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第七話 ナメクジ、歌を歌う

 


「帰れ仲間殺しが!」


 胸を張って帰還したゴブリン君の笑顔が、みるみる暗くなっていった。

 ナメクジは真っ赤になって爆発した。

 

「俺の生徒になに言いやがるジジイ!」


 こんな失礼な老いぼれ、この場で吸い尽くしてやる!

 ナメクジが伸ばした触覚を、ゴブリン君は慌てて手で遮った。


 実家に生き残りを連れ帰ったゴブリン君は、村に入れてもらえなかった。

 長老とかいう老害が、ゴブリン君を指差して喚き出したのだ。

 他の小鬼たちは、村の中から身を寄せ合ってこちらを伺っている。

 

「なんで邪魔をすんだゴブリン君!」

「もう行きましょうナメクジ様」


 ゴブリン君が良くても俺が許せん。

 彼は二十匹もの仲間を救ったのだ。


「この村に仲間殺しは必要ない!」

「いらないだあ? 算数出来ねえなら、お前とこの子をサングノインの秤に乗せてやるよ!」

「ハッ! とっくに廃れた邪神ではないか、やれるものならやってみろ」


 舐めんじゃねえ、やってやる。

 こっちは寝てる間にアポストル・スラッグになってんだ。

 触覚が伸び上がって天を衝く。

 ナメクジの秤の紋章が血の色に輝くと、シワだらけのゴブリンは目をむいて腰を抜かした。

 

「ナメクジ様」

「おお、ちょっと待ってなゴブリン君。すぐ終わるからね」

「ナメクジ様っ」


 自分を抱える緑色の腕が、少し震えている。

 触覚目を伸ばして、上を見た。

 俯いて唇を噛むゴブリン君と目があった。

 触覚が、芯を抜かれたように萎びれた。


「……二度とくるかこんなクソ村!」

 

 捨て台詞を吐いたナメクジは、ゴブリン君の腕をさすった。

 ゴブリン君はこちらを見てにっこり頷いた。

 そして振り返ることなく駆け出していった。

 

 ※


 結局俺たちは洞窟に帰ってきた。

 初めて出会った滝の下だ。

 ひんやりした岩壁がナメクジには心地いい。

 だがゴブリンにとってはどうなんだろうか。

 ゴブリン君は地べたに座ってうなだれている。

 ナメクジは大きくなったゴブリン君の背中をペチャペチャと撫でた。

 

「ガルナは村長の息子だったんです」

「ガルナ?」

「殺しちゃったホブゴブリンです」


 日も落ちて洞窟はいっそう冷え込んでいる。

 体がぷるっと震えた。

 ゴブリンの世も無情だな。

 

「で?」

「……え?」


 顔を上げたゴブリン君は、ナメクジを見て気の抜けた声を出した。

 ナメクジは長々と不幸話を聞く気はなかった。

 伸ばした触手で地面をぺんぺん叩く。


「大変だったんだろ? それで?」

 

 角もデカくなって、髪まで生えて、顔つきも随分と精悍になった。

 でもコイツは大きくなってもバカだなあ。

 

「それで君は、どうしたいんだい?」


 ゴブリン君がなにを何人殺したか、それは過去の話だった。

 導師は生徒を明るい未来に導くのが仕事だ。

 コイツの行きたい方に導いてやる。


 ゴブリン君はおしゃべりのくせに黙ってしまった。

 組んだ手に視線を向けて、所在なく座っている。

 広いおでこに金髪がさらりとかかった。

 えらいイケメンになったもんだな。

 俺も人間になりてーな。

 ナメクジが羨ましがっていると、足元に何かが投げ込まれた。


「――ありがと!」

「かっこよかった!」

 

 声の方に目を向けると、背を向けて駆け出していく小鬼たちの背中が見えた。

 ナメクジは投げ入れられたお供え物に、触覚を伸ばしてチューチューと吸った。


「甘くてうめえなあコレ」

「……そうでしょう?」


 ゴブリン君は、頬を両手で叩いた。

 そして小鬼たちが締めた洞窟コウモリを握りしめると、頭からかぶりつく。

 そのままペロリと平らげて指をしゃぶると、睨みつけるようにナメクジに言った。


「俺を、立派なホブゴブリンにしてください」

「おう!」


 声変わりして低くなった生徒の声。

 触覚を組んだナメクジは、大きく体を弾ませた。

 お前の人生に、俺に恩返ししてる暇なんてないんだ。

 小鬼たちの軽やかな足音が洞窟に響いていた。


 ※

 

 こんな湿っぽい所にいるから湿っぽい考えになるんだ。

 光ある方へ行こうぜ。

 ナメクジとゴブリン君はとりあえず外に向かうことにした。


「ナメクジ様!」

「ナメクジ様!」

 

 出口に近づくにつれて道連れが増えていく。

 みんな手にいっぱいの洞窟コウモリを持っている。

 ナメクジは供物を吸い上げながら、体を捻った。

 あの時助けた小鬼たちかもしれない。

 だが誰が誰やらわからん。

 ナメクジには、ゴブリン君以外のゴブリンはモンスターにしか見えないのだ。


「おにーちゃん、おなまえは?」


 小鬼のモンスターがゴブリン君に尋ねた。


「え? お前、名前あるの?」

 

 驚いたナメクジは、小鬼を撫でる触覚を止めた。

 モンスターに名前なんてないと思っていた。


「えーと、ですね」


 ゴブリン君は眉をハの字にして頭を掻いた。

 人前で言いにくいことなのかもしれない。

 ナメクジは小鬼たちに「熊が出るから目の届く所で遊びなさい」と伝えた。

 俺は気遣いができるタイプのナメクジなんだ。

 

 小鬼たちが広いところに駆け出していく。

 ゴブリン君はポツリポツリと話し始めた。


 話を聞いてわかったが、ホブゴブリンはゴブリン社会のスーパーエリートだった。

 ただの小鬼には名前はない。

 ホブゴブリン以上の上澄だけに、名前という特権が与えられるらしい。


「じゃあ名乗ったらいいじゃん」

「それが、名付けの儀式は村長しかできなくて……」


 ナメクジはヘドを吐いた。

 地面がジュウジュウいっている。

 脳裏に、唾を飛ばしながら騒ぐシワゴブリンが浮かんだのだ。

 俺がなんとかするしかない。


 『論理』君! もう決めるから選択肢出してくれ!

 

 →サングイン・スラッグ・ビショップ(ユニーク)危険度B

 聖痕が疼くだろう。女神がお前の供物を待ち望んでいる。

 獲得スキル『アーチ・コラプション』『女神顕現』『出血サービス』


 →アーチ・プリセプター・スラッグ(ユニーク)危険度E

 生徒がお前を本物の導師にした。教導の道は実践あるのみ。

 獲得スキル『解体光線』『式典執行』『青空教室』

 

 ナメクジは虚ろのような眼窩を思い出して震え上がった。

 誰があんな邪神に仕えるものか!

 後者、後者!


 速やかに選択したナメクジは、いつものようにピカピカ光って変身した。

 小鬼たちが集まってきてギャーギャー騒いでいる。

 彼らはゴブリン君と違って、見えるところで遊んでいた。

 お前らは立派なホブゴブリンになれるぞ。


 新生ナメクジは、ピンクの体と博士帽の殻はそのままに、口元にカイゼル髭が生えていた。

 ナメクジは体をうねらせて踊った。

 このツルツルの軟体に毛が生えたんだ。

 いつか人間になれるかもしれない。

 小鬼たちもナメクジに合わせて、手を叩いて飛び跳ねた。


「命名の儀式を始めるぞ!」

 

 テンションの上がったナメクジはそのまま式典に突入した。


 適当な岩の上に陣取ったナメクジに、ゴブリン君は片膝をついて頭を下げた。

 小鬼たちはナメクジたちを囲うように体育座りをしている。


「ゴブリン君、希望の名前はあるかい?」

「ないです。ナメクジ様につけて欲しいです」

「任せなさい」


 かわいいこと言うじゃないか。

 俺は邪神とは違う。

 頑張るヤツには血肉だろうが名前だろうが、タダでくれてやる。

 

 ナメクジは触覚二本を叩いてリズムを取った。

 小鬼たちを煽ると彼らはすぐさま立ち上がり踊り出した。

 ゴブリン君はもうホブゴブリンになったんだ。

 昨日の自分が嫌いなら、今日から頑張ろうぜ。


「手拍子!」

「はーい!」


 小鬼たちが手を叩く中、ナメクジは息を大きく吸い込んだ。

 俺に執行できる儀式はこれくらいだ。


 ハッピバースデー トゥー ユー

 ハッピバースデー トゥー ユー

 ハッピバースデー ディアー 『ラグナ』

 ハッピバースデー トゥー ユー


「お誕生日おめでとう。今日から君は『ラグナ』です」


 ナメクジが、「よかったね」と言ってラグナの額に触れた。

 するとおでこに、謎の紋章が浮かび上がった。

 正三角形から触覚のような二本の線が対称に伸びている。

 なんで?


「ラグナのおでこかっこいー!」

「いいなー!」


 ラグナは健康そうな歯並びを見せて、小鬼たちを撫でている。

 ナメクジは体を拗らせた。


 『論理』君が言うにはラグナは『神使』になったらしい。

 言わばお稲荷さんの狐みたいなもんだ。

 お前は一体なんの神に仕えてるんだい?


 勝手に自分を使徒にする神はいるし、勝手に自分の神使になるゴブリンもいる。

 そういや俺はどうなりたいんだ?

 ラグナに偉そうに言った手前、自分も考えなければならない。


 触覚を組んで考え込むナメクジの前では、小鬼たちが洞窟コウモリで乾杯している。

 ナメクジは顔をブンブン振った。

 ハレの日に湿っぽいことを考えてはいけない。


「チアーズ!」

 

 蝙蝠を掲げたナメクジは、糸を引きながら歓喜の輪に乗り込んでいった。

 

 

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金曜日に定期更新です。

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