第八話 ナメクジ、遠足に行く
ナメクジとして生まれ変わって、激動の日々が続いていたのだ。
本当はラグナとしばらくのんびりやりたかった。
それが今日も今日とてクマ駆除か。
「グルル?」
コンパクトなお口からため息を吐くと、灰色熊が背中のナメクジに顔を向けた。
毛むくじゃらの顔面の奥にダークブラウンの丸い瞳が覗いている。
「おお、ごめんねクマくん。なんでもないから道案内頼むよ」
「フンッ!」
クマくんは鼻息を放って歩き出した。
彼も本意ではないだろうな。
薄暗い洞窟を迷いなく進むと、程なく目的の穴蔵が見つかった。
クマくんが穴に向かって吠え立てると、別のクマが一匹這い出してきた。
クマくんより一回り以上大きくて強そうだ。
だが彼は、中学生に呼び出された五年生のように怯えていた。
ナメクジの後ろには十頭の友達グマが控えているのだから仕方がない。
「君が最後の一匹だよ」
ナメクジは触手をうねらせながら近づいていく。
友達クマたちがクンクンと鳴いた。
彼らの額には眷属の証が光っている。
哀れなクマは頭を差し出した。
触覚がクマの額に触れて、証が浮かび上がると、ナメクジとクマはお友達になった。
縄張りを終えたナメクジは拠点に戻った。
道案内を終えたクマくんは、ナメクジを降ろすと洞窟の奥へ逃げ出していく。
「クマ君ありがとなー!」
「ありがとー!」
ナメクジが触覚を振ってクマくんを見送ると、小鬼たちもそれに続いた。
今日も小鬼は十匹以上いる。
もうこの洞窟のクマは全員友達になってくれた。
これで小鬼どもも好きに遊べるだろう。
ナメクジは適当に一匹呼んで自分を運ばせた。
選ばれた小鬼は胸を張って鼻息を荒くしている。
排気ガスが生臭いぜ。
老害ジジイと喧嘩別れした翌日から、洞窟には小鬼がやってくるようになった。
追い返しても懲りないし、ラグナが嬉しそうなので好きにさせている。
危険生物の駆除も済んだし、ジジイの村よりここは安全なんじゃないか?
「クマにも優しいですねえ、ナメクジ様!」
ラグナは小鬼たちのチャンバラを捌きながら、ナメクジに笑顔を向けている。
ため息をついたナメクジは、触覚を秤のようにして左右に揺れた。
「そんなんじゃないよ。皆殺しにして、生き残りのクマに邪神を呼ばれたらどうすんだよ」
小鬼たちが棒を放り出して、キャッキャっと秤の真似しているが、笑い事じゃない。
こっちはナメクジに転生したんだ。
サングイン・クマ・プリーストになるやつがいたっておかしくない。
「大事なことだよラグナ。無闇に殺すとどこで天秤が傾くかわからない」
「はいっ!」
ラグナはナメクジの言葉を、体を直角に曲げて受け取った。
中国人のような辮髪っぽいポニーテールがグルンと前に回った。
小鬼の女の子たちに結わえてもらったらしい。
ちなみに自分が何人だったのかは思い出せなかった。
「みんな座ってー!」
何人でもないナメクジが呼びかけると、小鬼が教壇に置いてくれた。
ラグナに未来を見ろと言っている以上、俺も前を向いてやるだけだ。
カイゼル髭を整えて、棒切れを持つ。
『青空教室』を発動すると岩壁に黒板が出現した。
「授業を始めます」
ナメクジが顔ぶれを見回すと、初めましての小鬼が一匹いた。
触覚でクイクイと促すと、右手右足を同時に出しながらナメクジの前に来た。
「夢はなんですか?」
ナメクジにはゴブリンの夢なんてわからない。
教え導くにあたってまず目標を聞いているのだ。
小鬼は後ろで手を組んで応援団のように宣言した。
「まおうぐんにはいって、ニンゲンをいっぱいころすことです!」
「はい、拍手ー」
小鬼たちが拍手をすると、新顔くんははにかみながら集団に戻っていく。
こいつも魔王軍か。
ナメクジは『論理』君に集計をお願いした。
一位(8票) 魔王軍
二位(2票) ラグナのお嫁さん
三位(1票) 立派なホブゴブリン
ナメクジ調べによる小鬼の夢ランキングTOP3だ。
仲良くつつき合っている小鬼たちを見ていると、触覚が萎れた。
どうせゴブリンなんて無限に生えてくる雑草扱いだろう。
就職はできるだろうが前線で使い潰されるに違いない。
「ナメクジに任せなさい」
「やったー!」
膨らませた胸を触覚で叩くと、小鬼たちは飛び跳ねた。
ラグナが腕を組んで頷いている。
俺が全員つよつよホブゴブリンにして送り出してやる。
小鬼たちは総合的に見て、とても可愛かった。
※
今日は実地演習の遠足だ。
村周辺の危険生物の駆除に生徒を連れてきている。
クマでも人間でも、ちょうどいい獲物がいたらコイツらにやらせようと思っている。
ラグナの肩にへばりついたナメクジが後ろを振り返った。
「……みんないるかー?」
ナメクジが囁くと森のあちこちから、緑色の小さな手の平が何本も生えてきた。
鬱蒼と茂る草木が、視界一面に広がっている。
膝下まで伸びた草を分け入って進むが、誰一人音を立てていない。
小鬼たちがこの森のどこに隠れているか、ナメクジにはただの一匹も見つけることはできない。
ゴブリンは生まれつき優れた斥候の能力を持っているらしい。
この方向で役に立つと思わせた方が、コイツらの生還率が上がるかもしれない。
ナメクジが育成プランを検討していると、ラグナが手を上げて立ち止まった。
小鬼たちも止まった気配がする。
ラグナの『ゴブリン教導』と『小隊指揮』のシナジーは大したものだ。
ラグナも小鬼たちも、成長が日々著しい。
ナメクジはみんなに見えるように、触覚でグッドのシルエットを作った。
一瞬草が揺れる音がして、ナメクジは苦笑いをした。
「この下の崖下で戦闘中です」
「数は?」
「いっぱいと、いっぱいです」
ラグナは百の数まで数えられるようになった。
つまりそれ以上の数がぶつかり合っている。
「観戦できる? 一回見ときたいし、見せときたい」
「大丈夫です」
少し進むと森が途切れて崖になった。
一団は地面に這って際までずりずり移動する。
下を覗くと人間の集団と、化け物の混成軍がぶつかり合っていた。
盾の打撃音、鉄が擦れる音、誰のものかわからない怒号がこんなところまで聞こえてくる。
化け物が個々で攻め立てるが、人間の大盾隊が踏ん張っている。
拮抗状態だ。
「いい勝負ですね」
「そうだね。だけど時間の問題じゃない? 踏ん張ってるだけじゃ勝てないよ」
小鬼たちが目を輝かせて戦況を観察する中、ナメクジは体を捻った。
人間側があまりに消極的だ。
このままではジリ貧であることは、人間の指揮官ならわかっているだろう。
ナメクジが目を皿にして指揮官を探すと、マントに飾り兜の人間がキョロキョロしているのがわかった。
「あっ、伏兵でもいるのか。今横から突っ込んだら化け物軍の負けだ」
「なんだ、化け物の負けですか」
ラグナが口を尖らせてブツクサ言った。
触覚でラグナの膨らんだ頬を突く。
デカくなっても可愛いなあお前は。
「でも早くしないと大盾組が崩れちまう。伏兵部隊はなんで突っ込まないんだ?」
「いや、迷ってるんだよね」
「なにをよ」
「だから、人間に味方するのかどうか迷ってるの!」
あれ?
全身が急速に粘液を分泌する。
――俺今、誰と喋ってんだ?
「シャアアアッ!」
疑問が頭に浮かんだ瞬間には、すでにラグナがナイフを切り払っていた。
「うわっ速っ!」
不審者は転がって叫ぶと、そのまま立ち上がって手斧を構えた。
狼の毛皮を頭から被った蛮族鎧の女だ。
空いた方の手で、額の汗を拭っている。
「おっ、お前本当にホブゴブリンか?」
ラグナはナイフを構えたまま、静止したように動かない。
縦に裂けた瞳孔で、女をじっと見ている。
「みんな、よくやった。100点です!」
ナメクジは体を震わせながらも、とりあえずみんなを褒めた。
女は首を傾げようとしたが、すぐに手斧を捨てて降参した。
首、脇の下、脇腹、腿裏、足首。
女の全身に十本の不潔なナイフが突きつけられている。
可愛い小鬼たちが歓声を上げた。
崖の下に目をやると、大盾組が盾を捨てて背中を向けていた。
興味をなくしたナメクジは蛮族女に向かっていく。
崖下で鉄が砕ける音が重なった。
遅れて押し寄せた悲鳴が森を揺らす。
蛮族女の汗が一滴、乾いた地面に吸い込まれていった。
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