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第三話 ナメクジ、説教をする



「――それで今に至ります」


 ナメクジはゴブリン君の腹の上で、ふーんと生返事をした。

 今も絶賛治療中だというのに、コイツはすっかり元気になっている。

 

 ゴブリン君はなかなかに饒舌で、いかに大変な目にあったかをつらつら喋り続けた。

 自分はもちろん聞き流した。

 治療の邪魔だったからだ。

 今もトクトクお酒を注ぐように触手を傾けて、ドロドロの肉ジュースをコイツの体に送っている。

 傷口はほぼ塞がったが、今のコイツは病み上がりだ。

 栄養を送ってやらねばならない。

 

「ナメクジさま、ちゃんと聞いてます?」

「もちろんさ」


 ナメクジは伸ばした目玉を九十度に頷かせる。

 脳内で『論理』君Level3にまとめをお願いすると、コイツの冒険譚は三行に収まった。

 

 ホブゴブリンだかになる儀式の途中だった。

 そこで凄腕の剣士にスパッと腹を捌かれた。

 その拍子にあの遥か上の入り口から、ここまで転がり落ちた。


 ナメクジはそれを更に要約して返事をした。

 

「大変だったな」

「そうなんですよ!」


 ゴブリン君が笑顔で頷いた。

 雑食野郎の生臭い息が、ナメクジの顔を撫でる。

 下顎から飛び出た犬歯は汚く黄ばんでいるが、目は意外とクリクリして可愛い。

 ゴブリン君は総合すると、愛嬌のあるやつだった。


 それにしてもいい天気だった。

 差し込む日の光がポカポカして、疲れた軟体を柔らかくしてくれる。


「それにしてもナメクジさま、なんだか――」

「おん?」


 ゴブリン君が顎をかきながら、じっとこちらを見つめている。

 そして間違い探しを見つけたように、しかめていた眉を踊らせた。


「小さくなってます!」

「そうね、もうすぐ消えると思うよ」


 あのぼってりとした明太子ボディは、元の一般的なナメクジに戻っていた。

 今の俺は星の王子さまだ。

 全てコイツにあげてしまった。

 まあ、コイツからもらったものだからマッチポンプか。


 日差しが地面へ直角に差し込んでくる。

 こんなに太陽が昇っても、夢は覚めなかった。


 緑色の顔を青くしたゴブリン君は、慌てて自分の傷口からナメクジを引き剥がした。

 多少賢いと言っても所詮はゴブリン、加減を知らない。

 力任せにやったので更に体積が減って、もう爪の先ほどしか残っていない。

 意識がボーッとする。

 もうこれは死ぬやつだ。

 最後に遺言でも聞いてもらおう。


「俺は最後まで、人道的なナメクジでした」


 言ってはみたが、返事はなかった。

 あのゴブリンはどこかに消えていた。

 薄情な畜生だなアイツは。

 目が霞む。

 触覚も出せない。

 俺の意識は消えていった。



 遺言は速やかに撤回した。

 ゴブリン君は悪い化物ではなかった。

 ナメクジはココナッツジュースのように携帯食をチューチュー吸っている。

 体積はなんとか柴犬サイズに戻った。

 今はゴブリン君に自分を抱かせて洞窟の奥へと進んでいた。


「おい、甘くてうめえなあコレ」

「そうでしょう、そうでしょう!」


 彼が締めた洞窟コウモリだ。

 これのおかげでゴブリン君への輸血も再開できる。

 

 自分のちぎれた肉を齧っていたコウモリたちだった。

 死にかけている自分に彼が持ってきてくれた。

 今どういう食物連鎖なんだこれは。


 栄養を体に行き渡らせながら、ナメクジはぷるりと揺れる。

 こんな化け物ナメクジの身、いつ死んでも構わない。

 だが、だからと言って別に死にたいわけじゃない。

 ナメクジ心は繊細なのだ。

 

 ゴブリン君と話して、目的を共有した。

 俺は、これが夢じゃないとしたならば、こんな場所でゴブリンと暮らすのは嫌だ。

 コイツも村に帰りたいと泣いている。

 ここから脱出すること、それが二人の目標だった。


 あの入り口までの崖は流れ込む水に濡れて、とても掴めたものではない。

 ナメクジ一匹なら辿り着くかもしれないが、それは無しだ。

 結果的に二回もコイツに救われたことになる。

 このまま見捨てては夢見が悪かった。


 入り口からはだいぶ歩いて、もう洞窟内に日は差していない。

 とはいえ地面の凹凸や岩壁の質感はそれなりにわかる。

 どうやら生成したお目々は夜目がきくようだ。

 それはゴブリン君も同じようで、知らない道をズンズン歩いていっている。

 ナメクジが観察したところ、コイツの防具は布切れ一枚。

 武器は右手に刃の欠けた不潔そうなナイフ一本を携えているだけ。

 何でコイツはこんなに自信満々なのだろう。

 自分たちはチンケなナメクジと最底辺のゴブリンに過ぎない。

 曲がり角から屈強なモンスターでも現れたら、一体どうするおつもりなんですかねえ?


「グオオオ!」

「うわあああ!」


 気がついたら天井が見え、その後に少し宙に浮く感覚が来て、今目の前に巨大な熊がいる。

 すでに振り下ろされていた腕は丸太のように太く、灰色の毛皮で覆われている。

 か、躱したのかゴブリン君?

 そう思った瞬間には地面を蹴る音がして、もふもふの分厚い毛皮が、よく見えた。

 ゴブリン君が踏み込んだのか。

 ふと見上げると既にナイフで、熊の首元を抉っていた。

 ゴブリン君は右手に持ったナイフを強く握り込み、左手で柄頭をカチ上げた。


「――グォッ!」


 ナイフの柄が熊の顎に当たる音がした。

 刃が根元まで入ったのだ。

 熊の目がグルンと上に回った。


「どうですかナメクジさま!」


 笑顔で見下ろしてくるゴブリン君の頭の上から、熊の血飛沫がシャワーのように降り注いだ。

 チンケで最底辺なのは自分だけだった。

 これでゴブリンならホブゴブリンはどれだけ強いのだ。

 そんなことを思っていると、だらんと下がった毛だらけの腕が動いた気がした。

 回った目が再びこちらを見ている。


「捻れゴブリン!」

「――っ! はいっ!」

 

 ナメクジがボロナイフに『出血属性付与』をかけるや否や、ゴブリン君が足を振り上げた。

 ぶち込んだナイフを支点に、勢いよく足を振り下ろしたゴブリン君は、そのままブレイクダンスのようにグルンと回る。

 広がった傷口から血の洪水が、タライをひっくり返したように地面に広がる。

 だが鋭い爪は止まらない。

 褒めて欲しそうに、またこちらを向いたゴブリン君の頭に、パワフルなフックが迫った。

 また死ぬぞコイツ!

 ナメクジは目を回しながらも、広がった切り傷に二本の触覚を差し込み、力の限り『吸血』した。

 触覚が波打ちながら、熊の血肉を吸収する。

 

「……ォォォ」


 怪物の目が窪み、腹がへこんで、やがてゆっくりと前に倒れた。

 クリーミーな味がした。

 これは脳までいっただろう。

 耳触覚を伸ばしたが、心音も確認できない。

 ナメクジは牛ほどの大きさになった体で、ブルブルと震えていた。

 やっぱり死にたくない。


 ゴブリン君は呑気に頭をかいていた。


「へへ、すみません、油断しました」


 血だらけの顔でヘラヘラ笑っている。

 よくよく聞くと、ゴブリン君は凄腕剣士の仲間を皆殺しにしたらしい。

 だが仲間に褒めてもらおうと振り返った瞬間に、死んだふりをしていた剣士に腹を切られたのだそうだ。

 

 『論理』君がレベルアップを告げているが、俺はこの低脳野郎に説教をしなければいけない。

 人間と獣の違いは未来を想像できるかどうか。

 褒めてもらうのは死体を確認してからだと、ゴブリンティーチャーに習わなかったのか?

 

 コイツが死ねば俺が死ぬ。

 コイツを立派なボブゴブリンにするのが俺の生存戦略なんだ。


 マイカーを洗うようにゴブリンの血を落としていたナメクジは、悲鳴をあげた。

 熊さんの乾坤一擲が、ガッツリとこめかみを抉っていた。

 脳みそまで削れて、もっとバカになってたらどうしよう。

 

 脳みそ増えろ!

 

 ナメクジは血肉を与えながら、うなだれたゴブリンをコンコンと説教するのであった。

 

 

読んでいただきありがとうございます。

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金曜日に定期更新です。

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