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第十六話 魔王歴四一二年 祖霊樹海前線 第八デーモン大隊



 遠く丘陵の稜線に夕陽が沈んでいく。

 川向こうの連合軍から太鼓の音が一つ、長く鳴った。

 それが三回繰り返されると五つの中隊が、規則正しくゆっくり後退していく。


「偽装撤退はないですよね」


 副官オーガの楽観的な分析を聞いて、大隊長デーモンは簡易の椅子に腰掛けた。


「こっちも撤退だ」


 大隊長が紫色の腕を上げると、太鼓兵がすぐさま太鼓を叩いた。

 同時に旗手が旗を振った。

 人間軍ほどではないが、えっちらおっちら後退陣形を取ってこちらに下がってくる。

 高台からは戦場の様子がよく見える。

 

 デーモンは槍の穂先のような自分の尻尾をいじった。


「つまんねーな。どいつもこいつも人間の真似ばっかり上手くなりやがって」

「大隊長が仕込んだんじゃないですか。ウチの大隊強いですよ」


 副官は胸を張って部下たちの動きを見ている。

 

「好きでやってねーよ。上のお達しだ」


 魔王軍らしく好きにやらせろ!

 そう言って定例軍議で声を上げたデーモンは、旅団長にボコボコにされた。

 それが一年ほど前のことだ。

 やっとその時に千切られた尻尾が生えてきたのだ。

 

 意見を通したいなら責任者をブン殴れ。

 出世したければ上司をブン殴れ。

 古き良き魔王軍の伝統である。

 自分は負けたので従うのみ。


「あーっニンゲンぶっ殺してえなあ」


 デーモンは椅子を倒しながら立ち上がった。

 でも、なんにしたってつまらない。

 一兵卒に戻りたい。


「なあ副官君もそうは思わんかね!」

 

 デーモンは戦場を眺める副官の肩を抱いた。

 撤退する連合軍の一角を指差す。

 あいつら人間の真似ばっかりしてるから、目が腐っちまったんじゃないか。


「わかるだろ」


 副官は大隊長の指先を目で追って、苦笑いした。

 整然と後退する連合軍の中、なぜか左翼の中隊の一角が崩れている。


「はい。自分ならあそこに突っ込みます。撤退指示も関係ない」


 やっぱりこいつはわかってんなあ。

 デーモンは大きく頷いた。


「まあ、勝手突っ込んだら殺すけどな」

「そうですねえ」


 それに、どうせ今から伝令を送っても間に合わない。

 戦場は生き物なんだ。

 二人して笑っていると、戦場から怒声が聞こえてきた。

 あの一角がさらに、乱れに乱れていた。

 手をかざしてみると、川の向こう側に一匹、誰かが残っていた。

 オーガか?

 なんの種族だろう。

 身の丈ほどの長弓を構えて、矢を撃ち続けている。

 敵部隊の中ほどで、次々と敵が倒れていく。

 

「あいつ、小隊長を狙い撃ちしてんのか」

「いい目してますねえ。力もある。ウチのオーガにあんな奴いたかな」


 敵の指揮所を見たが旗は振られていない。

 太鼓も鳴っていない。

 後退にまごつく四個中隊と、混乱する一個中隊。

 敵は一人ぼっちの狙撃手を誰が咎めに行くのか、決めきれないでいる。


 あれ?

 これいけるなあ。

 デーモンが副官と目を合わせると、ふと戦場から風切り音が迫ってきた。


「うわっ」


 副官がデーモンの前に出た瞬間、足元に矢が突き刺さった。

 川向こうの狙撃手がこちらを向いていた。


「早く来いってことですかねえ」

「やるじゃん!」


 デーモンが手を上げると、太鼓兵が短く太鼓を連打した。


「もっと! 腰抜けどものケツをぶっ叩け!」

「はっ、はい!」


 太鼓兵が体をのけぞらせながらバチを振るっている。

 ここに立ってるだけで体が痺れる。

 でもあとちょっと足りねえなあ。

 デーモンは背中を向けるほど体を振りかぶった。


「うりゃあああっ!」


 太鼓に手のひらを叩きつけると、戦場に破裂音が鳴り響き、穴の空いた太鼓が丘の下に転がって行った。

 くそっ! 手のひらがジンジンする。

 人間めブッ殺してやる!


「俺の槍ぃ!」

「どうぞ。行ってらっしゃい」

 

 鳥の騎獣に跨ると、副官が腑抜けたことを言ってきた。

 

「オメーもくるんだよ! オメーも、オメーも全員だ!」

 

 太鼓兵と旗手たちが、自分を指差して目をぱちくりさせている。


「誰が指揮取るんですか」

「それでも魔物か! テメーの指揮はテメーで取れ!」


 生意気なオーガが額に手を当てて首を振っている。

 デーモンは高台から戦場を見た。

 中隊がバラバラに解けて、みんな自分勝手に突撃を開始していく。

 誰もこちらで旗を振る旗手を見ていない。

 そうそう! ブン殴ると決めたらブン殴るんだ!

 魔物はこうでなくてはいけない。


 デーモンたちは予備隊を率いて飛び出した。

 指揮所には誰も残らなかった。

 

 ※


「うっまこの酒」

 

 テントの外からの誰かの声がした。

 喉が鳴る。

 自分はなんで大隊長なんだろう。

 俺もみんなとニンゲンの酒が飲めてえ。


「こいつの処分、どうするんですか?」


 命令違反で暴れ回った狙撃手は、オーガではなくホブゴブリンだった。

 自分の知っているホブゴブリンよりだいぶ大きい。

 聞いているのかいないのか、ボケっとこちらに目を向けている。

 ほんとにあの狙撃手か?

 

 デーモンはユニークスキル『整理』で軍規を思い出した。


 ・命令違反は死刑。

 ・上官への攻撃は死刑。


 特定の出来事を覚えておけるスキルで、忘れっぽいデーモンにとってはありがたい能力だ。

 『論理』とかいう上位スキルがあれば、過去のあらゆることを思い出すことができるらしいが、おじいちゃんデーモンから聞いた眉唾の話である。

 

「うーん、普通なら死刑だな」


 酒のことを考えて上の空のデーモンに、副官オーガが要点をまとめてくれる。

 

「減刑要素としてはニンゲンの小隊長の首が三つ、中隊長が一つ。他にもあるか? ホブゴブリンよ」


 判断基準をくれてわかりやすいな。

『論理』ってこういうスキルなのかもしれない。

 

「厳密には軍曹も三人追加して欲しい」


 デーモンは顔を縦に伸ばすようにあくびをした。

 うんすごいね。

 こいつがきっかけで魔王軍は、川を渡った人間側の領地で陣地を作れたんだ。

 ここ十年の均衡が今日破れた。

 

 でもだからどうしたんだよお。

 つまんねえよー。

 デーモンは舌打ち一つしてホブゴブリンの前に歩いていった。

 お上品に編んだ頭を、上から鷲掴んで睨みつける。

 

「お前はどうしたいんだよ」

「えっ?」

「こっちはぶっ殺すって言ってんだよ。

 お前はどうしたいんだよ」


 ホブゴブリンの体が硬くなったのがわかる。

 ちょっとガンを付けただけでこれだ。

 どうせどっかの士族のボンボンなんだな。

 

 めんどくさくなってきた。

 適当にゴブリン班長くらいやらせてほっとくか。

 デーモンが手を離そうとすると、ホブゴブリンに腕を掴まれた。


「ありがとう大隊長。気合いが入った」


 額に押し当てられた手のひらが熱い。

 緑色の手には指が六本生えていた。

 横で見ていた副官の眉が顰められた。

 デーモンがつぶやいた。

 

「……お前忌み子か」

「あっ――取り消す?」


 ホブゴブリンは困ったような顔でデーモンに尋ねた。


「は?」

 

 おでこの、三角に線が入った紋章が赤く輝いている。

 やべえ、こいつなんかの使徒か?


「僕は慣れてるからいいんだけど、ナメクジ様が絶対にダメだって」

「はあ?」

「『君のことをそう呼ぶ奴がいたら、俺の名の下にぶち殺せ』って言われてる」


 ホブゴブリンの涼しげな顔立ちがほてったように赤くなっている。

 血走った目は爛々と輝いてデーモンを見上げている。


「だから、取り消す?」


 喜んでやがる。

 デーモンは腕をぐるぐる回して、ホブゴブリンの前で舌を出した。

 こいつ、やっぱいいじゃん!


「穢らわしい忌み子の言うことなんて聞きませーん!」

「シャッ!」

「ウゴッ!?」


 緑色の握り拳が左脇腹にめり込んだ。

 顔じゃねえのかよ。

 反撃の右ストレートを打ち下ろした時には、ヤロウは自分の背後に回っていた。


「シャッ!」

「――ぐぅっ!」


 ホブゴブリンの足先が、また左脇腹に捩じ込まれた。

 性格悪いヤロウだなあ。

 

 副官はテントの幕を開け放った。


「みんなー、喧嘩だぞー」

「マジっすか」

「胴元は誰がすんの?」

「どうせ大隊長が勝つっしょ」


 デーモンが唾を吐くとしっかり血が混じっていた。

 どうしよう。

 やばいヤツに喧嘩を売っちまったかもしれない。

 俺は負けたらコイツに殺される。


 待てよ?

 殺される?

 いいじゃん!

 魔王軍たるものお布団で死んではいけない!

 

「生きてるって感じだな!」

「そうなの?」


 胸元に潜り込まれた。

 フックの軌道が見える。

 

「あがっ!?」


 ホブゴブリンの拳は左脇腹のガードを無視して、デーモンの顎先を捉えた。

 こんなホブゴブリン、おかしいだろ。

 デーモンの意識はそこで途切れた。


 ※


「はーいストップ」

「ほえ?」


 気がつくと副官に羽交い締めにされていた。

 『狂戦士』になってたのか。

 足元には激ヤバのホブゴブリンが大の字で転がっていた。

 衛生兵のサキュバスがブラッドヒールをかけている。


「うわー、こいつ生きてるか?」

「多分大丈夫じゃないですか?」

「記憶ないんだけど、俺は大丈夫か?」

「はい、尻尾が千切られたくらいです」


 それは大丈夫じゃない。

 よく見たらホブゴブリンがどこかで見たような尻尾を握りしめていた。


「こいつ結局どうするんです?」

「うーん、遊撃の班長やらせるか。多分ほっといた方が強いな」


 また寂しくなったお尻をさすりながらぼやくと、副官が頷いた。

 どうやら正解だったみたいだな。

 

「あっ、まだ動いちゃダメよ」


 衛生兵のサキュバスちゃんの腕の中で、ホブゴブリンが目を覚ました。

 拳を握ろうと、六本の指が微かに動いている。

 

「と、とり……け、す?」


 今時珍しく気持ちのいい若者に、デーモンは素直に謝った。

 

「おお、取り消します! ごめんなさい!」

「わかった」

「ああっ、気絶する前に名を名乗れ」


 ホブゴブリンを白目を剥きながら、頭に手で作った三角形を掲げた。


「シグルと申します」

「おう、よろしくな」


 シグルはサキュバスちゃんに背負われて救護テントに消えて行った。


 後日、シグルから献上品があった。

 あの『祖霊樹海』の中の駐屯地だ。

 シグルの親分が連合軍からカッコよくぶんどったらしい。

 どんな人物か聞くと、そいつは人物ではなくナメクジで、親分ではなく神であり、あの魔物よりも野蛮な森の民と友好関係もあると言う。

 デーモンには難しくてよくわからなかった。


 とにかく奴らと揉めずに森を抜けられるなら、その駐屯地には宝石のような価値がある。

 それは川向こうに作ったこの陣地以上にだ。

 シグルは実務に慣れたら遊撃隊の小隊長にしてやる。

 小鬼族のくせにエリート街道だぜ。

 

 デーモンは早馬を旅団長に飛ばした。

 『ナメクジ様』と『祖霊樹海の駐屯地』。

 森を避けるしかなかった侵攻ルートの制限がなくなる。

 停滞していた戦線が動く気配がした。


 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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金曜日に定期更新です。

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