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第四話 ナメクジ、突撃する

 


 ナメクジはもう長いこと、でっぷりした体を捻ったりまた戻したりしている。

 この二択で人生が決まる気がしたからだ。

 

 →サングイン・スラッグ・プリースト(ユニーク)危険度C

  触媒だったのは過去の話。今はお前が祭主なのだ。

  獲得スキル『ブラッドヒール』『コラプション』


 →プリセプター・スラッグ(ユニーク)危険度G

  教導士。だがナメクジから教わることなどない。

  獲得スキル『眷属化』『初等教育指南』『進化教導』


 ゴブリン君には「見えるところで遊んでなさい」と伝えている。

 この洞窟には熊が出る。

 近くにいてもらわないと困る。


 ――ブラッドヒールってなんだろう?

 ――コラプションってなんか強そうじゃないか?

 

 選択肢を前に胸を躍らせてうねうねする。

 自分が活躍したっていいんじゃないか。

 だがケツに敷いている熊の毛皮は恐ろしく分厚かった。

 『溶解液』や『歯舌』を駆使して血管にたどり着くまで、コイツらは待ってくれない。

 おててのないナメクジの生命線は、やはりゴブリン君だ。


 触覚から出た口でため息をついた。

 あんなヤツでも運命共同体だ。

 あいつの意見を聞こう。


「ゴブリンくーん」

 

 ふと周りを見渡すと、ゴブリン君は目の届くところにはいない。

 投げた声も暗い洞窟に静かに反響している。

 もう約束を破ったのか、ふーん、やるじゃないの。

 頭に血が昇って破裂しそうだよ。

 目を三角にして低脳ヤロウを探していると、曲がり角から騒がしい足音がした。

 体中から気泡が沸き立つ。

 干からびた熊の目玉と目があった気がした。


 ――終わった

 

「おやつ取ってきましたあ!」


 姿を現したのは目をキラキラさせたゴブリン君だった。

 洞窟コウモリを腕いっぱいに抱えている。

 彼の息は荒く、緑色の首筋にうっすら汗をかいている。

 よほど急いできたのだろうか。

 コイツは説教されたマイナスを、このコウモリで取り返せると信じている。

 さっきの約束は、きっと今は忘れているのだ。


「……ゴブリン君」


 ナメクジは振りかぶっていたムキムキの肉触覚を解除した。

 覚えられないやつに、なぜ忘れるのかと説教するほど、不毛なことはない。

 建設的にいこう。


「君はどうしたいんだい?」


 ナメクジが聞くと、ゴブリン君は短く節張った指を顎に当てて考えた。

 抱えていたコウモリがボトボトと地面に落ちる。

 

「ナメクジ様に恩返ししたいです」


 ホブゴブリンになるんじゃないのかよ。

 なんだか気の抜けたナメクジは、プリセプター・スラッグになることにした。

 選択を終えると、体は再び芝犬サイズに戻り、赤みが引いて桃色になった。

 

「かっこいいですね!」


 触覚の目で自分を見ると、博士帽のようなカラが頭に乗っていた。

 少しは人間に近づいたのかな。

 嬉しいことを言ってくれる。

 彼は総合するとなかなかに可愛いやつだった。


 ※


 『論理』君が言うには、対象を『眷属化』するとそいつが自分の眷属になって、簡単な命令を遂行してくれるらしい。

 ナメクジは軟体を弾ませて踊った。

 スウィングする触覚に合わせてゴブリン君もお尻を振っている。

 

 ゴブリン君は外に出るという大目標以外は、何一つ覚えられない。

 俺を守れ、の指示だけでも覚えてもらえるなら、それだけで大体の問題は解決する。


 眷属化したやつは主人に逆らえなくなるそうだ。

 でもいいよね、一蓮托生じゃないか。

 ナメクジは、基本土日は出勤しなくていい、みたいな感じでぼやかして眷属化をお願いした。

 ゴブリン君は、元気よくハイ!と返事をした。

 良かった。

 今日から君も家族だね。

 

 ナメクジは伸ばした触覚を緑色のおでこに当てて『眷属化』を使った。

 触覚を通して自分の中のなにかが流れていく。

 魔法パワーみたいなやつだろうか、血肉を送る感覚と少し違う。

 ゴブリン君に自分の呼吸を巡らせているような感じだった。

 ゴブリン君と二匹でぼけっと座っていると、巡りがふっと途絶えた。

 そして『論理』君が言った。


 ――ゴブリンの眷属化に失敗しました。

 ――ゴブリンはすでに使徒化しています。

 ――使徒のステータスを閲覧しますか?


 ナメクジは端的にYESと返した。

 パンパンの軟体ボディに気泡が沸き出すのを感じる。

 予定と違うが、まだ諦めてはいけない。


 ――アポストル・ゴブリンLevel3

 主との間に制約など必要ない。血と肉をお前に与えたナメクジに尽くせ。尽くすために尽くすのだ。

 『短剣術』『夜目』『軽技』『蛞蝓信仰』


 ゴブリン君は眷属を飛び越えて使徒とかいうヤツになっていた。

 なんだかわからないが、とにかくこいつには眷属化は通用しない。

 俺の青写真は一瞬で崩れ去った。

 顔を上げると、クリクリの目がこちらの指示を待っている。

 

 ――指示を聞かないくせに指示を待ちやがって

 

 ナメクジは悪態をついてプランBの検討を始めた。

 

 ※


 ゴブリンティーチャーになって一週間経った。


「後ろ!」

 

 声に反応したゴブリン君が紫電一閃、右腕を振り放つと哀れなスライムは真っ二つになった。


「どうですかナメクジ様!」


 例の如く、このおバカちゃんは他のスライムを無視して、左手に抱えたナメクジに視線を向けた。

 そしてナメクジの目には、ゴブリン君の頭の上から降ってくるスライムがよく見えた。

 

「上!」


 指示を聞くや否や、ゴブリン君は体を真後ろにのけぞらせて天井に向いた。

 そしてそのままバク宙に移行して、襲いかかるスライムを切り払った。


「どうですかナメクジ様!」

「足元!」


 ゴブリン君はすぐさまジャンプして、横に一回転しながらスライムの核を正確に突いた。


「どうですかナメクジ様!」


 どうもこうもない。

 

「0点だよバカ!」

「……そうですか」


 哀れな低脳ヤロウは小さな体をさらに縮こませて俯いた。

 戦闘が終わったら褒めてやる、と約束してもこのザマだ。

 一つのことしかできないなら、『戦闘を終わらせることがワンアクション』にしたらいいじゃないか。

 それがナメクジの教育方針だ。

 

 千里の道も一歩からと言う。

 雑魚相手に教え込んでいけば安全マージンも取れる。

 一人で触覚をコクコクやっていると、上から視線を感じた。

 ゴブリン君は丸い目を向けて、ジッとこちらを見下ろしている。

 

 授業中の雑談で、ゴブリン君は思い出話をしてくれた。

 昔、稽古をつけてくれたホブゴブリンが、全力で来い!と言ったので、全力を出したら死んでしまったという。

 それ以来誰も自分を褒めてくれなくなった、ということらしい。


 彼の大きな黒目には白い筋が縦に入っている。

 少し蛇みたいだ。

 コイツには今、ナメクジがどう映っているのだろうか。


 教導ナメクジは、生唾を飲み込んで鷹揚に頷いた。


「でも動きは良かったね。100点です」

「やったー!」


 そう伝えるとゴブリン君は、何度も飛び跳ねては駆け回った。

 体が揺らされて気持ち悪い。

 コイツへの指示を一つ間違ったら、俺は死ぬか殺される。

 教師と生徒は対等なのだ。

 二匹は洞窟の奥へと進んでいった。


 ナメクジの繊細な触覚が前方からの風を捉えた。

 触覚は鼻の能力も兼ねている。

 生き物の気配、それと――


「ナメクジ様」


 ゴブリン君が大股歩きをやめた。

 伸びた耳に口元を近づけて、手のひらで覆いながら囁いた。


「指示をください」

 

 ――血と、鉄の匂いだ。


「戦闘の鉄則をゴブリン君に教える」


 ナメクジは半月のようなキリッとした目を作った。

 ゴブリンが真面目な顔で頷いた。


「一にも二にも様子見だよ」

「……はい!」


 ゴブリン君は目を瞬かせて、元気よく首を縦に振った。

 彼の二択には、その選択肢はなかったのだろう。

 日和見主義のナメクジは、出歯亀をやるためにこっそりと現場に向かった。


 曲がり角に張り付いて向こうを伺うと、フードマントを被った集団が、稲でも刈るようにゴブリンたちを斬り殺していた。

 フードマントはざっと十人、哀れなゴブリンたちは二十匹程度。

 奴らの後方には、緑色の亡骸がゴロゴロと転がっている。

 凄惨な光景にナメクジは凍りついた。

 ゴブリンたちの阿鼻叫喚の大音声が、ナメクジの体をふるふると揺らす。

 凍りつく体に一滴二滴、雫が落ちた。

 見上げると、ゴブリン君が下唇を噛みちぎっていた。

 蛇のような目と視線が合った。


「……お前、何やってんだ?」

「……ようすみ、です」


 ポロポロと涙が溢れていた。

 彼は指示を守っていた。

 ゴブリンの血と涙に濡れたナメクジは、力の限り叫んだ。


「早く行けよ指示待ちヤロウ!」

「グオオオッ!」


 義を見てせざるは勇なき也。

 俺にはない。

 だが、ゴブリン君にはあった。

 人道的なゴブリンじゃないか。

 手助けしてやる。

 

 ナイフがエンチャントで輝いた。

 ゴブリン君は弾丸となって飛び出していった。


 

読んでいただきありがとうございます。

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金曜日に定期更新です。

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