鬼と鬼
お久しぶりです。
しばらく更新が止まっていましたが、また少しずつ、この物語を進めていきます。
今回は、これまでとは空気がかなり違う回になっています。
黒い鬼。 そして、絶望の中で現れる、紫の鬼。
第6話『鬼と鬼』、よろしくお願いします!
【2045年10月8日 午後8時37分】
東京。
雨の夜。
街灯の光が濡れたアスファルトをガラスのように反射し、街路や路地は金属の匂いと湿った風で満ちていた。
遠くで響くサイレンの音。
滴る雨が鉄骨に当たり、低く唸るような音が静寂を震わせる。
人影はまばらで、濡れた道路に映る街灯の光が揺らめき、まるで世界そのものが呼吸しているかのようだった。
大和は、自室にいた。
机の上に静かに佇むGOU。
暗い部屋の中で、わずかに赤いラインが脈打つ。
外の雨音と相まって、部屋全体が不気味な緊張に包まれていた。
『…………まだ、否定するか』
大和は視線を落とし、指先で机の角を握り締める。
「あぁ……」
『あれが、楽しくなかったとは言わせない』
『壊し、潰し、踏み砕いた』
『お前は怪物だった……それでも――』
「……違う」
震える声だった。
だが、その言葉は確かにGOUへ届く。
胸の奥で、あの湾岸の夜が脈打つ。
家族に笑われ、社会に押し潰され、俺は……俺は何者でもなかった。
『もっと……欲しくないのか?』
『もっと戦いたくないのか?』
『お前は、ああいう場所でしか生きられない――そう、前に俺は言った』
『それでも、まだ否定するか』
大和は言葉を飲み込む。
否定したい。
でも、否定できない自分もいる。
怒り。
悲しみ。
恐怖。
すべてが混ざり合い、胸の奥で渦巻く。
「……俺にも、答えはわからない」
『どういう意味だ?』
「俺は何もできなかった。家族には『この世のゴミ』ってまで言われた」
『ほう……』
GOUの視線が鋭く光る。
「でも……お前と出会った」
「そして、お前を纏った瞬間から、俺は……変わった」
赤いラインが微かに脈打つ。
暗闇の中、GOUが静かに生きているように見えた。
「いや……変わることができた」
『……俺の“おかげ”だというのか?』
「あぁ」
「今の俺の形は違う。でも……やっと、生きてるって実感できる」
『なるほど……』
「……湾岸でのことは、思い出したくない」
『やはりか……』
「でも……」
『……?』
「お前を失いたくはない」
数秒。
部屋の空気が止まる。
GOUの赤いラインが、わずかに揺れた。
『何を言っている?』
『……その意味は?』
その瞬間。
階段の下から妹の声が響く。
「お兄ちゃーん! 誰か来たよー!」
大和の全身が跳ねる。
『ん? 誰だ?』
「『誰だ?』じゃない!」
大和はとっさにGOUを棚の奥へ押し込み、扉を閉める。
『あ? なんでだ! どうした! 何をする!!』
『暗いじゃないか!!』
「いいから、そこにいろ! 声出すな!」
棚の扉がカチリと音を立てて閉まる。
雨音。
鉄骨の軋む音。
遠くのサイレン。
そのすべてが、一瞬だけ静まり返った気がした。
そして、自室の扉が開く。
――結菜だった。
制服姿。
夜だというのに、どこか疲れたような顔。
頬の浅い傷は薄く残り、白い指先は扉の縁を静かに握っていた。
その瞳は、大和を見つめている。
ただの心配じゃない。
まるで、閉ざされた心の奥を覗き込むような、深い視線だった。
「大和くん……」
「結菜……?」
「最近……どう……?」
「どうって……まぁ、いつも通りかな」
「そう……」
結菜は少しだけ俯く。
窓の外では、雨が強くなっていた。
灰色の空。
ガラスを伝う水滴。
その音だけが、二人の間の沈黙を埋めている。
「ねぇ……大和くん」
「何?」
「大和くんは……どう思ってるの?」
「どう思ってるって……? 何を?」
結菜はゆっくりと顔を上げる。
そして、小さく唇を動かした。
「……“黒い鬼”のこと」
大和は息を呑んだ。
「――――っ」
「黒い……鬼?」
「え……? 知らないの……?」
結菜はスマホを取り出し、SNSを開く。
そして、その画面を大和に向けた。
画面には、無数の投稿が流れていた。
【#湾岸の黒い鬼】
【#違法KAMEN殲滅】
【#あれは何】
【#都市伝説】
【#黒鬼】
動画の再生数は、既に数千万を超えていた。
結菜がそのうちの一つをタップする。
ノイズ混じりの縦動画。
撮影者は、高架下の歩道橋付近にいたらしい。
荒い息。
震える視界。
遠くで鳴り続けるサイレン。
『やばい、やばいって!!』
『逃げろ!! こっち来るぞ!!』
画面の向こうでは、違法KAMENたちが炎上する車両の周囲で暴れていた。
銃声。
悲鳴。
火花。
その時。
動画の奥。
煙の向こうで、赤橙色の光が灯る。
『……え?』
撮影者の声が震える。
ゴォォォォォォォォッ!!
轟音。
次の瞬間。
黒い影が、空から落ちてきた。
ドゴォォォォォォォォォンッッッ!!!
着地。
地面が割れる。
アスファルトが吹き飛び、周囲の違法KAMENたちがまとめて弾き飛ばされる。
動画の視界が激しく揺れる。
『な、なんだアレ……!?』
『バケモノだろ……!』
白い煙。
赤橙色のライト。
その奥から、鬼駆がゆっくりと現れる。
鬼のようなフロント装甲。
左右非対称に伸びたカウル。
赤橙色の双眼。
そして。
その上に立つ、黒い人影。
結菜は無言のまま、次の動画へ切り替えた。
今度は別角度。
炎上した車の陰から撮影された映像。
黒い影――GOUが、違法KAMENを片手で掴み、叩き潰している。
ブレードを握り潰す。
敵を投げ飛ばす。
頭突きで装甲を砕く。
コメント欄が、画面の下を流れていく。
【これ軍の新型か?】
【いや、あんなの見たことない】
【黒い鬼ってマジでいるんだ】
【違法KAMEN狩ってるらしい】
【味方なのか敵なのかわからん】
【怖すぎる】
【目が赤く光った瞬間、鳥肌立った】
【これCGじゃないの?】
【SERAPHの部隊すら止まって見てたぞ】
【鬼の口が開いたとこ、マジでやばい】
【絶対人間じゃない】
【都市伝説確定】
そして。
最後の動画。
かなり遠くから撮られた、ブレブレの映像。
JUNKが地面へ叩きつけられた直後。
GOUの右腕が赤橙色に発光し、拳の周囲に火花が走る。
画面越しでも分かるほど、異常な圧。
『うわ……何アレ……』
『やば……やばいやばい……』
その直後。
動画の中に、結菜の叫び声が入る。
『もういい!! もうやめて!!!』
そこで映像が止まった。
部屋の中に、雨音だけが残る。
大和は、何も言えなかった。
画面の中に映っていたのは、自分だった。
自分じゃないようで。
でも、確かに自分だった。
結菜はスマホを下ろす。
「今、学校でも街でも、この話ばっかり……」
「……」
「みんな、あれを“黒い鬼”って呼んでる」
結菜は静かに大和を見つめる。
「私……あの時、すごく怖かった」
その声は小さい。
でも、はっきり届いた。
「でも……」
結菜の指先が、わずかに震える。
「あの黒い鬼は……本当に悪いものだったのかなって、分からなくなった」
大和の喉が鳴る。
棚の奥。
暗闇の中で。
カタッ……。
GOUが、小さく笑った気がした。
その時。
ドゴォォォォンッ!!
「!!?」
「な、何……!!?」
二人は反射的に窓へ駆け寄り、外を見た。
市街地の向こう。
灰色の雨雲を焦がすように、巨大な炎が立ち上っている。
黒煙。
赤く脈打つ火災光。
遠くから遅れて届く、地鳴りのような衝撃。
雨の降る街並みの中、その一角だけが戦場みたいに赤く染まっていた。
「嘘……」
結菜が息を呑む。
それと同時に。
結菜のスマホが震えた。
画面に表示されたのは、SERAPH本部の文字。
結菜の表情が、一瞬で変わる。
「もしもし……」
数秒。
そして結菜は、小さく息を吸った。
「…………えぇ、こちら結菜」
スマホの向こうから、緊迫した男の声が響く。
『隊長、出撃命令が出ています』
『現場は第三区画旧工業地帯付近』
『違法KAMEN装着者同士の抗争が発生。爆発、火災、多数』
『現在、周辺部隊が交戦中ですが、制圧不能』
『敵戦力は推定十五以上』
『その中に――』
通信の向こう側で、一瞬だけ言葉が止まる。
結菜の目が細くなる。
「……何?」
『未確認装着者を確認』
『紫色の発光眼、異常な白兵戦能力』
『違法KAMEN装着者を複数撃破』
『目撃証言では、“人間の動きじゃない”と――』
結菜の呼吸が止まる。
紫の発光眼。
その言葉だけで、部屋の空気が変わった。
『現場の隊員達は、湾岸の“黒い鬼”に匹敵する危険度と判断しています』
『SERAPH第三機動隊、至急出撃してください』
「……了解」
通話が切れる。
部屋に、雨音だけが残った。
結菜はスマホを握ったまま、数秒動かなかった。
市街地の向こうでは、今も炎が上がっている。
黒煙が空へ伸び、赤い光が低い雲を照らしていた。
「結菜……」
大和が声をかける。
結菜は振り返る。
その表情は、さっきまで学校にいる普通の少女のものじゃなかった。
SERAPHの隊長としての顔。
冷静で。
鋭くて。
でも、その奥に少しだけ恐怖が混じっている。
「出なきゃ……」
「……また戦うのか」
「うん」
結菜は小さく頷く。
「違法KAMEN同士の抗争だけじゃない」
「未確認の装着者も出たって……」
「未確認?」
「紫色の目をした、人間じゃないみたいな動きの装着者」
大和の喉が鳴る。
その瞬間。
棚の奥。
暗闇の中から、低い声が響いた。
『……ほう』
大和の肩が跳ねる。
『紫、だと?』
「っ……!」
結菜が怪訝そうに眉を寄せる。
「今、何か聞こえた?」
「い、いや! 何でもない!」
大和は反射的に声を張る。
棚の奥で、小さくカタリと音が鳴る。
『面白いぞ、大和』
『匂う』
『俺と同じ匂いがする』
大和の背中に冷たい汗が流れる。
結菜はまだ不審そうな顔をしていたが、やがて窓の外へ視線を戻した。
遠くの炎。
雨。
サイレン。
そして、まだ見ぬ“紫の鬼”。
結菜は静かに呟く。
「嫌な予感がする……」
そう言うと、結菜は踵を返し、部屋を出ていった。
階段を駆け下りる音。
玄関が開く音。
そして数秒後。
外から、高出力エンジンの駆動音が響いた。
大和は窓際へ寄る。
雨の中。
家の前に停められていた白銀の専用バイクへ、結菜が跨る。
白い装甲。
流線型のフレーム。
車体各部に走る、青白い発光ライン。
雨粒を跳ね上げながら、バイクは低い唸り声を上げた。
結菜が、一瞬だけこちらを見る。
雨越しで、表情までは見えない。
だが、その背中には、迷いと覚悟の両方が滲んでいた。
次の瞬間。
バイクは爆音と共に走り出す。
水飛沫を上げ、住宅街を切り裂くように加速し、そのまま炎の上がる市街地の方角へ消えていった。
大和は、それを窓から黙って見送る。
赤く染まる空。
遠くで響くサイレン。
雨に滲む街の光。
「ふぅ……」
小さく息を吐く。
その瞬間。
棚の奥から、不機嫌そうな声が響いた。
『……ようやく行ったか』
大和は我に返る。
慌てて棚の扉を開け、GOUを掴み上げた。
「声出すなって言っただろ……!」
『仕方ないだろう。暇だった』
「暇とか、そういう問題じゃない!」
『だが、面白くなってきた』
GOUの赤橙色のラインが、暗闇の中で妖しく脈打つ。
『紫の鬼』
『違法KAMENを狩る異常個体』
『そして、湾岸の黒い鬼と同格扱い』
『クク……』
「笑うな」
『笑うさ』
『気になる』
『会ってみたい』
大和の表情が険しくなる。
「……俺は、嫌な予感しかしない」
『それでも、お前は行くだろう?』
「……」
『あの女。結菜――だったか』
「あぁ……」
『結菜を放っておけない』
『違うか?』
言葉が詰まる。
雨音が、静かに部屋を叩く。
炎は、まだ遠くで燃えている。
サイレンも止まらない。
大和は窓の外を見つめたまま、ゆっくりと拳を握った。
「――行くしかない」
大和はGOUを手に取り、服の内側へ隠しながら階段を降りる。
一段、一段。
古い木の階段が、小さく軋んだ。
階下へ降りると、そこには紬がいた。
パジャマ姿のまま、心配そうな顔でこちらを見上げている。
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
「あ……ちょっとだけ……」
言いながらも、大和は視線を逸らした。
紬に嘘をつくのは、嫌だった。
大和は玄関の扉を開ける。
冷たい雨風が、一気に吹き込んできた。
そして、そのまま外へ出る。
人影のない裏路地。
濡れたアスファルト。
赤く滲む遠くの空。
微かに響くサイレン。
大和はゆっくりと服の内側からGOUを取り出した。
赤橙色のラインが、暗闇の中で妖しく脈打つ。
「――鬼駆」
その瞬間だった。
GOUの赤橙色のラインが、一気に強く発光する。
『認証完了』
低く、重い機械音声。
次の瞬間。
裏路地の空気が震えた。
ゴォン――――ッ!!
まるで何か巨大な鉄塊が地面へ叩きつけられたような重低音。
大和の足元に、赤黒い光の紋様が広がる。
濡れたアスファルトの上に、円形の光陣が浮かび上がり、無数の赤いラインが蜘蛛の巣のように走る。
そして。
闇の奥から、二つの紅い光が灯った。
まるで獣の眼だった。
重低音を響かせながら、それはゆっくりと姿を現す。
黒。
ただの黒ではない。
煤けた鉄のような鈍い黒。
焼け焦げた刀身のような黒。
その全身を覆う重装甲の隙間から、赤橙色の発光ラインが脈打つように走っている。
前輪と後輪は異様なほど太く、装甲に覆われた車体は、通常のバイクよりも一回り大きい。
低く構えたフレーム。
鋭く突き出た前部装甲。
左右非対称の鬼角を思わせるフロントカウル。
後部には、折り畳まれた二本の巨大な排気ユニット。
まるで、地獄から這い出てきた鬼の獣だった。
鬼駆。
GOUだけが呼び出せる、専用戦闘機動バイク。
エンジンが唸る。
ドッドッドッドッドッ――――!!
ただの駆動音ではない。
心臓を殴るような重低音。
雨粒が震え、周囲の水たまりが波打つ。
『行くぞ』
GOUが笑う。
『紫の鬼を狩りに』
大和は何も言わず、鬼駆へ跨った。
その瞬間。
車体各部のラインが、一斉に赤く輝く。
『SYNC START』
バチバチバチッ!!
電流にも似た赤い閃光が走り、ハンドルと車体が大和の身体へ吸い付くように連動する。
まるで、自分の手足が増えたようだった。
「――行く」
鬼駆が咆哮する。
次の瞬間。
爆音。
裏路地の雨水を吹き飛ばしながら、鬼駆は一気に加速した。
赤黒い残光を引き裂きながら、夜の街へ飛び出していく。
◇
午後8時54分
鬼駆は夜の街を駆け抜けていた。
ゴォォォォォォォォッ!!
重低音が、濡れた路面を震わせる。
住宅街。
狭い交差点。
無人配送車。
歩道脇に停まった電動スクーター。
全てを置き去りにするように、鬼駆は加速する。
「ッ……!」
大和は歯を食いしばりながらハンドルを握る。
速い。
第二区画で初めて乗った時よりも、明らかに速い。
いや、違う。
鬼駆が大和に合わせている。
大和の呼吸。
視線。
重心移動。
恐怖。
その全てを読み取るように、車体が微細に動きを変えている。
HUDが視界を埋める。
──────────────
SPEED : 126km/h
ROAD CONDITION : WET
ENGINE STATUS : STABLE
HEART RATE : 141
SYNC RATE : 38%
──────────────
赤橙色の文字列が、雨粒越しの視界に浮かび上がる。
『遅い』
GOUの声が頭の奥に響く。
「これでも十分速いだろ……!」
『俺は走りたいんじゃない』
『狩りたいんだ』
「……ッ」
鬼駆の後部装甲が低く駆動音を鳴らす。
ゴギギギギ……。
折り畳まれていた二本の排気ユニットが、ゆっくりと展開する。
同時に、HUDの表示が切り替わった。
──────────────
BOOST MODE : STANDBY
HEAT LEVEL : 41%
LIMITER : ACTIVE
──────────────
「なんだこれ……」
『踏み込め』
「は?」
『アクセルを最後まで捻れ』
「ふざけんな!」
『死にはしない』
『多分な』
「多分ってなんだよ!?」
だが、その時。
遠くの空が赤く明滅した。
ビルの隙間。
立ち上る黒煙。
そして、一拍遅れて響く爆発音。
ドゴォォォンッ!!
大和の表情が変わる。
HUDの中央に赤い警告表示。
──────────────
WARNING
ILLEGAL KAMEN SIGNAL DETECTED
DISTANCE : 2.4km
HOSTILE OUTPUT : HIGH
──────────────
『見つけた』
GOUが笑う。
『紫の鬼だ』
鬼駆の赤橙色の双眼が強く発光する。
エンジン音が変わった。
ゴォォォォ……
ではない。
ガゴォォォォォォォッ!!
まるで獣が牙を剥いたような、荒々しい咆哮。
HUDが赤く染まる。
──────────────
BOOST MODE : READY
LIMITER RELEASE : 12%
SYNC RATE : 46%
──────────────
『踏み込め、鬼城』
『置いていかれる側は、もう終わりだ』
大和は息を呑む。
心臓がうるさい。
怖い。
速すぎる。
けれど。
結菜が向かった先。
炎の上がる街。
そして、自分を呼ぶように響く爆発音。
大和は歯を食いしばる。
「……ッ、行くぞ……!」
アクセルを捻る。
次の瞬間。
ゴバァァァァァァァァッ!!
鬼駆の後部ユニットが一斉に展開。
白い蒸気。
赤橙色の閃光。
濡れた路面を吹き飛ばしながら、鬼駆が弾丸のように前へ飛び出す。
「うおおおおおッ!!」
視界が一気に引き伸ばされる。
道路。
街灯。
コンビニの看板。
信号。
全部が線になる。
──────────────
SPEED : 168km/h
SYNC RATE : 53%
HEART RATE : 157
──────────────
鬼駆は赤黒い残光を引き裂きながら、炎の上がる街へ向かって一直線に駆けていく。
◇
【午後9時13分】
第三区画旧工業地帯。
破壊されたコンテナ、炎上する車両、
崩壊した高架の支柱。
周囲は火の海だった。
そこへ、白い大型装甲車が滑り込む。
ハッチが開き、結菜の部隊が一斉に降下した。
簡易装備のまま降り立った結菜は、仲間達と共に周囲を見渡す。
しかし――
「え……? どういうこと……!?」
結菜の声が震える。
現場には、既に違法KAMEN装着者達が倒れていた。
道路脇の壁にめり込んでいる者。
コンテナに頭から突っ込んで動かない者。
装甲ごと腕を折られ、地面に転がる者。
胸部装甲が陥没し、呼吸すらまともにできていない者。
全員、生きてはいる。
だが。
戦闘不能。
それも、一方的に叩き潰されたような痕跡だった。
「別班が先に来たのか……?」
隊員の一人が呟く。
「いや……違う」
別の隊員が、低く声を漏らした。
倒れている違法KAMEN装着者達の装甲には、鋭く抉られたような傷が走っていた。
関節だけを正確に破壊された者。
肋骨ごと内側に叩き潰された者。
喉元を掴まれた跡が残る者。
まるで。
誰か一人が、全員を“処刑”したみたいだった。
結菜は無意識に息を呑む。
その瞬間だった。
燃え落ちるコンテナの向こう。
赤黒い火の粉が舞う瓦礫の中央に、
一つの影が立っていた。
細い。
だが、異様に大きく見える。
黒い装甲。
全身を走る深紫のライン。
肩や腕には棘のような突起。
左右非対称の角。
片方は二本、もう片方の一本は鋭く天を突いている。
口元の牙状スリットから、白い蒸気が細く漏れる。
複眼が、ゆっくりと赤紫に光る。
そして、その異形は。
倒れた違法KAMEN装着者の頭を、足元で静かに踏みつけたまま、微動だにせず立っていた。
「――――っ」
誰も、動けなかった。
――KIMEN: RASETSU
RASETSUを纏った冥牙。
「…………」
「動くな……!!」
結菜は叫び、銃口を向ける。
「そこで止まれ!!」
「ここで何をしていた!! 一体、何があった!!」
しかし、冥牙は何も答えない。
語らない。
ただ、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
重い足音。
火の粉が舞う。
深紫のラインが、闇の中で脈打つ。
口元の牙状スリットから、白い蒸気が細く漏れる。
赤紫の複眼だけが、結菜達を静かに見据えていた。
その時だった。
結菜の無線に、低い男の声が入る。
『結菜。そいつを本部まで連れてこい』
「……了解」
結菜は短く返し、冥牙を真っ直ぐ見据える。
「ここから先は、我々が引き取る」
「あなたには、本部まで来てもらう」
隊員達が、ゆっくりと冥牙を囲む。
誰も引き金にかけた指を外さない。
その時。
「……なあ」
冥牙が、小さく口を開いた。
空気が張り詰める。
「なぜだと思う?」
「……何がだ」
結菜が睨む。
冥牙の赤紫の複眼が、静かに揺れる。
「なぜ……悪が存在するのか」
「お前達みたいな、“秩序を守る側”がいるのに」
「なぜ、悪は消えない?」
「…………」
誰も答えられない。
隊員の一人が、小さく舌打ちした。
「こいつ……何言ってやがる……」
冥牙は、その声すら聞いていないようだった。
「――知るはずがない」
「何が言いたい!!」
結菜の声が強くなる。
冥牙はゆっくりと顔を上げる。
その瞬間。
RASETSUの複眼が、赤紫に光った。
「――教えてやる」
低い声。
だが、その場にいた全員の背筋を凍らせるほど冷たかった。
「秩序を盲信することしかできない」
「お前達みたいな人間がいるからだ」
「悪は消えない」
「お前達は、悪を止めるんじゃない」
「悪が生まれる場所を、見て見ぬふりをしてるだけだ」
「――この世で、一番役立たずなのは」
「お前達みたいな連中だ」
空気が止まる。
誰も、すぐには言い返せなかった。
炎の音だけが響く。
結菜は冥牙を睨んだまま、奥歯を噛み締める。
確かに、守れなかった命はある。
救えなかった人間もいる。
湾岸事件でも、自分達が到着した時には、既に手遅れだった人達がいた。
それでも。
「……だからって」
結菜の声が震える。
「だからって、全部壊していい理由にはならない……!!」
冥牙は答えない。
ただ、赤紫の複眼だけが、静かに結菜を見ている。
隊員の一人が耐えきれず叫ぶ。
「黙れ!!」
「てめぇみたいな違法装着者に、俺達の何が分かる!!」
「俺達だって……助けられなかった人間くらい――」
言い切る前だった。
冥牙が、一歩踏み出す。
ガシャン。
砕けたアスファルトが沈む。
その瞬間、全員の肩が跳ねた。
たった一歩。
それだけで、空気が壊れる。
「構えろ!!」
誰かが叫ぶ。
銃口が一斉に持ち上がる。
だが。
誰一人として、引き金を引けなかった。
しかしその瞬間、
RASETSUの赤紫の複眼が強く光を放ち――――
次の瞬間。
冥牙の腕部装甲が、低い駆動音と共に展開した。
鋭い棘状のパーツが、前腕から一気に突き出す。
「っ!?」
隊員達が反応するより早く、棘は地面と装備を掠めるように走った。
激しい衝撃。
数人の隊員がまとめて吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられる。
銃が転がる。
悲鳴。
誰かが結菜の名前を叫ぶ。
冥牙は止まらない。
崩れ落ちた隊員の一人へ、静かに歩み寄る。
その頭を足元で踏みつけ、見下ろす。
「や、やめ――」
隊員が声を漏らした瞬間。
RASETSUの指先から、細い棘が伸びた。
それは装甲の隙間へ深く食い込み、赤紫の光を脈打たせる。
隊員の身体が硬直する。
「が……ぁ……っ!!」
次の瞬間。
棘の内部を流れるように、何かが隊員の装甲へ侵食していく。
赤紫のライン。
ひび割れのような発光。
装甲の内部で警告音が鳴り響く。
『ERROR』
『SYSTEM CORRUPTION』
『UNKNOWN SIGNAL DETECTED』
「な、なんだこれ……!」
隊員の簡易KAMENが暴走を始める。
制御不能になった装甲が火花を散らし、異常な駆動音を上げる。
冥牙は、その様子を無言で見下ろしていた。
「――やめろ!!」
結菜は咄嗟に銃口を向ける。
だが、その瞬間。
RASETSUの赤紫の複眼が、真っ直ぐ結菜を捉えた。
結菜の背筋が凍る。
速い。
そう思った時には、もう遅かった。
冥牙のもう片方の腕がわずかに持ち上がる。
次の瞬間、細い棘が一直線に射出された。
「っ――!!」
衝撃。
結菜の肩口を掠めるように棘が突き刺さり、そのまま地面へ叩きつけられた。
銃が手から滑り落ちる。
視界が大きく揺れる。
身体が動かない。
肩から腕にかけて、痺れるような熱が走る。
「か……っ……」
呼吸が浅くなる。
起き上がろうとしても、力が入らない。
視界の向こうで、RASETSUが再び隊員達の方へ歩いていく。
「やめ……ろ……」
声にならない。
隊員達は倒れたまま、逃げることもできない。
冥牙の指先から、再び細い棘が伸びる。
一本。
また一本。
棘が撃ち込まれるたび、隊員達の装甲に赤紫の亀裂のような光が走る。
警告音。
火花。
苦しげな声。
結菜は、それを見ていることしかできなかった。
身体が動かない。
止めなければならないのに。
声を出さなければならないのに。
指一本、動かせない。
RASETSUは、ただ静かに、次の隊員へ視線を向ける。
その赤紫の複眼だけが、闇の中で不気味に光っていた。
結菜は震える手で、落ちた銃へ指を伸ばす。
痛みで感覚の薄れた腕を、無理やり動かす。
指先が、銃把に触れる。
「ぁ……っ……!!」
必死に握る。
だが、その瞬間。
RASETSUの指先が、わずかに動いた。
次の瞬間、細い棘が一直線に走る。
乾いた破裂音。
結菜の銃は、握った瞬間に撃ち抜かれた。
砕けた破片が散る。
結菜の瞳が揺れる。
そして、気づく。
周囲に倒れた隊員達は、もう誰一人動いていなかった。
生きている。
呼吸もある。
だが、誰も起き上がれない。
誰も、声を出せない。
炎の音だけが響く。
冥牙が、ゆっくりと結菜へ歩いてくる。
「――次は、お前だ」
低い声。
感情のない、冷たい声だった。
結菜の喉が震える。
恐怖。
悔しさ。
何も守れなかった現実。
視界が滲む。
「誰か……」
掠れた声。
「私の……仲間を……助けて……」
冥牙の複眼が、ゆっくりと細くなる。
「――秩序を盲信する者は」
「こうして、呪いを見る」
冥牙の指先に、再び細い棘が形成される。
鋭く。
冷たく。
真っ直ぐに、結菜へ向けられる。
「――死ね」
「――――っ!!!」
その瞬間だった。
冥牙の背後から、爆音が響く。
黒い影が、地面を削りながら滑り込む。
鬼駆。
低い姿勢のまま、一直線に突っ込んでくる。
その上には、大和。
GOUを纏ったまま、冥牙を睨んでいた。
「死ぬのは、お前だ」
GOUの赤橙の目が、闇の中で光る。
『――見つけたぞ』
冥牙が振り返る。
「あ――――?」
次の瞬間。
鬼駆が滑り込むような勢いのまま、冥牙へ激突した。
轟音。
RASETSUの身体が大きく吹き飛ぶ。
コンテナを何枚も突き破り、火花と鉄片が夜空へ舞い上がる。
結菜の瞳が、大きく見開かれる。
炎の向こう。
黒い鬼が、そこに立っていた。
RASETSUは、瓦礫の向こうでゆっくりと立ち上がる。
赤紫の複眼。
赤橙色の双眼。
二体の鬼が、炎の中で初めて向かい合った。
――次の瞬間、戦場が裂けた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
休載していた間も、読んでくださる方や、ブックマークを残してくださる方がいて、とても励みになっていました。
今回は、RASETSUという新たな鬼、そして最後にGOUが登場する回でした。
次回からは、ついに鬼と鬼がぶつかります。
また少しずつにはなると思いますが、自分の中で納得できる熱量で、この作品を書いていきたいと思っています。
もし面白かった、続きが気になると思っていただけたら、感想や評価、ブックマークなどいただけると嬉しいです。
↓アンケートのお知らせ↓
いつも『KIMEN:GOU-豪黎ノ戦鬼-』を読んでくれて、本当にありがとうございます。
GOU以外に、短編で投稿した作品もありますが、アンケートをとろうと思ってます。
候補は、
・GOU
・『紅蓮』
・概念能力バトル(∞・☯・⚛️などの記号を能力化した異能力バトル)
・無課金無双(初期装備で廃課金勢をぶっ飛ばす話)
・白銀クロウ
あたりです。
それぞれ短編で投稿した後、感想やアンケートなどを見ながら、「どの作品の続きを一番読みたいか」を参考にしたいと思っています。
アンケートはこちらから →https://docs.google.com/forms/d/1PE1dWbDG4SIn3JpwDJm9kp_PoKVxOxnle550Ojb0VQs/edit?usp=drivesdk&ouid=107849145383909452049&chromeless=1
その間、「この作品好きかも」「続き見たい」と思えるものがあれば、ぜひ反応をもらえると嬉しいです。
少しだけ遠回りになりますが、その分、戻ってきた時には今よりもっと面白いストーリーを書けるように頑張ります。




