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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

欠けたパーツの恋人

作者: まー
掲載日:2026/03/23

灰に塗れた世界で、私たちは何を信じて歩けるだろうか。


これは、一度壊れてしまった二人が、ある「魂」に導かれ、再び手を取り合うまでの再生の物語です。


失ったものは戻らないけれど、その痛みを抱えたまま、真っ白な未来へと踏み出す二人の背中を見守っていただければ幸いです。

白磁結しらじ ゆいの狭いアパートには、彼女が“特等席”と呼ぶ棚がある。

その中央には、いつもマネキンの首──「たかてぃん」が鎮座していた。


事件現場近くのゴミ捨て場で結が拾った物だった。

だが、彼女にとっては拾い物ではなく、“救い”そのものだった。


仕事も人間関係もうまくいかず、恋人にも裏切られた頃。

夜のゴミ山で、不思議と光を帯びて見えたのが、たかてぃんだった。


以来、結は毎日、たかてぃんの白い肌を高級な乳液で磨き、夜にはパックを貼る。

お気に入りのブランドのスカーフを巻き、無機質な双眸に見守られながら食事をとる。


結「ねえ、たかてぃん。今日のスープ、美味しいわよ」


喋らぬ首にスプーンを差し出し、結は微笑んだ。

沈黙こそが、結の孤独をすべて受け止めてくれた。


その温かな日常は、激しいノックで破られた。


警察「警察です! 白磁さん、いらっしゃいますか!」


数人の男たちが室内になだれ込み、視線を棚へ向けた。


警察「あった……これだ」


結「待って! たかてぃんに触らないで!」


叫ぶ結を押しのけ、マネキンの首はポリ袋に収められた。

取調室の重苦しい空気の中、ベテラン刑事は深く頭を下げた。


刑事「……白磁さん。手荒な真似をしてすまなかった。大切な“家族”を奪ったような形になってしまい、本当に申し訳ない」


結は、机上のポリ袋入りのたかてぃんを見つめ続ける。


刑事「我々も、あなたを疑っているわけじゃない。ただ──

先日逮捕した犯人が『特注マネキンをバラバラにして処理した』と供述している。

そして深夜、公園のブランコでマネキンの首とあなたがいた、という目撃情報があってね。

法的に確認するためにも、協力してほしい」


刑事はケースからもう一つを取り出した。

白いマネキンの胴体だった。


刑事「別の場所で見つかった。合わせてみるよ」


カチッ。

首と胴体が繋がる音。


その瞬間、結の顔がぱっと明るくなり、恍惚と叫んだ。


結「ああ……たかてぃん! 身体が戻ったのね……! やっと、手を繋げるわ!」


刑事はわずかに眉を下げ、続けた。


刑事「……実はまだ全部は揃っていない。両足だけ、業者が誤って廃棄してしまったようでね。

本来なら揃えて供養すべきなんだが……どこかのゴミ山に埋もれたままかもしれん」


その言葉だけが、結の胸に暗い影を落とした。


──数年後。


裁判が終わり、還付されたたかてぃんを引きずりながら歩く結の前に、一人の男が立った。


麻根金太まね きんた。かつての恋人。


結「……結、なのか?」


大きなリュックから突き出た“何か”を抱きしめながら、彼は震えた声で言った。


金太「滑稽だよな……罪悪感でゴミに埋もれて消えようとした時、こいつにつまずいたんだ。汚れて泥まみれの、マネキンの両足。……そいつが、まるで、あの日俺が捨てた結の心みたいに見えて……。結局、俺は結を捨てきれなかったんだな」


金太「名前もつけたんだよ。“みちみち”って」


結の「たかてぃん」。

金太の「みちみち」。


二人は見つめ合い、ゆっくりとマネキン同士を近づけた。


腰のジョイントが──カチッ。


夕陽の中、完全体となったマネキンが神々しく輝く。


そして次の瞬間、白い肌がさらさらと崩れ始めた。


結「……あ、ああ……っ!」


結は膝から崩れ落ち、指の間からこぼれる白い粉を必死に掬う。


結「たかてぃん! 行かないで……! やっと、一つになれたのに……!」


その肩に、温かい手がそっと触れた。


金太「結……もう、いいんだよ」

金太は涙をにじませながら、静かに微笑んだ。


金太「これって……たかてぃんとみちみちの恩返しだったんじゃないか。

バラバラになっても愛してくれた結と俺を、もう一度巡り合わせるために……

そして、自分たちが“消える”ことを選んだんだよ」


金太は、結の震える手を包むように握った。


金太「……俺、あの時。結を支えられなかった。でも今度は違う。偽物の足じゃなく、俺の足で……もう一度だけ、お前を支えたい」


結は涙を拭き、金太の瞳を見つめた。


その手の温もりは、プラスチックでは決して与えられない、脈打つ命の熱だった。


結「……うん。やり直そう。たかてぃんとみちみちのために」


二人は白い灰を小瓶に詰めた。

そこには──彼らを救い、再び結びつけた魂が眠っている。


夕闇を背に、二人は一つの小瓶を握りしめ、

迷いのない足取りで前へ踏み出した。


その一歩は、灰に塗れた過去を、目が眩むほど真っ白な未来へと塗り替えていく合図だった。


重なり合う手の上で、二人の晴れやかな笑顔が、

新しい世界の光の中に溶けていった。


(完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ラストシーンの「白」という色に、特別な思いを込めました。

過去の象徴であった「灰」が、最後には未来を塗り替えるための「光」に変わる。


その瞬間の二人の晴れやかな笑顔が、読んでくださった皆さんの心にも、温かな灯火として残ることを願っています。

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