第十八話 ナメクジ、答えに詰まる
第一回森のゴブリン学校緊急ミーティングは速やかに始まり、速やかに終わった。
書記を務めた『論理』君によるまとめは、以下のようになる。
議題『本校のゴブリンの適正兵種について』
・体育教師 ラグナ
小鬼は基本的に好戦的。
従って前線に突撃する『騎兵』『突撃兵』『重装歩兵』が人気。
肉体的な適正は『斥候兵』にあるが、気性的に向いていない。
・社会教師 おやっさん
歴史的に見て『斥候兵』の死亡率はトップクラスに高い。
生存率の高い兵種に育てるのであれば『衛生兵』『シャーマン兵』『騎兵』『重装歩兵』がおすすめ。
・保健教師 娘ちゃん
本校にも軍にも『衛生兵』が圧倒的に足りていない。
回復術を使える『聖職者』育成こそが、卒業生たちの軍での有用性を高め、本校での生徒たちの衛生事情の向上にもつながる。
・臨時アドバイザー お嬢
本校の斥候兵は森では無類の力を誇る。
だが平地であればその力は半減する。
魔王軍も人間連合軍も、森の民を避けるので基本的に森は戦場になりにくい。
・校長 ナメクジ
前衛は危ないからダメだって言ってんじゃん!
『聖職者』? 『シャーマン』? だーめだめ! どうせ俺を崇めるんでしょ!
俺たちであの子たちを、攻撃の当たらないスーパー軽装歩兵にするの!
・結論
スーパー軽装歩兵を育てる。
・理由
ナメクジ様のお望みのまま。
以上。
『論理』君が俺の論理性のなさを突っついている気がするぜ。
隣からやっと規則正しく寝息がきこえてきた。
自分が八つ当たりした可哀想な小鬼くんだ。
下層の川の流れも静かだった。
少し雨も落ち着いているのかもしれない。
ナメクジは自分を掴んでいる小鬼君のおててをそっと撫でると、夜の散歩に行くことにした。
足場を伝って下層に降りると、やはり川は細くなっていた。
ナメクジは泥まみれの岩肌を這ってヌメヌメと進んだ。
洞窟の入り口あたりが明るくなっている。
焚き火の炎と人影が見えた。
「おっ、先生こんばんは」
お嬢とシャーマン親子の三人が火に当たって服を乾かしていた。
この湿気では放っておいたら永遠に服は乾かない。
シャーマン親子が三角マークを向けて頭を下げている。
もうそのお遊びやめろよ。
「なあ、二人ともいい加減わかんねーか?」
ナメクジが尋ねると、シャーマン親子は顔を見合わせて首を傾げた。
「さっきの会議だよ。俺、無茶苦茶言ってただろ? もう愛想が尽きたんじゃないの?」
軟体がぐねると、ナメクジの小さな影が踊った。
俺は神様になりたくもないし、神様のフリをしたこともない。
かといってガッカリされても悔しいのが、複雑なナメクジ心なんだ。
「わたくしは痺れました」
「あっ、私もです」
「えっ?」
「いやっ、同感だね。こっちの正論を理不尽でおじゃんにする。神様ってのはこうじゃないとね」
蛮族すぎてなにを言ってるのかわからん。
三人はナメクジを置き去りにして話に花を咲かせている。
水を差して申し訳ないけどちょっと聞かせてくれ。
ナメクジは触覚でチョップを作って同郷の輪に切り込んだ。
「お話中ごめんね。おやっさんも娘ちゃんも、結局あの方針でいいのね?」
侘び寂びのない問いかけに、シャーマン親子は笑顔で頷いた。
「なんだよ、納得してたんだね……安心したよ」
こいつらここぞとばかりに聖職者とシャーマンを推してたからな。
大きく息を吐くと、シャーマン親子は首を横に振った。
「聖職者の回復術は必要ですわ」
「シャーマン兵なら後方で生存率が高いですよ」
またそれか? 納得したんじゃないの?
頭に血が昇る。
火に当てられているから、頭がクラクラする。
横で見ていた臨時アドバイザーがあくびをした。
「なあ先生。こいつらはスーパー軽装歩兵を育てるって言ってんだよ? なにが不満なの?」
「だって文句あんならだめじゃん。一緒に頑張るんだからさ」
「だから先生の思うとおりに思えって? 神様らしくなってきたね」
なんだテメーぶち◯すぞコノヤロウ!
体が輪郭を失うように伸び縮みする。
ミイラにでもしてやろうかと触覚を伸ばした瞬間、蛮族三人の目つきに気づいた。
「俺様でかっこいいです!」
「人間の正教はぬるいですからねえ」
「やっぱ先生はキマっててイイネ!」
触覚が体に戻っていく。
湿った薪に火が通って、音を立てて割れた。
こいつらマジで言ってるのか。
ここにいると頭がおかしくなっちゃうよ。
ナメクジはぐったりして来た道を戻ることにした。
「褒めてくれてありがとね。お邪魔しました」
「あっ、ナメクジ様。シグル君に仰ってましたね」
濡れた岩肌を行く背中に、おやっさんが声をかけた。
「あなたは何になりたいんです? あなたはどうしたいんです? 私も毎日考えてます」
その不躾な投げかけに、ナメクジの口からなにか言葉が出そうになって、しかしなにも出てはこなかった。
なにって、どうしたいって、決まってるじゃん。
決まってる、決まってるよ。
「こっ、この不信心者!」
「あグゥ!?」
「おっ、先生、親子喧嘩だよ! 芋虫で握らない?」
後ろから何度も鈍い打撃音が聞こえてくる。
キャンプファイヤーの前の、シグルの顔が頭に浮かんだ。
――パラディンになったらナメクジ様、嫌がるでしょ?
ナメクジ様が嫌がることはしたくないよ。
気を遣われるのも嫌。
気を使うのも嫌。
マジでオレ神様じゃないの。
ナメクジは振り返らずに岩肌を這っていった。
読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブクマ・評価いただけると励みになります!
金曜日に定期更新です。




