ろう、帰ろうよう!」

「なによ、翔君のバカあ! 大嫌い」

「おいおい、二人ともーー」

 耕平を挟んで騒ぎだした子供達をとりなすように宥めていると、待ちかねた声が聞こえてきた。

「あんたたち、何してんの?」

 顔を上げた耕平の目に、息を弾ませて近付いてくる真凛の母の姿が映った。

 

 

 

「はい、これ」

 

 差し出された茶色い布切れに、彼は目を丸くする。

「こ、これは……?」

 彼の両隣で仲違いをしていた子供達は機嫌が直ったのか、仲良く運動場で追いかけっこに興じており既に側にはいない。喧嘩も遊びの一種なのだろう。

「トナカイの衣装よ。サイズはMでいいよね? 田上さんはそんなに大柄じゃないから大丈夫だと思うんだけど、チェックしておいてほしいと思って。だから早目に渡しとく」

 真凛の母親は、そうあっけらかんと口にした。その言葉が、耕平は内心面白くない。彼は男にしては華奢な体型が、密かにコンプレックスなのだ。中年太りの兆しがないので、むしろ他人には羨ましがられているのだが。

「ト、トナカイ?」

「そうよ、サンタの方がよかった? でもいいじゃん。可愛いでしょ、これ。ほら赤鼻もあるのよ」

 彼女が笑顔で見せつけてきた赤鼻のトナカイの被り物に、耕平は卒倒しそうになる。

「なんですか、これ」

 思わずすっとんきょうな大声が出た。間抜け面のトナカイと目が合う。その下には大きく空いた顔を出す部分があり……。

「こ、これだと顔が丸見えじゃないですか!」

 耕平の抗議が夜の保育園に虚しく響いた。

 

 

 

  ***

 

 

 

 もはや疑いようがない。

 あれは間違いなく嫌がらせだろう。

 

 机の上に散らばった報告書作成のための参考資料を片付けながら、耕平は深いため息を吐いて先日の一件を思い出していた。

 真凛の母から、トナカイの衣装を受け取った日のことだ。

 彼女はすっとぼけて返してきた。

「顔が見えるのがどうしたの。子供達が喜ぶんだから別にいいじゃない。翔君もパパのトナカイに大喜びする筈よ」

 さりげなく息子の名前を出して、彼女は彼を脅しにかかる。

 これくらい簡単でしょう。嬉しそうな子供の顔が見たくないの? と。

「あんたも……」

 苦い顔をした耕平が低い声で唸った。

「えぇっ?」

 即座に反応をしてきた彼女の、眉間に深い皺が寄っていく。あんただってぇ? その顔がそう言ってるようだ。

「い、いや……秋元さんも、当然、顔出しですよね?」

「当然でしょう! と言いたいとこだけど、私はパス。だってサンタはオジサンじゃない。子供達の夢は壊したくないものね」

 そう言って、ニヤリと意地悪く真凛の母親は笑った。その瞬間彼は理解した。

 嵌められたーー。彼女は最初から、彼だけに羞恥を味わわせるつもりだったのだ。

 もしかしてこれは、初対面の時の復讐なのだろうか。だとしたら随分回りくどい話じゃないか。

 

「浮かない顔してどうしたんすか、田上さん」

 

 耕平の盛大なため息に、後輩の中田慎吾なかたしんごが声をかけてきた。

 不用心にも場所もわきまえず、職場にて心情を吐露していたらしい。当に就業時刻は終わっており、僅かな残業と片付けをしていたため気が緩んでいたようだ。

「いや、何でもないよ」

 気を引き締めるべく取り繕ってみせる耕平だったが、後輩はあっさりそれを見抜いてきた。

「何か悩みがあるんだったら聞きますよ。いい店知ってるんです」

 耕平は呆れたように慎吾を見返す。

「お前、俺の奢りで飲みたいだけだろ?」

「バレたかーーって、違いますよ! 今日は勿論、……割り勘でイイッス」

 調子よく話を合わせてくる後輩に、耕平は苦笑を漏らして携帯を取り出した。画面に実家の番号を呼び出す。彼は慎吾の提案を、ありがたく受け入れることにした。

 

 

 

 お調子者の慎吾に付き従って夜の駅前を歩く。彼の言う『感じのいい店』は、奥まった場所にあるらしい。

 車は会社にそのまま置いて、二人は電車で駅まで出て来た。明日は休みなので、都合のいい時に取りに行けばいいだろう。

 妻の泉が亡くなってから、彼はあまり出歩くことはなくなっていた。毎日、保育園と会社、それから実家と自宅、出向く場所は決まった所ばかりである。そんな息子の息抜きを、母も大目にみてくれたようだ。

 

「トナカイのコスプレっすか。ユニークっすね」

 既に一杯引っかけたかのような、後輩の陽気な声が夜の街に響いていく。悩みを聞くとか言っていたが、完全に面白がっている口調だ。

「何がユニークなもんか。顔がバッチリ出てんだぞ? 俺はもう中年のいい親父なのに。こっ恥ずかしいんだよ、こっちは」

「田上さんはまだまだ充分行けますって。中年になんて全然、これっぽっちも見えませんから安心してください。ーーそれでその相方の母親は、自分は顔出しNGなんスか?」

「お前、本当に調子いい奴だな。ああ、そうらしいよ。サンタはオジサンが定番だから、女の自分はまずいのだと。だけどいくら扮装しても、背格好で女と丸分かりなんだがな」

「じゃ、なんで田上さんがサンタしないんです?」

「サンタはサイズが小さいらしい。元々自分が毎年使ってる家にあったのを使い回すから、俺には入らないとか言ってたよ」

「ふうん……。毎年してるんスか、サンタのコスプレ」

「しかもなあ、読んでおけって言われてた台本見直したら、俺馬鹿丸出しのボケ役なんだよ。サンタにビシバシ突っ込まれてるの。酷い扱いだろ?」

「なかなか凄いオバサンっスね。田上さん、大変だ」

 気の毒な境遇の耕平に、後輩は同情したように柔らかい声を出した。

 だが慎吾の口にした何気ない一言に、耕平は違和感を覚える。

 秋元真凛の母親がオバサン?

 彼女は耕平よりずっと年下に見える。おそらく二十代半ばぐらいではなかろうか。

 少なくとも彼には、オバサンと呼ばれるような年代の女性には見えない。どちらかと言えば、まだ年若い娘のような雰囲気なのだ。

「オレは結婚してないから分からないけど。大変なんスね、子供が出来ると」

 しみじみと話す慎吾の声が耳に入ってきた。耕平はハッと我に返って返事をする。

「そ、そう。色々大変なんだよ、親になるのはな。だけど子供は可愛いぞ。お前も早く親父になれ」

「その前にオレは結婚しなきゃ。子供は一人では出来ませんからね」

「それもそうだな……」

 共に歩く後輩と笑い声を上げながら、耕平は酷く狼狽していた。真凛の母がオバサンだろうと若かろうと、どうでもいいことではないか。わざわざ訂正などする必要はない。後輩には関係ないのだから。

 

「ここっスよ」

 

 不意に慎吾が足を止めた。彼らの前にこじんまりとした外観の、どちらかと言えば地味な店がひっそりと佇んでいる。

 店は駅から少し距離があるのだが、割合流行っているようだった。中から楽しげな声が聞こえ、外まで漏れ出ている。

「こんな所だけど、可愛い女の子もいるんですよ。その子目当ての客もいるくらいなんスから。それじゃ、そろそろ入りましょうか」

 慎吾がクリスマスリースのぶら下がった、古い扉をゆっくりと開けた。だいぶ年代物のようであちこちに傷があるが、それがいい味を出している。

「いらっしゃいませ〜」

 賑やかな音楽とハスキーで色っぽい声のママが、カウンターから二人を出迎えてくれた。

 耕平の目に、店内で盛り上がっている団体が飛び込んでくる。彼はその中に、見知った顔を見つけて驚いた。

 

「親父?!」

「こ、耕平?」

 

 赤い顔で狼狽える父親がいた。二人は押し黙って、お互いを見つめたまま動けない。

 何故、こんな所にーー。

 驚きで言葉が消えた父親の奥から、場違いなほど明るい女性の声が近付いてきた。

 

「ひーさん、さっき言ってた曲入れといたわよ。もうすぐかかるから、歌うでしょう?」

 

 女性は父親の先に立つ耕平に気付くと、「あっ」と短い声を上げた。

 

 まるでお伽噺の姫のように、高く盛った金色の巻き髪。いつもにもまして派手にメイクされた顔と、体のラインを強調したようなミニ丈のワンピース姿。

 彼らは凍り付いたようにその場に固まる。

 

 マイクを片手に父親に話しかけてきたのは、耕平と後輩が直前まで話題にしていた、秋元真凛の母親だった。




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