落下する黒鬼
今回は大和の幼馴染である白峰結菜と
鬼駆が本格登場。
湾岸の夜を走る、大和の初乱入回です。
2045年10月4日。
東京湾岸エリア。
午前0時過ぎ。
雨上がりの高架道路を、一台の黒い影が走っていた。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ
低く、腹の底を揺らすような駆動音。
濡れたアスファルトに赤橙色の光が滲み、ビル群のガラス窓に鬼のようなシルエットが映り込む。
鬼駆。
鋭く尖ったフロント装甲。
左右非対称の角のように伸びたカウル。
赤橙色のヘッドライトは、まるで夜を睨みつける鬼の眼だった。
「ッ……!」
大和はハンドルを握り締める。
速い。
速すぎる。
風が頬を殴る。
濡れた空気が肺を切る。
視界の両端では、高層ビル、巨大広告、ドローン輸送機、無人警備機が次々と流れ去っていく。
HUDが視界を埋める。
──────────────
SPEED : 148km/h
ROAD CONDITION : WET
ENGINE STATUS : STABLE
HEART RATE : 137
──────────────
赤橙色の文字列がノイズ混じりに浮かび、大和の鼓動に合わせて脈打つ。
「なんなんだよ、これ……!」
叫ぶ。
だが鬼駆は止まらない。
ゴォォォォォォォォッ!!
エンジンが咆哮する。
車体後部の装甲がわずかに展開し、内部の赤いラインが一斉に発光した。
瞬間、加速。
「ッ――!!」
視界が引き伸ばされる。
濡れた道路。
白線。
街灯。
ガードレール。
全部が線になる。
鬼駆はカーブへ突っ込む。
普通なら曲がり切れない。
だが車体は傾かない。
滑らない。
まるで路面そのものに吸い付いているみたいに、高架道路の壁際を削るように駆け抜ける。
ギャリリリリリリッ!!
火花。
タイヤと金属装甲が擦れ、赤い火花が夜へ散る。
『遅い』
頭の奥に、低い声が響く。
GOU。
『もっと踏み込め』
「うるさい……!」
『その程度か』
「黙れッ!」
大和はアクセルを捻る。
ゴバァァァァァァッ!!
鬼駆の背部ケーブルが震え、排熱口から白い蒸気が吹き上がる。
速度は一気に跳ね上がった。
──────────────
SPEED : 173km/h
──────────────
「なっ……!?」
高架道路の脇を、無人輸送トラックが走っている。
その横を。
鬼駆は、一瞬で抜いた。
バゴォォォォォォッ!!
重低音が夜を震わせる。
大和の瞳に、東京の夜景が映る。
雨に濡れたネオン。
巨大モニターに流れる企業広告。
無数の光を乗せて走る空中交通ライン。
誰もがKAMENを着け、誰もが何者かになろうとしている街。
その全てを置き去りにするように、鬼駆は走る。
大和は初めて知った。
自分が、世界から置いていかれる側じゃない。
世界を置いていく側に立てるかもしれないという感覚を。
その瞬間だった。
HUD全体に赤い警告表示が走る。
──────────────
WARNING
ILLEGAL KAMEN SIGNAL DETECTED
DISTANCE : 1.8km
──────────────
同時に、遠くのビル街の向こうで閃光。
一拍遅れて、爆発音。
ドゴォォンッ!!
夜空に火の粉が舞い上がる。
車の警報音。
誰かの悲鳴。
赤色灯。
鬼駆の前面装甲に、赤橙色のラインが走る。
『獲物だ』
GOUの声が笑った気がした。
大和は息を呑む。
高架道路の先。
煙の向こう。
高架の終端が迫る。
大和は鬼駆のハンドルを握り締め、目を細める。
「……行くしかない……!」
──────────────
SPEED : 182km/h
DISTANCE TO GROUND : 34m
JUMP ANGLE : 15°
ROAD CONDITION : WET
──────────────
ゴォォォォッ!!
鬼駆が宙を切る。
空中で車体が浮かぶ時間はわずかに2秒弱。
雨粒がヘッドライトに反射し、刹那の光の軌跡を描く。
『鬼城、姿勢を保持』
「任せろッ……!」
──────────────
AIR SPEED : 185km/h
VERTICAL DROP : -9.8m/s²
ROTATION : 0.2° clockwise
──────────────
空中で一瞬、東京湾岸の夜景が広がる。
ビル群、ドローン輸送機、光のライン。
全てが下に流れていく。
大和は息を吸い込む。
心拍数:162
HUDが赤く脈打つ。
「ッ……この距離……!」
ゴォォォォォッ!!
鬼駆が垂直落下に入る。
後部スラスターが瞬間的に排気を吹き上げ、空気を切り裂く。
風圧が耳を突き、体を前に押し付ける。
──────────────
IMPACT PREDICTION : CRITICAL
STABILITY : 92%
──────────────
眼下では、既に戦場が燃えていた。
量産型違法KAMEN装着者たちが、崩れた道路脇の車両やコンテナを盾にしながら、無秩序に銃撃と突撃を繰り返している。
灰色の量産KAMEN。
顔面を覆う無機質なバイザー。
肩部に増設された違法ブースター。
腕部には粗雑に改造されたブレードや短銃身の散弾砲。
バァンッ!!
ガガガガガガッ!!
弾丸が街灯を砕き、火花が飛ぶ。
崩れたガラスが雨上がりの路面に散乱し、赤色灯の反射を受けて不気味に光る。
「右側、押されてる! 第二班、前へ!」
白銀のKAMENを纏った少女が叫ぶ。
SERAPH。
白を基調にした流線型の装甲。
肩から背中にかけて展開された光翼ユニット。
細身ながら鋭いシルエット。
額の青白いラインが脈打つたび、周囲に淡い光が広がる。
その装着者――白峰結菜は、長大な専用武器『白閃』を振るい、違法KAMENを次々と薙ぎ払っていた。
ギィィンッ!!
バシュゥゥゥッ!!
白閃の刀身が光を引き裂く。
横薙ぎの一撃で一体を吹き飛ばし、返す刃で二体目の胸部装甲を切断。
「まだ来るの……!?」
だが敵の数が多すぎる。
左右の路地。
高架下。
崩れた立体駐車場の陰。
そこら中から量産型KAMENが現れる。
「隊長! 後方からも来ます!」
「くそっ……!」
結菜の部隊が徐々に押し込まれていく。
一人が吹き飛ばされ、別の一人が肩を撃ち抜かれ、膝をつく。
バゴォンッ!!
違法KAMENの散弾砲が爆ぜ、近くの車両が炎上する。
赤い火柱。
熱風。
悲鳴。
SERAPHの装甲表面を火の粉が掠める。
結菜は歯を食いしばり、白閃を構え直す。
「……まだ終われない……!」
その時だった。
違法KAMENの一体が、ふと動きを止める。
「……なんだ?」
別の一体も空を見上げる。
その視線につられるように、結菜も、隊員たちも、全員が頭上を見る。
煙と雨雲の隙間。
その闇の中に――赤橙色の光。
ゴォォォォォォォォッ!!
空気を引き裂く轟音。
真上から落ちてくる黒い影。
「なっ……!?」
「上だァァァ!!」
鬼駆。
赤橙色のヘッドライト。
鬼の眼のように光るフロント。
左右非対称に伸びた装甲。
背部スラスターから白い蒸気を噴き出しながら、まっすぐ地面へ向かってくる。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
まるで巨大な隕石のように。
まるで地獄から降ってくる鬼そのもののように。
──────────────
DISTANCE TO GROUND : 8m
IMPACT PREDICTION : CRITICAL
STABILITY : 91%
──────────────
「ッ……来るぞォォォ!!」
次の瞬間。
ドゴォォォォォォォォォンッッッ!!!
地面が砕けた。
着地点を中心にアスファルトが陥没し、放射状に巨大な亀裂が走る。
砕けた舗装。
吹き飛ぶコンクリート片。
舞い上がる砂塵。
衝撃波が四方へ広がり、違法KAMENたちの身体を吹き飛ばす。
ガガガガガッ!!
ドバァァァッ!!
量産型KAMENが地面を転がり、車両に叩きつけられる。
結菜の部隊も腕で顔を庇いながら後退する。
白い蒸気。
赤橙色のライト。
立ち込める煙。
戦場が、一瞬だけ静止する。
誰もが息を呑む。
その煙の奥。
低く、重い駆動音。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ
赤橙色の双眼が、ゆっくりと闇の中で灯る。
煙を裂きながら、鬼駆が前へ出る。
黒い装甲。
砕けた地面を踏み潰す巨大なタイヤ。
背部から噴き出す白い排熱。
そして。
『――到着だ、鬼城』
低く、機械のようでありながら、生き物のようにも聞こえる声。
GOU。
大和は鬼駆の上で息を荒げながら、ゆっくりと前を見据える。
煙の向こう。
敵。
炎。
赤色灯。
そして、SERAPHを纏った結菜。
全員の視線が、鬼駆と大和に集まる。
戦場の空気が変わる。
『見せてやれ』
GOUの声が、低く笑った。
煙の中で、鬼駆の赤橙色の双眼が鈍く光る。
違法KAMEN装着者たちは、一瞬だけ動きを止めた。
だが次の瞬間には、誰かが怒鳴る。
「構うな!! まとめて潰せッ!!」
バガガガガガガッ!!
一斉射撃。
違法KAMENたちの腕部銃火器が火を吹き、無数の弾丸が鬼駆へ叩き込まれる。
だが。
ゴォォォォォォッ!!
鬼駆は一気に加速した。
砕けたアスファルトを蹴り、低い姿勢のまま滑るように前進。
弾丸が背後の炎上車両を貫く。
火花。
爆炎。
轟音。
「速……っ!?」
違法KAMENの一体が声を漏らした瞬間。
ドガァァァァンッ!!
鬼駆のフロント装甲が、真正面の敵を跳ね飛ばした。
量産型KAMENの身体がくの字に折れ、吹き飛び、後方の車両へ激突。
ガシャァァァンッ!!
窓ガラスが砕け散る。
鬼駆は止まらない。
ギャリリリリリリッ!!
車体を傾け、横滑りしながら別の一体へ突っ込む。
側面装甲が違法KAMENの胴を削り、火花と共に吹き飛ばす。
「うおおおおおッ!!」
大和は叫びながらハンドルを切る。
恐怖はある。
心臓は壊れそうなくらい暴れている。
それでも。
今だけは、自分が世界の中心にいる。
鬼駆は炎上する車両の横を抜け、そのまま急旋回。
違法KAMEN二体を巻き込みながら、ドリフトの勢いで地面へ叩きつける。
ドゴォォォォォンッ!!
「な、なんだコイツ……!」
「バケモノかよ……!」
結菜はただ、目を見開いていた。
SERAPHの青白い光が、鬼駆の赤橙色を映す。
荒々しい。
無茶苦茶。
だけど、誰よりも前に出る。
その戦い方に、結菜は息を呑む。
だが。
違法KAMENは次々と集まってくる。
高架下。
崩れた店舗。
横転したトラックの陰。
十。
二十。
三十。
まるで蟻のように、量産型KAMENたちが鬼駆を囲み始める。
「囲めッ!! 動きを止めろ!!」
バァンッ!!
ガガガガガガッ!!
鬼駆の装甲に弾丸が当たり、火花が散る。
車体側面に浅い傷が刻まれる。
──────────────
ARMOR DAMAGE : 14%
SURROUND WARNING
ENEMY COUNT : 31
──────────────
大和が歯を食いしばる。
「くそ……多すぎる……!」
『鬼城』
GOUの声が低く響く。
『降りろ』
「……は?」
『ここからは、俺だ』
次の瞬間。
ゴォンッ!!
鬼駆の側面装甲が展開する。
赤橙色のラインが脈打ち、内部フレームが低い駆動音を立てる。
大和は息を呑む。
鬼駆の中央部。
そこに、人型の黒い影が立っていた。
GOU。
黒と赤橙を基調にした重装甲。
鬼を思わせる角。
鋭い複眼。
胸部に走る赤いラインは、鼓動のように脈打っている。
結菜が目を見開く。
「……え……?」
第2話「落下する黒鬼」 終
次回、第3話「暴力の名前」
ここで第2話終了です。
次回、第3話「暴力の名前」。
GOUの初戦闘になります。




