壊れゆく少年、豪黎の覚醒
『KIMEN:GOU-豪黎ノ戦鬼-』へようこそ。
この物語は、近未来のKAMEN社会を舞台に、鬼城大和と異形の戦鬼GOUの出会いから始まります。
暴力描写や重めの心理描写を含みますので、苦手な方はご注意ください。
なお、本作は前作『推しがわからない』とは別世界の物語となっているため、本作からでも問題なく読めます。
2045年10月3日。
関東。
朝から、空は重たい雲に覆われていた。
窓の外では、通学用ドローンバスが低い駆動音を響かせながら住宅街の上を滑っていく。高層ビルの壁面では、企業製KAMENの立体広告が流れていた。『適性こそ才能』『未来を装着せよ』。空には警備ドローンが巡回し、歩道にはAR誘導ラインが浮かんでいる。鬼城家の食卓には、ニュース映像が流れていた。
『本日未明、関東第三区で発生した違法KAMEN使用事件について――』
映像には、黒いフルフェイスマスクをつけた男が映っていた。周囲には破壊された車両と、煙を上げる道路。
『現場に駆けつけたSOLDIER部隊が犯人を制圧。民間人に死者は――』
「兄さん、またSOLDIER映ってる!」
無邪気な声を上げたのは妹だった。まだ小学生の紬は、食パンを両手で持ちながらテレビを見ている。
その隣で、兄の鬼城玲牙は淡々と朝食を口に運んでいた。
玲牙は有名だった。 鬼城家の長男。名門家系の後継者。高ランクKAMEN適性者。将来を約束されたSOLDIER候補。 学校でも、街でも、親戚の間でも、「鬼城家の誇り」と呼ばれていた。
対して、大和は黙って席に座っていた。 朝食の味なんて、もうよくわからなかった。
「玲牙、お前は来月の模擬戦闘試験だったな」
父が新聞を閉じながら言う。
「はい」
「鬼城家の名に恥じない結果を出せ。お前ならSクラス入りも十分狙える」
「……努力します」
「努力じゃない。結果を出せ」
玲牙は小さく頷いた。 父は満足そうに頷き、それから視線を大和へ向けた。
空気が変わる。
「お前は」
たった三文字で、空気が冷える。
「今日は補習だったな」
「……うん」
「いつまで学校に迷惑をかけるつもりだ」
大和は返事をしなかった。 返したところで、意味がないからだ。
「KAMEN適性なし。武装適性なし。戦闘適性なし。お前はいったい何ができる?」
「あなた、朝からそんな……」
母が小さく言う。 だが父は止まらない。
「玲牙と同じように育てた。同じ環境を与えた。同じ家で暮らしている。なのに何故こうなる?」
玲牙が気まずそうに視線を落とした。 妹だけが、大和の袖を小さく引っ張る。
「お兄ちゃん、今日も頑張って」
その一言だけが、唯一、大和を人間扱いしてくれる言葉だった。
学校へ向かう道は、人で溢れていた。 誰もがフルフェイスマスク――KAMENを身につけている。
学生用の安価な量産型。 企業製の高級モデル。 軍用を模した特注型。
色も形も様々だったが、共通していることがあった。
みんな、自分の顔よりKAMENを誇っていた。
この世界では、顔よりKAMENの方が大事だった。 どこのメーカー製か。どのランクか。どれほどの性能か。 それがそのまま、人間の価値だった。
校門をくぐった瞬間、聞き慣れた笑い声が飛んできた。
「おっ、来た来た。測定不能」 「ゴミが歩いてる」 「KAMENも使えないのに学校来る意味ある?」
大和は無視した。 反応したら負けだ。
教室に入る。 誰も話しかけない。 誰も目を合わせない。
机には油性ペンで落書きされていた。
《社会のゴミ》 《鬼城家の恥》 《存在価値なし》
慣れていた。 慣れてしまっていた。
自分の席に向かう。 だが、椅子だけがなかった。 教室の隅、掃除用具入れの横に雑に置かれている。
誰かが笑った。
「悪い、鬼城いたんだ」
本気で忘れていたような口調だった。
大和は何も言わず、椅子を持ってきた。
一時間目はKAMEN実技。 教師が教壇に立つ。
「今日は近接武装の接続訓練を行う。各自、自分のKAMENとリンクしろ」
生徒たちが次々にマスクを装着していく。 発光するバイザー。展開する補助HUD。音声認識。武装同期。
皆が当然のようにできることを、大和だけはできなかった。
机の上に置かれた安物の練習用KAMENを見つめる。 装着しても、反応しない。 起動音すら鳴らない。
教師は教室を見回した。
「……よし、全員装着したな」
その直後、数人が吹き出した。 教師もすぐに気づいたらしい。
「ああ、鬼城は見学だ」
それだけだった。 哀れみすらなかった。
授業の終わり際、配布資料が回ってくる。 次回の実技班分け表。
全員の名前がある。
大和以外。
昼休み。 大和は一人で校舎裏にいた。 フェンス越しに見える空は、どこまでも灰色だった。
スマホに通知が来る。
家族グループ。
父:玲牙の模擬試験対策に付き合う。夕飯はいらない。 母:大和も早く帰ってきてね。 玲牙:帰ったら少し話そう。
話そう。 励ましなのか、説教なのか。 どちらにせよ、大和には苦痛だった。
「……なんなんだよ」
思わず声が漏れる。
「なんで俺だけなんだよ……」
殴りたいわけじゃない。 壊したいわけじゃない。
ただ、どこにも居場所がなかった。
その日の帰り道だった。 雨が降り始めていた。
細い路地裏を歩いていると、妙な音が聞こえた。
カラン。
金属が転がるような音。
振り向く。 誰もいない。
だが、少し先の暗い路地の奥に、何か赤い光が見えた。
街灯ではない。 車でもない。
まるで、誰かがこちらを見ているような光。
大和は足を止めた。
普通なら逃げる。 けれど、その時の大和には帰りたい場所なんてなかった。
だから、歩いた。
細い路地を抜ける。 廃ビルの間を進む。 錆びたフェンスを越える。
いつの間にか、街の景色は消えていた。
そこにあったのは、巨大な石段だった。
夜の山中。 あり得ない場所。
崩れかけた鳥居。 割れた灯籠。 長い長い階段。
その先に、巨大な建物が見えた。
奉納殿。
そう呼ぶしかない場所だった。
異様だった。 古びているのに、朽ちていない。 静かなのに、耳鳴りのような音がする。 誰もいないのに、誰かに見られている気がする。
「……なんだよ、ここ」
帰ろうと思った。 なのに足が動かない。
何かに呼ばれていた。
石段を一歩ずつ登る。 登るたびに頭痛がする。 耳の奥で、誰かの声が響く。
――来い。
低い声。 男とも女ともわからない。
――来い。
奉納殿の扉の前に立つ。 巨大な門だった。 人の手では開かないはずの重さ。
だが、大和が触れた瞬間。
ゴゴゴゴ……という重い音と共に、門がひとりでに開いた。
中は暗かった。 天井は高く、奥は見えない。
壁一面に、無数の仮面が並んでいる。 どれも人間のKAMENとは違った。
もっと古い。 もっと異形。 もっと禍々しい。
その中央。 祭壇の上に、それはいた。
黒。 濃灰色。 二本角。 左右非対称。 片方は長く鋭く、片方は欠けている。
顔面を走る赤橙色の発光ラインは、まるで吊り上がった鬼の目だった。 頬には補修されたような白い装甲。 露出した端子。 剥き出しのケーブル。
軍用試作機にも見えるし、壊れかけた怪物にも見える。
それは、座っていた。 まるで、大和が来るのを最初から知っていたみたいに。
「……KAMEN?」
違う。 これは、そんな生易しいものじゃない。
突然、空気が震えた。 脳に直接、声が流れ込む。
『違う』
大和は息を呑んだ。
『俺はKAMENではない』
赤い光が灯る。 祭壇の上のそれが、ゆっくりと顔を上げた。
『俺はKIMEN』
地面が揺れる。 空気が重くなる。
『名は――GOU』
圧倒的な威圧感だった。 膝が震える。 逃げた方がいい。 本能がそう叫んでいる。
なのに。
GOUの赤い視線は、大和から逸れなかった。
『お前は壊れている』
その言葉が、胸に刺さる。
『家族に捨てられ』 『社会に否定され』 『自分自身すら信じられなくなった』
大和は歯を食いしばる。
『だが』
GOUの赤いラインが、ゆっくり白く染まり始める。
『お前は、まだ壊れていない』
『選べ』
GOUが言う。
『このまま、ゴミのまま終わるか』 『俺と共に、世界を殴るか』
大和の手が震える。 目の前には、禍々しい仮面。
怖い。
なのに、初めてだった。 自分を必要としてくれるものが現れたのは。
大和はゆっくりと手を伸ばす。
そして、GOUに触れた。
瞬間。 視界が真っ赤に染まった。
鼓動が耳の奥で爆発するように響く。 赤い光が脳に流れ込み、言葉にならない情報が一気に押し寄せた。
――HUD起動。
赤橙色の線が大和の視界に広がる。 頬、こめかみ、後頭部をなぞるように光が走る。 文字が浮かぶ。
──────────────
SYSTEM INITIALIZING...
USER : 鬼城大和
KAMEN APTITUDE : NONE
WEAPON LINK : FAILED
SOLDIER VALUE : ZERO SOCIAL
VALUE : ZERO
──────────────
胸が痛む。 過去に突きつけられた数値、否定され続けた存在の証明が目の前に現れた。
そして、中央の祭壇のGOUが、微かに振動した。
視界に巨大な円形HUDが現れる。 心拍、感情、恐怖、孤独の数値がノイズ交じりで表示される。
──────────────
EMOTION LEVEL : CRITICAL
HATRED : 92%
FEAR : 87%
LONELINESS : 100%
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大和は硬直する。 この数字、この感情……すべて、自分だ。
──────────────
SYNCHRONIZE RATE : 43%
ERROR... DATA REJECTED
──────────────
赤いラインが揺れ、ノイズが走る。
だが、GOUは揺るがない。 光と振動で、意志を伝えてくる。
──────────────
SYNCHRONIZE RATE : 72%
──────────────
SYNCHRONIZE RATE : 88%
──────────────
SYNCHRONIZE RATE : 100%
──────────────
白光に変わる赤橙ライン。 HUD上に文字が浮かぶ。
──────────────
旧主ノ銘ニ依リ、此ヲ鍛造ス。
此ヲ纏イシ汝__。
覚醒メヨ___豪黎ノ戦鬼。
──────────────
USER : 鬼城大和
TITLE : 豪黎ノ戦鬼
KIMEN : GOU
息を呑む。 恐怖も孤独も怒りも、胸の奥で燃え上がる力に変わる。
大和は拳を握る。
その瞬間。 祭壇の奥で、何か巨大な影が目を開いた。
赤く浮かぶ鬼の紋章。 低く唸る獣のようなエンジン音。
振り返る。
闇の中に、一台の黒いバイクがあった。
鋭い装甲。 鬼のような前面。 赤く発光するヘッドライト。
鬼駆。
その名を、大和は知らないはずなのに理解した。
祭壇のさらに奥にある巨大扉が、ゆっくりと開き始める。 古代の文様が光に浮かび、亀裂から光が漏れる。
その先に見えたのは――東京の夜景だった。
濡れたアスファルト。 光るビル群。 遠くに走る車列。
山中の廃神社跡地から、突如現代都市。 古代と現代、異界と現実が交差する瞬間。
大和は鬼駆に跨る。
手に伝わる振動が骨の奥まで届き、胸の鼓動と同期する。
「ゴゴゴゴォォォ……ッ」
低く唸る駆動音が祭壇を震わせる。 空気が揺れる。 金属の匂いが鼻を突き抜ける。
胸が高鳴る。 恐怖でも怒りでもない。 ただひたすら昂ぶる感覚。
大和はハンドルを握る。
鼓動と振動が完全に同期する。
初めて、自分の力がここにあることを実感した。
胸に込み上げるのは恐怖ではなく、覚悟。
大和の目は、東京を見据えた。
「……これが、俺の戦場だ」
鬼駆が駆け出す。
異界の赤橙と東京のネオンが交差する。
豪黎ノ戦鬼――KIMEN:GOU。 その最初の夜が、ここから始まった。
第1話「壊れゆく少年、豪黎の覚醒」 終
次回、第2話「落下する黒鬼」
第1話を読んでくれてありがとう。
鬼城大和――何も持たない少年が、古代の戦鬼「GOU」と出会った瞬間、世界は静かに、しかし確実に揺れ始めた。
次回、大和はGOUを纏い、鬼駆に跨る。
初めての鼓動。初めての駆動。
彼の力は、街を、そして自分自身をどう変えていくのか。
恐怖も孤独も、怒りも覚悟も、すべて胸の奥で燃え上がる。
大和の戦いは、ここから始まる。




