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第十五話 ナメクジ、餞別を送る



一位(19票) 魔王軍 

二位(6票) ラグナのお嫁さん 

三位(5票) 学校の先生

四位(1票) 立派なホブゴブリン


 魔王軍は相変わらず人気だなあ、クソが。

 『論理』君にまとめ直してもらった最新の小鬼の夢ランキングだ。

 六本指君――シグルは先生になってはくれなかった。

 当初の夢通り、自分にできることをするために魔王軍に行くという。


 寝床から降りたナメクジは体をゆっくり左右に振った。

 手入れをしたばかりのカイゼル髭が萎びれる。

 寂しさは勿論だが、それよりも心配が勝つ。

 ホブゴブリンがエリートといっても、よそ様から見たら小鬼の中でのお話だろ?

 面接に行ってもなめられて雑兵扱いされるかもしれない。

 

 なにか心象をよくするお土産を持たせてあげたい。

 ここの名産品は洞窟コウモリと芋虫だが、魔王軍のエリートにこの味が分かるかどうか。

 ふと、洞窟を散歩しているクマ君を見つけた。

 薄暗い洞窟の中でもわかる上品な光沢。

 ナメクジの『歯舌』ごときでは傷もつけられない丈夫な毛皮。

 クマ君が白い目でこちらも見ている。

 ナメクジは触覚を七色に光らせるのをやめた。

 クマ君は鼻息ひとつして洞窟の奥へ戻っていく。

 いけない、彼らも友達なんだ。


「ナメクジ様、アレどうするの?」

「アレねえ、君ならどうする?」


 あのほったらかしの駐屯地だ。

 ナメクジの問い返しに、シグルは前を向いたまま顎を触った。

 あぐらをかいて微動だにしない。

 少しでも動くと、髪を編んでいる小鬼の女の子たちに怒られるからだ。


 ホブゴブリンになったシグルはこれまた立派な青年になった。

 シャーマン親子より大きく、ラグナより小さな細身のイケメン。

 俺も流し目の似合うホブ・スラッグになりたかった。


「様子見かな」

「素晴らしい!」


 触覚でマルを作るとシグルは鼻の下を触って俯いた。 


「うごいちゃダメ!」

「ああっ、ごめんよ」


 駐屯地調査で無力化した兵士たちは、尋問を済ませて全員身ぐるみを剥ぎ、基地の近くで解放した。

 小鬼たちがスパっといった手足の腱は、ヤブ医者ナメクジが肉ジュースで治療したので恐らく元には戻らない。

 

「殺しても無力化しても同じだもんね」


 賢いシグル君のいう通り、彼らを殺したところで、信じて送り出した斥候が帰ってこなかった、という情報は人間連合軍に伝わるのだ。

 だったらお荷物にして返してやるのが効率が良い。


「完全に追い返したら訓練相手がいなくなっちゃうし」

「フォーメーション!」


 シグルが呟くと、外からラグナの号令が聞こえた。

 グラウンドでは小鬼たちが陣形を取る練習をしている。

 今の駐屯地くらいの練度と規模なら、この子たちにとって良い教材になる。


「できた!」

「どうシグル兄ちゃん?」

 

 シグルの頭に金色の六本の編み込みが走っている。

 コーンロウってやつか。


「かっこいいよ。ありがとう」

 

 イケメンが歯を見せて笑うと、小鬼のギャルがその胸に飛び込んだ。

 ナメクジは糸を引きながらグラウンドに向かった。

 この学校、恋愛禁止にしようかな。


 ――お土産お土産お土産

 

 明日になるとシグルは学校から出ていってしまう。

 ここには洒落たものはないし、森の民のところまでは遠すぎる。

 少し膨らんで、深くため息をついた。

 直近にボコボコにした手前あまり刺激したくなかったが、仕方ない。


 ナメクジはラグナと娘ちゃんを呼んだ。


「急で悪いけど、駐屯地に連れてってくれ」


 あそこに行けばなんかあるんじゃないの?

 二人は手で作った三角を掲げてお辞儀をすると、何も聞かずに支度を始めた。

 まったくアポストルな奴らだぜ。

 むず痒いんだかなんだかで、ふるふると震えた。

 自分を揺らしているのが優越感なのか、恐怖なのか、小心者のナメクジにはよくわからなかった。

 

 ※


 なんでだよお!

 

 木の上から一番大きなテントがバラされていく様子を見ながら、ナメクジは大きく肩を落とした。


 シグルの言っていたピカピカ光った騎士殿の装備を失敬する。

 それをシグルに旅立ちの日にサプライズプレゼント。

 シグルがそれを面接官殿にサプライズプレゼント。

 可愛い生徒がエリート街道まっしぐら。

 それがナメクジのプランAだ。


 だが現実はどうだ。

 あんなにキラキラ輝いていた騎士殿の金属鎧は、細かい傷と凹みに塗れて乱反射している。

 基地の撤収を指示するために掲げた剣は真ん中で折れていた。

 脇に抱えた飾り兜にはどこかで見たことのある手斧が刺さっているではないか。

 北側に見張が三人見えた。

 お嬢、やりやがったな。

 

 もう手頃な訓練相手もいなくなってしまう。

 ラグナに掴まる体に力が入る。


 ――仲良くしたいんだよ先生


 だが、お嬢のすがるような目を思い出した。

 ナメクジの過保護を知っている彼女は、この駐屯地を悠長に見過ごさなかった。

 ふー!

 腹に力を入れながら息を吐いた。

 良い隣人は経験値稼ぎより大事だよな。

 

「どうするの、ナメクジ様」


 そもそも心配性のシグルもついて来てしまったのだ。

 もうサプライズもどうもこうもねえ。

 こうなりゃヤケクソよ。

 

「予定通りだよ。君の卒業祝いだ」


 ラグナと娘ちゃんが肩を回している。

 ナメクジはラグナの背中にへばりついた。


「駐屯地、丸ごとくれてやるから魔王軍に持ってけ」

「やっぱりナメクジ様はすごいね」


 ナメクジが触覚を振ると二匹の武器が赤黒い光を帯びた。

 シグルが弓を担いで他の木に飛び移っていく。

 ラグナが滑るように木を降りる。

 二匹のホブゴブリンのナメクジ印が輝いた。

 『蛞蝓信仰』が発動している。

 ナメクジは叫んだ。

 

「チャージ!」

「ナメクジさまあああ!」


 地面が爆発するように飛び出した娘ちゃんの髪が舞い上がる。

 首元にナメクジ印が見えた。

 娘ちゃんの絶叫に兵士たちの目が向く。

 駆け抜けざまのラリアットで見張りの首が千切れて転がった。

 娘ちゃんも転んで砂煙を上げながら敵地に滑っていった。


「て、敵襲ー! 蛮族兵が一人!」

「三班囲め! 残りは――おごお!」

 

 指揮を取ろうとした騎士が地面に縫い付けられた。

 口から真っ赤な矢が生えて、噴水のように血が吹き出している。


「俺が指揮を取る! 狙撃手はそこ――おごっ!」


 副官らしい男は声を出すなり、騎士と同じ目にあった。

 シグルは顔面を狙うのが上手だなあ。


 声を上げたら狙撃される。

 だが、指揮が必要だろう。

 兵卒たちの目がそれぞれの班長の方を向いた。

 おっ、釣れたなあ。


「があっ!」

 

 再びシグルの矢が敵を貫いた。

 班長を失った三班に娘ちゃんが暴行を加えている。


「ラグナ」

「はい」


 遅れて飛び込んだラグナが手近な班長目掛けて突っ込んだ。


「なんだホブゴブリン一匹か!」

 

 素早く反応した班長の鋭い振り下ろしの刃を、まるで観察するかのように半身で避けたラグナは、腰を回してローキックを放った。

 骨が砕ける音がして、班長は横に一回転して地面に衝突した。

 ラグナはそのまま目についたやつの膝を破壊していった。

 

 戦場は混沌としている。

 地面は血で水溜まりができている。

 声を上げられない。

 指示もない。

 ただ蛮族女の引き笑いと、膝の砕ける音だけが森に響いている。


「こ、降参する!」


 全員の目がそいつに集まった。

 勇気があるじゃないの。

 壮年の古参兵だ。

 兵士たちの何人かがハッとして古参兵を囲んで両手を上げた。

 人望もあるらしい。


「三班も止まれ!」


 娘ちゃんと殴り合っていた兵士の女がこちらを見た。

 他の男たちはすでに倒れている。

 ナメクジはどこにいるかもわからないシグルに向かって、肉肉しいハンドサインを出した。


 ラグナの背中から顔を出したナメクジは、古参兵に告げた。

 

「全てを置いて立ち去れ。生きてるヤツは治療もしてやるぞ」

「な、ナメクジ?」

「早く決めたら? あれも一応生きてるけど」

「本当に見逃してくれるのか?」


 年老いた兵士の瞳がナメクジを見つめている。

 勇気も人望もあるやつは、当然責任感もある。

 

「約束するよ。神に誓ってもいい」


 ナメクジの秤の紋章が熱を持った。

 ラグナと娘ちゃんが三角マークを作った。

 

「し、使徒様ですか?」

「邪神の押し売りでね」

 

 ナメクジの後ろでは、串刺しの騎士と副官が手をバタバタさせている。

 古参兵は真っ青な顔のまま何度も頷いた。


 ヤブ医者による治らないまま完治させる治療が終わると、連合軍小隊は下着姿で森の中へ消えていった。

 古参兵はなぜかナメクジに三角マークを送っていた。

 娘ちゃんとラグナが三角を返している。

 なんかお話ししたのかな?

 何も聞いてないけど。

 駐屯地には人間約五十人分の装備と物資が残った。


 ※

 

「シグル、あんなものしか用意できずにごめんな」


 帰りはシグルの肩に乗った。

 ラグナは嗜好品のお菓子を頭陀袋パンパンに背負っている。

 本当はもっと素敵な餞別を渡したかった。

 そもそもほとんどシグル一人でやったようなもんだし。


「嬉しいよナメクジ様」

「欲のない子だね君は」

「本当だよ。ナメクジ様と会ってから僕はずっと胸がいっぱいなんだ」


 シグルが密林を下から見上げた。

 ナメクジも顔を上げたが、木の枝が何層にも重なって、なにも見えやしない。


「ナメクジ様と出会ったおかげで僕はこんなに満たされてる。

 この気持ちを魔王軍でいろんなやつに教えてあげたいんだ。

 魔物にもニンゲンにもね」


 シグルの瞳は月でも反射したかのような煌めいている。

 彼には何が見えているのだろうか。


 あくる朝、みんなに見送られながらシグルは歩き出していった。

 この学校始まって以来の卒業生だ。

 小さかった背中があんなにも大きくなっていた。

 

 小鬼ちゃんがナメクジを持ち上げて手を被せた。

 ポツポツと雨が降り出していた。

 そろそろ雨季が来たのかもしれない。

 ありがとな。

 でもちょっと待ってね。

 もう少し見せてくれよ。

 今、いいところだから。

 

 ナメクジはシグルが消えた森に向かって、いつまでも触覚を振り続けていた。


 

読んでいただきありがとうございます。

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金曜日に定期更新です。

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