第九話 ナメクジ、ちりゃくを粉砕する
「で、その時ウチの族長が言ってやったのよ。『灰龍がくしゃみをするんなら、南門のオークがお湯を捨てるぞ』ってね!」
蛮族女はナメクジの目を見ながら謎のジョークを言い切った。
ナメクジがため息をして顔を左右に振ると、何が面白いのか「傑作でしょ!」と手を叩いて笑い出した。
「もう話すことはないのかい? ないなら、もういいんだよ?」
こちらは頭でっかちなので要領の得ない話が嫌いだ。
ナメクジは七色に光る触覚からビームを放った。
「ひっ!」
光線は肩を強張らせた女の手前、地面に落ちている手斧に当たった。
手斧はシャボン玉の表面のようにテラッと輝くと、突然バラバラになった。
みんなが覗き込むと、斧頭、柄、麻縄が地面に転がっている。
「なあにこれ?」
顎に人差し指を当てて質問してくる蛮族女に、ナメクジは触覚を向けた。
「『解体光線』だよ。なんでもバラバラにする」
――なんでもね。
目の触覚を近づけると、女は汗を拭いながらまたペラペラ喋り出した。
小鬼たちを世に送り出すにも、周りの情報は手に入れておきたい。
これも導師の務め。
ナメクジはすぐに脱線する蛮族女から、なんとか話を聞き出した。
ナメクジは地面に棒で大きな丸を二つ描いた。
一つが人間連合軍、もう一つが魔王軍だ。
ラグナを見上げると、腕を組んで頷いている。
「じゃあ君たちは戦いたくないけど、脅されて人間側についたってことね」
「そういうこと! 私たち普通に隊商襲って飯食ってるし、コボルトと取引だってしてる」
蛮族女は指を鳴らしてウインクした。
そんな簡単なことを長々喋るんじゃないよ。
ナメクジは地面にもう一つ小さな丸を描いて、人間連合軍の丸と線で繋いだ。
「わかるかい? たぶん君の村も同じだよ」
「はい」
ラグナは地面のお絵描きの意味を理解したようだ。
いい子だ。
小鬼たちは見えるところで遊んでいた。
人間の血に染まった荒野の向こう、地平線に太陽が近づいている。
ナメクジのイメージでは一枚岩同士がゴリゴリにやり合っていると思っていたが、実際は他にも小さな丸がいっぱいある。
彼女らの集落は不幸にも連合軍の通り道にあった。
諸々接収されて人質も取られて、参加を強いられたとのこと。
「でも人間連合軍との約束破ったんだろ。人質はよかったのか?」
「うん。突撃部隊は全員人質救出に直行したのよ」
ラグナがゆっくり立ち上がって号令をかけた。
「フォーメーション!」
遊んでいた小鬼が一斉に駆け寄ってきた。
小鬼たちがラグナの後ろに扇状に広がって腰を落とす。
蛮族女の目が三日月のように細まった。
「人質は――私で最後かな」
「お嬢! ご無事ですかい!?」
森から手斧を持った男たちが飛び出した。
みな狼の毛皮を被っている。
十人はいる。
「どうよナメクジ先生! 私のちりゃくは!」
蛮族女は生意気そうに口端をあげてこちらを見た。
ラグナは女の喉元にナイフを添えたまま動かない。
「0点だよバカ」
「私を解放しなさ――え?」
眠っちまうかと思ったわ。
こいつは時間稼ぎに時間をかけすぎだ。
ナメクジは口触覚を伸ばして叫んだ。
「チャージ!」
森の奥から地響きがしたかと思うと、蛮族兵が全員吹っ飛んだ。
ぞろぞろと灰色の毛皮の巨体が現れる。
「フン!」
先頭のクマ君が鼻息一つして、倒れた蛮族兵の背中に腰掛けた。
他のクマ君もそれぞれお気に入りの椅子を見つけたようだ。
彼らの額にはナメクジの紋章が光っている。
やはり友達は頼りになるなあ。
戦場にこいつ一人で突撃する訳がないのだ。
どこかに仲間がいるはず、それを引っ張り出すのが目的だった。
「みんなー、これが伏兵ね」
「はい!」
「はーい!」
ラグナたちの尊敬の眼差しが軟体を震わせた。
これだから教導はやめられないぜ。
「……あのー」
「遺言はあるかい?」
邪神じゃないのでタダで聞いてあげよう。
蛮族女が両手を合わせた。
合掌を少しずらしてこちらを伺っている。
「命だけはお助けを」
どこの世界も祈りの手は同じなんだなあ。
そういや無闇に殺すなってラグナに言ったばかりだった。
「命だけは助けます」
ナメクジは女に『解体光線』を放った。
※
足元には狼の毛皮、チューブトップ、腰蓑、パンツが散らばっている。
やっぱりこうなるんだな。
ナメクジは舌打ちをした。
いつになったら自分は強くなれるんだろう。
足元には素っ裸で土下座する蛮族女がいる。
ナメクジの『解体光線』は人間をバラバラにはしなかった。
装備を剥ぎ取っただけだ。
この感じではクマ君のような野生動物には無力だろう。
触覚を垂らして震えていると、小鬼たちがマジックでも見たかのように目を輝かせている。
まあ、いい実験になったということにしようか。
あっ、ついでに確認しておこう。
「ところでどうなのよ、ラグナ君は」
「はい?」
ラグナは土下座する裸の女の傍で片膝をつき、首の後ろに刃を当てている。
「このバカ女見て、どうなのよ」
「どうと言われましても」
ラグナは女のなだらかな背中を眺めて、つまらなそうに耳を触った。
均整の取れた筋肉質な体をしている。
出るとこも出て、まあいい女だろう。
「ニンゲンのメスですね」
「これいる?」
女の肩が跳ねた。
ラグナが端的に答えた。
「いらないですね」
一応小鬼たちにも聞いてみると、みんないらないらしい。
理由を聞くと、今はお腹いっぱいだからとのこと。
どうやら他種族と、どうのこうのすることはなさそうだった。
ちなみにナメクジも、裸の女を見てもなんとも思わなかった。
ナメクジはナメクジとよろしくやるってことか。
可愛いナメクジと出会ったら、自分はどうなってしまうのだろうか。
誰かを好きになるのが怖いぜ。
「ナ、ナメクジ先生。私らどうなるんでしょう」
地面にへばりつくナメクジと同じ高さから声がする。
蛮族女からしたら当然の疑問だ。
さっきからずっと『論理』君と相談中なのだ。
殺す → 生き残りに狙われるかもしれない。
殺さない → 自分たちの存在が人間側に広がる可能性がある。
眷属化 → 枠がお腹いっぱいだからいらない。
連れて帰る → 内乱起こされて死ぬ。
美味しいところだけを摘むのが好きなナメクジである。
何を選んでもデメリットがある、こんな選択肢は苦手だった。
体を捻ってもいい案は出ない。
もう殺すか。
「ナ、ナメクジ様。その紋章は!」
声の方、クマに敷かれたおじさんを見る。
初対面でナメクジ様ってなによ、気持ち悪りぃな。
首に小さなシャレコウベに紐を通した飾りを掛けている。
蛮族だしシャーマンかもしれない。
「サングノイン様の御使い様ですか? それならば我らは同胞でございます」
おじさんは器用に顎を使って、シャレコウベの後頭部をこちらに見せた。
骨の表面に秤の紋章が刻まれている。
「――なんだお前、邪神の使いか?」
ナメクジの声が自然と低くなった。
少し気が緩みかけていたのか、小鬼たちがナイフを握り直した。
「じゃ、邪神? あなたは使徒様では?」
「世話になっただけで使徒じゃないぞ」
使徒じゃない、その言葉に反応するようにナメクジの紋章が赤く点滅した。
おじさんは奇跡でも見たように口をあんぐりと開けた。
邪神は黙ってろ!
「もういい、お前らどこへなりとも消えろ。俺たちに二度と近づくなよ」
とにかくこのおじさんの存在で『殺す』選択肢はなくなった。
生き残った弟子がサングノインを呼んだら俺たちは肉塊にされる。
「なんだ先生、ウチのシャーマンと同門だったのか。これから仲良くしようよ」
気がつけば蛮族女がいそいそと服を整えていた。
同門、といえば同門か。
だったら最後に少しだけ教導してやる。
「てめえらよく聞いとけよ。連合軍との約束を破ったな」
「言ったじゃんナメクジ先生、私たちは人質を取られたんだ」
女は肩でも抱いてくるような気楽さでのたまっている。
後ろの蛮族兵たちも頷いている。
ナメクジは大きくため息をついた。
やっぱりこいつらはサングノインを舐めていた。
あいつは信者だろうが、ナメクジの屁理屈如きで矛先を変えるんだ。
お灸を据えてやらなければこいつらも殺される。
「関係ない、約束したんだろ。お前らは神聖公平な取引を冒涜した」
シャーマンおじさんがハッとして、体を投げ出した。
シャレコウベを抱いてなにか祈りをあげている。
そうそう、今のうちに謝っとけ。
崖下からか、血と臓物の匂いが吹き上がってくる。
クマ君たちが人間椅子から離れて身を低くした。
「お嬢とか言ったな? 俺たちはお前たちとは仲良くしない。お前たちは理由があれば約束を破るからだ」
いつの間にか陽は落ちて、崖に瘴気が立ち込めている。
ヘラヘラしていたお嬢の顔が強張っていくのが見える。
額が熱い。
紋章から血が流れている。
「罪をそそがないなら、お前たちに血の天秤が傾くことはない」
「そ、そんな」
「消えろ不信心者ども!」
蛮族どもは足をもつれさせながら森に消えていった。
仲間に引きずられていくシャーマンおじさんの「ナメクジ様!」の声が何度も木霊していたが、やがて聞こえなくなった。
まあ、こんぐらい脅しときゃあいいか。
周りを見回すとラグナと小鬼たちが手を合わせてナメクジの方を見ていた。
どの生き物でも祈りの手は同じなんだなあ。
なにに祈っているのかとナメクジが振り返ると、そこにはなにもいなかった。
なんか血生臭かったし邪神でも顕現していたのかもしれない。
とにかく、せっかくの遠足が盛り下がっちゃったな。
せめてものアクティビティだ。
帰りはみんなでクマに乗って、来た道を帰っていく。
小鬼たちは途中で村へと走っていった。
ラグナと二匹きりで真っ暗な森の中を行く。
小鬼たちを怖がらせてしまったかもしれない。
明日も来てくれるんだろうか。
ナメクジの額にある秤の紋章が金色に輝いていた。
――お前だけだよ、いい気分なのは。
ナメクジはため息をついた。
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