第十七話 ナメクジ、緊急会議を開く
「この度はありがとうございました」
使者殿を出迎えたナメクジは、洞窟の入り口で触覚を揃えながら頭を下げた。
お嬢は気にするなとばかりに手を前に出した。
もう片方の手で鼻の下をこすって、口をパクパクさせている。
お嬢は目を閉じながら、身振り手振りで何かを再現している。
口が動いているが何を言っているのかわからない。
恐らく連合軍を相手にした、切った張ったのひとくだりをしているのだろう。
彼女が腕を横に薙いで立ち上がると、器用なマイムで転がったであろう何かを拾い上げて地面に置いた。
助走をつけてその何かを蹴り上げた瞬間、洞窟の入り口が眩く光って、軟体が響くように揺れた。
「ギャッ!?」
小鬼が数匹、ナメクジの後ろに隠れた。
耳を押さえて震えている。
外は大粒の雨がカーテンのように降り注いで、グラウンドを見通すことはできない。
轟音で耳が破れそうだ。
お嬢が肩をすくめて両手を挙げた。
オチが台無しだとでも言いたいんだろうな。
こちとら初めからなんも聞こえてねえ。
ナメクジは肉触覚で矢印を作って洞窟の奥へと促した。
森に雨季がやってきていた。
※
足場から洞窟上層へ移動した。
いつもの応接スペースは水が流れ込んで川底になっている。
「えっ、お前魔王軍の使者を殺したの? 連合軍じゃなくて?」
「うん。なんか偉そうだったからムカついて。だって、『これからこの森を自由に通らせてもらう』なんて言うからさ」
お嬢は前歯出しながら使者の声真似をした。
齧歯類の魔物もいるんだなあ。
ラグナはお茶を出すようにジューシーな芋虫を差し出した。
お嬢は硬い頭をかみ砕いて、中身をチューチュー吸っている。
おいしそう! 俺もいただこうかな。
ナメクジは脳天気に芋虫に触覚を刺そうとして、ふと思った。
軟体の中心からポツポツ気泡が湧き出した。
俺がプレゼントした駐屯地が原因で使者が死亡。
これ、シグルやばくねえか?
「ラ、ラグナ、芋虫全部出してくれ。魔王軍に詫びを入れないと」
「大丈夫だよ先生。すぐに大隊長のデーモンが詫びを入れにきたから」
「……なんで魔王軍が謝るのよ?」
ナメクジが首を傾げると、お嬢も首を傾げた。
濡れた三つ編みから水滴が滴っている。
「そりゃあ、あんな雑魚を寄越したからだよ? 向こうも謝ってた。そこからは殴り合いさ」
蛮族女が頭を揺らして右ストレートを放つ。
「話のわかるヤツみたいですね」
ラグナが顎を触りながら頷いた。
なんか頭がクラクラする。
なにを言っているか分からないので『論理』君に相談したが、それは倫理の話なので畑違い、とのことだった。
「結局シグルは大丈夫なの?」
ナメクジがふらつきながら尋ねると、お嬢が眉を上げて吹き出した。
「心配性だな先生は。アイツ一緒に来てたもん。立派に班長やってたよ」
「そっか、じゃあいいか」
まあ元気でやってるならいいんだ。
肩の力を抜いたナメクジは岩肌の上にとろけた。
雨季の洞窟内はどこを這っても湿り気っぷりで、ナメクジの身はいつも以上にツヤツヤしている。
周りは湿気でウンザリしているみたいだけど、俺にはバフでしかないね。
「ナメクジ様、おはなしおわった?」
視線を上げると、小鬼君がモジモジして立っていた。
「ああ、待たせてごめんよ」
小鬼君を撫でてラグナに目をやる。
ラグナは頷くと少し離れたところに歩いていき、腰を落として小鬼を手招いた。
「いってきます!」
「頑張ってね」
ナメクジの激励に頬を紅潮させた小鬼君は、岩の窪みの水たまりを避けながら、ラグナに向かって飛びかかっていった。
白兵戦闘の訓練開始だ。
ナメクジとお嬢は藁に座って二匹の動きを眺める。
次の番を待つ小鬼たちも一緒だ。
お互い無手だ。
ラグナは左手を前に出し右手を引いて、どっしり腰を落としている。
小鬼君が左右にフェイントをかけるたびにラグナの右肩が反応する。
小鬼君が頭を下げて飛び込むそぶりを見せた瞬間、ラグナは右ストレートを打ち下ろした。
小鬼君は下げた頭を地面にぶつけるほどさらに低くした。
拳をくぐり、一歩踏み込んでラグナの足首にタッチする。
隣の小鬼たちが歓声を上げた。
ナイフを持っていれば重傷だ。
攻撃成功。
小鬼君の顔が綻びかけた。
あっ。
「うーん」
お嬢がへの字口になった。
小鬼君がまだ戦ってるだろ!
ナメクジが肩を怒らせたのを見て、悪質客が手で口を塞いだ。
「まけました」
小鬼君の声が聞こえた。
一瞬足元からの離脱が遅れた小鬼君のほっぺに、ラグナのつま先が触れていた。
向こうではラグナと小鬼君が感想戦をしている。
こっちも観戦態度が悪い客を説教しないといけない。
「お嬢お前なあ」
「先生ごめんゆるしてゆるして」
ナメクジが食ってかかろうとすると、お嬢は足元に滑り込み、困り眉で背中を撫でてくる。
こいつ、怒られ慣れてやがる。
「いやー、でも小鬼ちゃんもやるねえ」
「……そう?」
「うん、ウチの若い衆といい勝負できるよ」
「まあね!」
ナメクジの機嫌が治ったのを見計らったのか、お嬢が立ち上がった。
軽く屈伸をして体を捻っている。
「あの子は斥候兵志願? この中にガッツリ前衛希望のヤツがいたら稽古つけてあげるよ」
小鬼たちはお嬢を見上げながら、ポカンとして座っている。
お嬢は『精霊獣戦士』という職業で、突撃兵より先に突撃してヘイトを稼ぐのが仕事らしい。
重装歩兵のスペシャリストだ。
ナメクジは苦笑いして向こうの小鬼君を労いに向かった。
お嬢の申し出はありがたいが、ウチにそんな死にたがりのバトルジャンキーはいない。
俺の方針は神出鬼没の森のアサッシンの育成。
この子達の損害最小化こそがこの学校のジャスティス。
みんなスマートな軽装歩兵を目指して日々頑張っているんだ。
なあおまえたち!
ナメクジが振り返ると、小鬼たちは全員お嬢の前に並んでいた。
感想戦を終えたあの子も最後尾に着いたではないか。
どうなってんだ、みんな。
重装歩兵なんてやったら死んじまうよ。
あのラグナでも、凄腕剣士に腹を切られたら終わりなんだよ?
「ウッシ! やっぱぶつかってなんぼだよね!」
お嬢が胸の前で左右のゲンコツを合わせた。
小鬼たちの視線がお嬢に集まった。
「こい!」
「グルァッ!」
可愛い小鬼ちゃんが、まるでモンスターみたいなダミ声を上げて、裸一貫でお嬢にぶつかっていく。
あんなに小さいのに、怪我したらどうすんだよ。
ヒットアンドアウェイの教えはどこいったんだ?
「あぶないよー」
か細い声は、小鬼たちの歓声と洞窟下層を流れる濁流にかき消された。
誰もナメクジの言葉を聞いていない。
ナメクジは方向転換して岩壁に設置してある竹製の伝声管に向かった。
緊急緊急!
「教師の皆さんは至急、上層の会議室にお集まりください!」
俺の想定と周りの希望が全然違う。
緊急会議だ。
「ギャッ!」
お嬢にのされた小鬼君が地面に転がった。
鼻血が頬を伝って地面に流れていく。
言わんこっちゃない!
ナメクジは急いで治療にかかる。
「な、ナメクジ様」
「痛くないよー、大丈夫だよー」
ナメクジが鼻に触覚を突っ込んで処置をしていると、鼻声の子鬼君がナメクジに言った。
「たのしいね!」
「俺は楽しくない!」
ハッとした時にはもう、小鬼君の目尻から水が流れ落ちるところだった。
周りの目がナメクジに集まっている。
こんなんだけ聞こえるのかよ、クソ。
小鬼君がナメクジの小さい体に縋り付いて泣いていた。
濁流はどんどん水かさを増していく。
雨季はまだはじまったばかりだった。
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