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第六話 ナメクジ、告発する

 


「大丈夫かゴブリン君!」

「……は、はい」


 ゴブリン君の快進撃は程なく止まった。

 四人目の友達を送ってくれたところで、膝をついてしまった。

 その隙に、また背中をバッサリいかれた。

 

 いつもぽかぽかのゴブリン君の体はミイラのように冷たくなっている。

 『蛞蝓信仰』バフで無茶をした反動かもしれない。

 ナメクジは背中の大きな切り傷に吸い付くと、すぐに血肉を送った。


 触覚目を伸ばして司祭を探す。

 友達への指示は司祭をぶっ殺せ。

 目論見通り、司祭は自分の身が最優先だ。


「司祭様あああ」

「し、正気に戻れお前ら」

 

 乱戦の中、司祭は部下たちで身を固めた。

 裏切り者をコラプションで吹き飛ばして、一直線に進んでいる。


「――カハッ!」


 司祭が唐突に血を吐いた。

 青白い顔に、死相が浮かんでいる。

 だが目はギラギラと光り、亡骸に向かう足取りは揺るがない。

 ここで治療をやめれば、ゴブリン君が死ぬ。

 触覚の芯がギジリと軋む。


「私を守れ、信徒たちよ」

 

 亡骸の山の前に立った司祭は大きく手を広げた。

 黒い長衣の袂が揺れている。


「サングノイン様を喚ぶ」


 片膝をついて、両手の指を組む司祭。

 ゴブリンの死体の山、それを囲むように金色の魔法陣が浮かび上がる。


「おお!」

「司祭様を守れ!」


 前線は拮抗している。


「ご、ゴブリン君!」

 

 ナメクジは触覚目を伸ばす。

 ゴブリン君とは目が合わなかった。


「し、しじ、……おんを、かえす」


 ほとんど白目を剥いている。

 ふらふらとよろめく体。

 いつぶっ倒れてもおかしくない。

 傷が塞がって血が巡っても、もう限界なんだ。

 ナメクジは体をひとくねりさせた。

 触覚で頬のあたりをペンペンする。


「指示をやるゴブリン君!」


 ゴブリン君はよろめきながら頷いた。

 声を出すのも辛いのだろう。


「最後の指示だ。俺をあそこに投げろ」

「?」

「あいつらのところにぶん投げろって言ってんだ! 早くしろ!」


 魔法陣の中心は沼のように沈み込み、亡骸を飲み込んでいっている。

 よくわからんが時間がない。

 動揺するゴブリン君と目が合った。

 ここまでよく頑張ったな。

 

「俺を信じろ!」

「……はい! 信じます!」


 最後の力を振り絞って、ゴブリン君がナメクジをぶん投げる。


「よくやったあ! 120点やる!」

「やったー!」


 ゴブリン君はフォロースルーのまま地面に倒れ込んでいく。

 犬歯がキュートな笑顔が見えた。

 生徒の戦闘は終了した。

 後は俺に任せろ!


 ナメクジは戦闘中のフードマントの顔面に着地した。


「こんにちは」

「うわあああ」

 

 悲鳴を上げる男の口内を『歯舌』で削り『吸血』する。

 問答無用で吸い上げるが、一応『眷属化』の提案はしてあげる。

 時間がないから好きにしろ。


「謹みて白す。

 血の秤を司るサングノインよ。

 契約の理をもって、ここに勧請す」

 

 男の顔越しに後ろを覗くと、司祭が祝詞を上げていた。

 もう亡骸の山は吸い込まれて、どす黒い血の沼になっている。

 

 勧請――来てもらうってことだ、ゴブリン君にはわからんだろうな。

 ナメクジは『吸血』中で手出しが出来ない。

 手が出せないなら口を出す。

 

「司祭様っ! わざわざに来てもらうのは罰当たりでは?

 用があるならご自分で会いにいかれてたらいいのに。

 あっ、また裏切り者が増えましたよ! 指導者として大丈夫ですか?」


 ナメクジは唾を飛ばしながら喋り続けた。

 司祭の青白いこめかみに太い筋が脈打っている。

 

「きっ、来たりて顕れ、我らの誓いを量れ。

 その、は、秤、今宵ここに傾け給えっ」


 司祭は声を途切らせながらも、祝詞を上げきった。

 血の沼が沸騰するように気泡を上げた。

 魔法陣が眩い光を放ち、広間は静まりかえった。

 

 光の残滓が引くと、そこには黒革で目隠しをした巨大な女がいた。

 あぐらをかいてこちらを見下ろしている。


「サングノイン様!」

 

 司祭が体を投げ出した。

 フードマントたちも続いた。

 サングノインは左手で頬杖をついている。

 

 ナメクジは空気を読まず叫んだ。


「かかれーっ!」


 顔面蒼白の友達たちが、神の名を呼びながら司祭に踊りかかった。

 これを待っていた!

 よそ見をするバカを教導してやる!

 

 ナメクジが息巻いた瞬間、友達は壁に打ち付けられ、肉塊に変わっていた。

 サングノインは手についた血を払った。


「神聖公平な取引の場である」


 触覚が萎んでいく。

 ナメクジは一人ぼっちになった。


「要件を述べよ」


 司祭は顔を上げた。

 さっきまでの辛気臭さが嘘のようだった。

 まるでゴブリン君のように目をきらめかせている。


「私の咳血の病を治してください」


 長衣をたくし上げて裸体を神にさらす。

 ダボついたパンツに肉が乗っている。

 いかめしいのは顔だけで、体はだらしなかった。


「品は?」

「小鬼五十匹を捧げました」

「足りん」

「こ、この死体も捧げます」


 司祭は腹肉を揺らしながらミイラまで駆け寄った。

 乱暴に腕を掴むと、死体を引きずりながらサングノインの元に走っていく。


 ナメクジは地面にへばりついて触覚を垂らした。

 

『供物が足りてるとか足りてないとか、あんた神様と商売してるんですか?』


 冗談じゃない、マジで商売してやがる。

 ゴブリン五十匹も殺しといて病気を治してください、だと。

 美味いもん食っておっさんになるまで生きといて何を言ってんだ。

 

 ――どいつもこいつもムカついてきたな

 

 ナメクジの体がピッと揺れた。


「あと、あと、こいつらも殺します――コラプション」

「ぎゃあああ」

「ふむ、それで足りるな」


 サングノインのかざした手が、司祭に影を落とした。

 司祭は両手を広げて神の恩寵を受け取ろうとしている。

 

「足りてませーん!」

「――なんだと?」


 突然の横入りに振り向いたのはサングノインだった。

 ナメクジの脳裏に、壁にめり込んだ肉塊が浮かんだ。


「し、神聖でも公平でもないですよサングノイン。こいつは対価を払ってない」


 巨大な女は指に摘んだ秤を見た。

 ゴブリンの骨の山と、キラキラ輝く霊薬が均衡を保っている。

 

「ヒューマンの病に小鬼五十の亡骸と少々、妥当である」

「こいつは不正をしてます。あんた目ん玉ついてんのか!」

「――不正だと?」


 サングノインが目隠しをずらしてナメクジに顔を近づけた。

 彼女に眼球はなかった。

 仄暗い深淵がナメクジを飲み込もうとしている。

 軟体が震えて波打った。

 

「神の御前、引っ込んでおれナメクジが!」

「うっせえ転売ヤロウ!」


 ナメクジは鼻息一つして、体を膨らませた。

 何を喚こうが関係ない。

 

 ナメクジの後方でゴブリン君は今も目を覚さない。

 文字通り死ぬほど頑張ったんだ。

 小鬼五十匹も必死に逃げようとしただろう。


「頑張ったのもゴブリン、死んだのもゴブリン!

 なんで何も払ってないニンゲンが報酬を受け取るんだよ!

 報酬ならあいつにやれよ!」


 場は静まり返った。

 ゴブリン君の寝息がうっすらと聞こえる。


「サ、サングノイン様?」

 

 司祭が媚びるように神を見上げた。

 彼女は顎を撫でて頷くと、再び司祭に手をかざした。

 

「告発を受理する」

「――ぶぎゅ」


 司祭は死んだ。


 ※


 巨大な女に摘まれたナメクジは、ゴブリン君の元まで戻ってきた。

 サングノインは横たわるゴブリン君の上で秤を掲げた。

 秤に乗ったゴブリンの骨の山が消え去り、霊薬に傾いてゴブリン君に注がれる。

 全身の傷が消え去り、血色も戻っていた。

 よかったなゴブリン君。


 ぼんやり生徒を見ていると、『論理』君からお達しがきた。

 

 アポストル・ゴブリンへの『初等教育指南』を完了しました。

 『進化教導』を発動します。

 アポストル・ゴブリンの進化先を選択してください。


 →アポストル・ゴブリンパラディン(ユニーク)危険度B

  偉大なる師の教えを守り、民を導くのがお前の使命。

  獲得スキル『ブラッドヒール』『信仰教導』


 →ホブゴブリン 危険度D

  仲間殺しのトラウマを乗り越えろ。ホブの資格が今のお前にはある。

  獲得スキル『ゴブリン教導』『小隊指揮』『進化キャンセルボーナス還元』

 

 ナメクジは迷うことなくホブゴブリンを選んだ。

 ゴブリン君はよく悪夢を見て、誰かに謝っているのを知っていた。

 生徒には前を向いて歩いて欲しいもんだ。


 ゴブリン君の体が一回り大きくなって、肩ほどの長さの金髪が生えた。

 おでこの二本の角が一回り大きくなった気がする。

 小学生が一気に高校生になったみたいな感じだ。

 顔は相変わらず幼くて頼りないな。

 まあ元気にやってくれ。

 ナメクジは触覚で緑色のおでこを撫でた。

 

「もういいです、ありがとな」

「うむ」


 サングノインがナメクジを摘み上げて秤に乗せた。

 

「不正の指摘大義であった。だが神聖公平な取引を乱した大罪人に、罰を与えねばならん」


 ナメクジは頷いた。

 こいつはそもそも邪神なのだ。

 俺の屁理屈で信者を裏切った。


「なにか差し出せるものはあるか? 価値があれば減刑する」

「なにもありません」

「そうか、では刑を執行する」

「あっ、一個だけご慈悲を賜れますか? 遺言聞いてください」


 どうせタダじゃ聞かないんだろ?

 ナメクジが体を半分ちぎって向こうの秤に放り投げた。

 

「聞こう」

「ゴブリン君に、卒業おめでとうって伝えてください」


 体を振るわせたナメクジの目から、ポロポロ涙がこぼれ落ちた。

 もっと一緒にいたかった。

 立派なホブゴブリンになって人間を襲うところが見たかったよ。

 目を閉じると、体が宙に浮いた。

 瞼を閉じても涙は流れていく。

 体を伝ってパタパタと、秤に落ちていく音がする。

 最後までナメクジだったけど、俺は人道的だったよな。


 サングノインが言った。


「ナメクジよ、減刑は成った」

「え?」


 目を開けると、ナメクジはゴブリン君の隣に降ろされていた。

 サングノインは秤を地面に置いて見せてくれた。

 うっすら秤の底が濡れている。

 

「プリセプター・スラッグの涙、非常に価値がある」


 そのまま振り返って、出てきた穴にちゃぽんと飛び込んでいく。

 そしてまた、顔だけを出して目隠しをめくった。


「みんな血生臭いことばっかでやんなっちゃう」

 

 黄金色のまつ毛に青い瞳が輝く。


「あたし、君たちみたいなの好きだから。また呼んでね! サービスするからさ!」


 投げキッスをした巨大な少女は嵐のように消えていった。

 

「……えこひいき、すんのかよ」


 ナメクジは一人呟いた。

 穴があった場所に向かって、触覚を合わせてお辞儀をした。

 ゴブリン君のいびきがクークー鳴っている。

 なんだか眠くなってきたので、分厚くなったお腹で寝ることにした。


 目を覚ましたゴブリン君の第一声は、「かっこいいですね!」だった。

 

 ナメクジの額には秤の紋章が浮かび上がっていた。


 

読んでいただきありがとうございます。

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金曜日に定期更新です。

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