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黒い鬼

【2045年10月8日 午後9時17分】


炎が、夜を赤く染めていた。


崩れたコンテナの山。


砕けた鉄骨。


黒煙。


焼けた空気。


GOUを纏った大和は、倒れている結菜へ歩み寄る。


「――――。」


結菜の身体に棘が刺さっているのを見た瞬間。


大和の右手に、赤橙色の光が奔流のように走った。


淡く脈打つような光。


まるで、生き物のようだった。


大和は静かに膝をつき、その手を結菜の身体へ添える。


すると――


結菜の身体に刺さっていた棘が、音もなく崩れるように消えていった。


「……え……?」


肩に走っていた激痛が、少しずつ薄れていく。


重かった呼吸が戻る。


滲んでいた視界が、ゆっくりと鮮明になり始めた。


その時。


遠くの瓦礫の山が、ゆっくりと崩れた。


砕けた鉄骨を押し退けながら、RASETSUを纏った冥牙が立ち上がる。


黒紫の外殻。


赤紫の複眼。


その全身から、禍々しい棘が軋むように伸びていた。


冥牙は大和を見る。


「お前が……噂の、“黒い鬼”」


大和は結菜の前に立つ。


ゆっくりと、冥牙へ歩き出す。


赤橙色の複眼が、真っ直ぐ冥牙を見据えていた。


「……似てねぇよ。」


「俺は、お前みたいに……誰かを踏みつけるために、この力を使わない」


冥牙は静かに首を傾げる。


「別に構わないが、似た者同士だというのに、なぜ、俺の邪魔をする。」


大和は止まらない。


炎の中を、一歩ずつ進む。


冥牙は静かに首を傾げる。


「別に構わないが、似た者同士だというのに、なぜ、俺の邪魔をする。」


大和は止まらない。


炎の中を、一歩ずつ進む。


冥牙の赤紫の複眼が、大和の纏うGOUを見つめる。


「それと……」


「お前、俺よりも強そうな“器”を持っているな。」


次の瞬間。


冥牙の指先から、鋭い棘が撃ち出された。


空気を裂く一撃。


だが――


大和はそれを、素手で掴んだ。


「――――。」


赤橙色の火花が散る。


握り潰された棘の破片が、地面へ落ちた。


「……!!」


結菜が目を見開く。


冥牙もまた、わずかに目を細めた。


「ほう……」


「俺よりも速いとは。」


数秒の沈黙。


炎だけが、二人の間で揺れている。


「……お前を倒すには……」


その瞬間。


RASETSUの全身から、無数の棘が突き出した。


肩。


腕。


背中。


脚。


生えた棘はさらに枝分かれし、何十本もの凶悪な槍となって、大和へ向けられる。


赤紫の殺意が、空間を埋め尽くした。


冥牙は低く呟く。


「これほどでなければな。」


結菜の背筋を、冷たいものが走る。


RASETSUの全身から突き出した棘。


それぞれが、まるで生き物のように蠢いていた。


結菜の喉が、ひくりと震える。


目の前に向けられた棘の数。


あれだけで分かった。


(あの鬼……!)


(私達には、全然本気じゃなかった……!)


背後で、倒れていた隊員の一人が微かに目を開く。


血に濡れた手を伸ばし、震える声を絞り出した。


「おい……」


「早く……逃げろ……!!」


「そいつは……っ!!」


だが、大和は動かない。


赤橙色の双眼が、RASETSUを真っ直ぐ見据えていた。


「そうか……」


低い声。


怒りを押し殺したような声だった。


「お前は、これを……」


「こいつらの身体に……」


大和の拳が、ゆっくりと握られる。


黒い装甲が、軋む。


「何発も……撃ち込んだんだな……!!!」


次の瞬間。


RASETSUの棘が、一斉に解き放たれた。


ビュォォォォォッ!!


空気を裂く音。


何十本もの棘が、一直線に大和へと襲いかかる。


死角を潰すように。

逃げ場を封じるように。


殺意そのものが、空間を埋め尽くした。


結菜の視界が凍りつく。


(――避けられない……!!)


だが。


大和は、一歩も動かなかった。


赤橙色の双眼が、ゆっくりと細められる。


次の瞬間。


GOUの口元から、白い蒸気が噴き出した。


ゴォォォォ………


低く、腹の底に響くような唸り。


空気が震える。


地面の水たまりが、波紋を広げる。


そして――


「――――ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」


咆哮。


衝撃波。


ドォンッッッッッッッ!!!


見えない圧が、空間を叩き潰す。


迫り来ていた棘が、その瞬間。


バキィィィィィィィィィンッッッ!!!


まとめて粉砕された。


砕け散った棘の破片が、火花と共に四方へ弾け飛ぶ。


空気そのものが、吹き飛ばされたようだった。


「なっ――――!?」


結菜の目が見開かれる。


RASETSUの棘は、ただの武器じゃない。


触れただけで装甲を侵す、呪いの刃。


それが、触れることすらできずに――


消し飛んだ。


大和は、微動だにしていない。


ただそこに立っているだけで、全てをねじ伏せていた。


赤橙色の双眼が、炎の中で揺らめく。


GOUの装甲の隙間から、熱を帯びた蒸気がゆっくりと吐き出される。


『……温いな』


低く、愉悦を含んだ声が響いた。


その一言で。


戦場の温度が、さらに下がった。


「何………?」


冥牙の声が、わずかに揺れる。


その瞬間。


――消えた。


そう錯覚するほどの速度で、大和の姿が掻き消える。


次の瞬間には――


冥牙の眼前にいた。


「――っ!?」


反応する間もない。


大和の拳が、既に振り抜かれていた。


ドゴォォォォォンッ!!!


衝撃。


RASETSUの上半身が大きく仰け反り、地面が砕ける。


コンテナの残骸が跳ね上がり、火の粉が爆ぜる。


だが、大和は止まらない。


踏み込む。


間合いを潰す。


逃がさない。


次の拳。


ガァンッ!!


横殴り。


冥牙の身体が横へ弾き飛ぶ。


だが、その先に回り込んでいる。


もう、そこにいる。


「――――ッ!!」


腹部へ、叩き込む。


ゴバァッ!!


装甲が軋み、空気が押し出される。


冥牙の身体が浮く。


その瞬間。


膝。


ドンッ!!


さらに浮く。


落ちる前に、掴む。


首元の装甲を片手で掴み、無理やり引き戻す。


「が……ッ!!」


そして――


至近距離からの、頭突き。


バゴォォンッ!!


火花。


衝撃波。


RASETSUの複眼が激しく揺れる。


冥牙の身体が地面へ叩きつけられ、アスファルトが放射状に砕け散る。


「――――」


呼吸の隙すら、与えない。


大和は、そのまま踏み込む。


地面に倒れた冥牙の胸部へ、踵を叩き落とす。


ドォンッ!!


地面が沈む。


コンクリートが割れる。


だが、それでも終わらない。


拳。


拳。


拳。


ドゴンッ!! ガンッ!! バギィッ!!


一撃ごとに、装甲が悲鳴を上げる。


棘を伸ばす暇も。


思考する余裕も。


何も与えない。


完全な制圧。


一方的な蹂躙だった。


結菜は、ただ見ていることしかできなかった。


(……速い……)


(違う……そんな次元じゃない……)


(見えない……)


赤橙の双眼だけが、残像のように炎の中を走る。


冥牙の身体は、ただ打ち据えられ続けるだけだった。


『ほら、どうした』


GOUの声が、低く響く。


『それがお前の“呪い”か?』


最後に。


大和の拳が、大きく振りかぶられる。


空気が軋む。


熱が集まる。


そして――


ドォォォォォォォォォンッッッ!!!


叩き込まれた一撃で、RASETSUの身体が再び吹き飛ぶ。


コンテナの残骸を突き破り、炎の奥へと消えていった。


静寂。


崩れる音。


火の粉。


そして、残ったのは――


圧倒的な、力の差だけだった。


「終わりだ。」

大和がそう言い放つ中、


冥牙の身体が、瓦礫の中で沈みかける。


RASETSUの赤紫の光が乱れ、再生と崩壊を繰り返していた。


その瞬間だった。


――空気が裂ける。


乾いた破裂音。


ドンッ!!


何かが高速で飛来する。


大和の反応より早く、GOUの双眼が鋭く光る。


『来る』


GOUの声と同時に、大和は横へ跳んだ。


次の瞬間。


さっきまで大和が立っていた空間を、白い閃光が貫く。


アスファルトが抉れ、瓦礫が粉砕される。


遅れて響く、重い反響音。


――狙撃。

大和「……ッ!」


結菜「待てっ!!」


遠くから結菜の叫びが響く。


だが、それより早く。


再び、空気が歪む。


ドンッ! ドンッ!!


二発目、三発目。


すべてが“GOU”へ向かっていた。


冥牙ではない。


狙いは――大和。


GOUの赤橙のラインが一瞬だけ強く脈打つ。


『新手か』


低い声。


その時。


瓦礫の向こうに、人影。


氷室澪。


ゴーグル越しの視線が、冷たく固定されている。


「……目標確認」

「黒色異常装甲体」

「危険度:最高クラス」

「排除する」


引き金が、再び絞られる。


大和「……は?」


結菜「やめてッ!!それは――!」


結菜の声が届く前に、四発目が放たれる。


ドォンッ!!


GOUの前面装甲に直撃。


火花が爆ぜる。


しかし――貫けない。


GOUの双眼が、ゆっくりと“澪”を捉える。


赤橙の光が、さらに深く沈む。


『理解できん』


『敵ではない』


空気が変わる。


大和の背後で、GOUが低く唸る。


――咆哮。


ゴォォォォォォォォッ!!


衝撃波。


音ではない。


圧そのもの。


飛来していた次弾が空中で粉砕される。


瓦礫が吹き飛ぶ。


澪のゴーグルにノイズが走る。


澪「……っ」


その一瞬の“途切れ”。


冥牙の身体が、瓦礫の中へ沈むように消えた。


撤退。


結菜「しまっ……!」


大和「待てッ!!」


だがもう遅い。


RASETSUの気配は、炎の奥へ溶けていく。


戦場に残ったのは――


崩壊した瓦礫


揺れる煙


銃口を構える氷室澪


そして怒りを押し殺すGOU


「……今の個体」

「撤退を確認」

「だが、もう一体残っている」


視線が、大和に戻る。


「黒い鬼」

「お前が“元凶”だ」


「違う!!それは――!!」


結菜は叫ぶが、澪は聞かない。


再び引き金に指がかかる。


澪の呼吸は乱れていない。

感情の揺れもない。

ただ、排除対象を処理するための動作だけが、そこにあった。


大和「……ッ」


GOUの双眼が、澪を射抜く。

赤橙の光がさらに濃く脈打つ。


『殺すか?』


低い声が、頭の奥に響く。


大和は一瞬だけ、結菜を見る。


結菜は澪の前に出ようとしている。

だが、間に合わない。


「やめて!!それは――!」


遅い。


澪の指が、完全に引き金を絞る。


――その瞬間。


大和「……鬼駆!!」


叫びと同時に、地面が震えた。


ゴォォォォォォォォッ!!


戦場の外縁部、崩れた高架の影から黒い影が突っ込んでくる。


鬼駆。


瓦礫を踏み砕きながら、一直線に大和の元へ滑り込む。


澪「……っ!」


狙撃軸がわずかにブレる。


その“わずか”が命取りだった。


ドンッ!!


弾丸は発射される。

だが軌道が逸れる。


大和の横を掠め、背後のコンテナを粉砕した。


結菜「なっ……!?」


結菜の視線が揺れる。


氷室澪は即座に修正動作へ入る。


澪「再照準――」


だが、その時にはもう遅い。


大和は鬼駆に飛び乗っていた。


GOUの装甲が軋む。


『逃げるのか』


大和「今は引く!!」


『……賢明だな』


低い笑い。


鬼駆のエンジンが一気に跳ね上がる。


ゴゴゴゴゴォォォォォ!!


地面が震えるほどの加速。


結菜「待って!!」


結菜の叫びが炎の中に消える。


だが、鬼駆は止まらない。


赤黒い残光を引きずりながら、瓦礫の間を抜けていく。


澪「追撃――」


その時、無線が割り込む。


『中止しろ、氷室』


『状況混乱。対象は撤退』


澪「……了解」


銃口がゆっくりと下がる。


しかし視線だけは、鬼駆の消えた方向から外れない。


澪「黒い鬼……」


小さく呟く。


その言葉は、炎に溶けていった。



鬼駆は夜の工業地帯を抜けていく。


雨が再び強くなる。

視界に流れる光が歪む。


大和は後ろを振り返ることなく、ハンドルを握っていた。


結菜の姿が、脳裏に残る。

あの銃口。

あの声。


――まだ、何も知られていない。


GOUが低く笑う。


『誤解は深まったな』


大和「……黙れ」


『だが悪くない』


『“黒い鬼”は世界に刻まれた』


大和は答えない。


ただ、アクセルをさらに捻る。


鬼駆は加速する。


炎の街から、闇へ。


誤解と共に。

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