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第十四話 ナメクジ、進化を見届ける



 六本指君の遠足大成功のお祭りはまだ続いていた。

 グラウンド真ん中の篝火が夜空を赤く焼いている。

 踊り疲れた小鬼たちは、コウモリを齧りながら体育座りをしていた。


 篝火の前はソロライブの様相を呈している。

 色付きの泥で化粧した娘ちゃんが、歌うように声を上げながら踊っている。

 彼女が腕を振るたびに火が大きくなっていく。

 木製の箱でリズムを取りながら、おやっさんがブツブツなにかを唱えた。

 火がいっそう天に伸びたかと思うと、オレンジ色の粉が舞い上がって六本指チームのみんなに降りかかった。

 目の前に広がる幻想的な光景に、ナメクジはペチャペチャと拍手をして歓声を送った。


「たまやー!」

「? た、たまやー!」


 ノリのいい子鬼君たちは、手で作った三角を掲げながらナメクジに続いた。

 フォレストシャーマンと戦巫女の合体スキル『精霊招来』だ。

 森で勇気を示した者に祝福を授けてくれるらしい。

 ナメクジはなにもしていないので精霊さんは来なかった。


 いけずな精霊に舌打ちしていると『論理』君が話しかけてきた。

 その内容に、思わず軟体が波打った。

 引っ込んだなにかが、また押し寄せてきた。

 時が経つのは早いもんだなあ。

 

 個体名『六本指』アポストル・ゴブリンへの『初等教育指南』を完了しました。

 『進化教導』を発動します。

 アポストル・ゴブリンの進化先を選択してください。


 →アポストル・ゴブリンパラディン(ユニーク)危険度B

  偉大なる師の教えを守り、民を導くのがお前の使命。

  獲得スキル『ブラッドヒール』『信仰教導』


 →ホブゴブリン 危険度D

  六本の指は忌み子の証ではない。師の教えを多く受け取るための祝福なのだ。

  獲得スキル『レンジャー』『部隊指揮』『戦況看破』


 篝火の揺らめきの向こうに、体育座りしている六本指君が見える。

 洞窟コウモリを握ったまま舟を漕いでいた。

 今日は頑張ったもんな。


 ナメクジは隣であぐらをかいているラグナの膝をツンツンした。

 どうしても言っておきたいことがあった。


「君はホブゴブリン以外にも進化できたんだぜ」

「そうなんですか?」

「そうさ。ゴブリン聖騎士様だよ……ただのホブより、つ、強いと思うよ」


 膝を突いた触覚が、ぐにゃりと潰れる。

 火に当てられているというのに体が冷えている。

 ラグナに対して負い目があった。

 『進化教導』? 偉そうな能力だ。

 自立しろって言っといて俺がこいつらの生き方を選んでる。

 二枚舌もいいとこだな。

 

「俺が勝手にホブゴブリンにした……怒ってるか?」

「ハハハ!」


 導師の情けない様子にか、ラグナは仰け反りながら手を叩いた。

 なに笑ってんだオラ!

 こっちは本気で言ってんだ。

 カッとなって膨らんでいると、ラグナが両手でナメクジを持ち上げた。

 ラグナの蛇のような目と高さが合う。


「なりたかったら、なりますよ」

「?」

「なりたいんなら今から頑張ってなったらいいんでしょう? 聖騎士だってなんだって。ナメクジ様いつも言ってるじゃないですか」


 ――君はどうしたいんだい、って


 ナメクジは恥ずかしくて俯いた。

 最近生徒に導かれてばっかりだ。


「それにただのゴブリンだった時のこと、上手く説明できないんです。村のために、ナメクジ様のために、そればっかり思い出します」

「へー」

「多分どっちがいいかって聞かれても、ナメクジ様に決めて欲しかったと思います。まあ俺の話ですけど」

 

 ラグナはナメクジを持ったまま六本指君のところに歩いていった。

 眠りかけていた六本指君は、ラグナが五歩の距離まで近づくとパチッと目を開けた。

 ラグナが目を細めて頷いた。

 

「斥候の腕は俺を超えてるな」

「そうなの!?」


 六本指君は目を輝かせて、ナメクジを持つラグナの腕に飛びついた。

 一切揺れは感じない。

 素晴らしい持たれ心地だ。


 三匹はみんなで横並びに座って炎を見つめる。

 地面にはゆったり踊る娘ちゃんの影が、伸びたり縮んだりしている。

 ナメクジは六本指君に尋ねた。


「君はもうホブゴブリンになれるよ」

「そうなの?」

「うん。ホブゴブリンと、ホブより強いパラディン。どっちになりたい?」

「ホブゴブリン」


 六本指君が当たり前のことのように答えた。

 

「どうしてだい?」

「いつも立派なホブゴブリンになれ、っていつも言ってるし」


 うーん、自主性わい!

 ナメクジが体を捩ると、肩をすくめたラグナと目が合った。


「それに――」

 

 六本指君は自分のおでこのナメクジ印を指差した。

 

「パラディンになったらナメクジ様、嫌がるでしょ? ナメクジ様が嫌がることはしたくないよ」


 ナメクジの体が芯を失ったように地面に溶けた。

 視界がぐにゃりと歪んでいく。

 知らないうちに触覚口が伸びていた。


 あ、なんか。

 よくないこと言っちゃいそう。

 

「ふざ――」

「この不信心者!」

「ギャッ!」


 六本指君が吹っ飛んで地面に転がった。

 ナメクジの前で、娘ちゃんが右ストレートを振り切っていた。

 長い黒髪が篝火の前で広がった。

 色付きの泥で顔中を塗りたくったまま、眉を吊り上げて息を吐いている。

 薪のはぜる音だけがグラウンドに響いた。

 

「オドレそれでもナメクジ印か!?

 森の民ならブチ殺しとるぞコラ!

 あの人が言ったから、この人が嫌がったから、オドレの意見はどこにあるんじゃい!」


 六本指君は頬に手を当てて呆然としている。

 ナメクジも口を開けたまま固まった。


「ナメクジ様の授業の、なにを聞いとったんじゃ!」

「ああっ、娘がすみません!」


 駆け寄ってきたおやっさんが、六本指君にブラッドヒールをかけた。

 

「痛いでしょ?」

「え?」

「私も連合軍に二枚舌を使った時に殴られました。

 都合のいい時だけ神様を無視するのか、って」

「ぼ、僕は無視なんてしてない!」


 六本指君はおやっさんを突き倒して立ち上がった。


「僕はいつだってナメクジ様を見てる!」


 甲高い叫び声に、周りの小鬼たちの視線が集まった。

 ナメクジだってこんな彼を見たことがない。

 肩が激しく上下している。

 いつものクールフェイスにはない青筋が、小さな頭に浮かび上がっている。

 おやっさんは尻餅をつきながら笑った。


「そうです。あなたは逆です」

「……逆ってなんなの?」


 上手く立ち上がれないおやっさんに娘ちゃんが肩を貸している。

 

「もっと自分を見なさい。バランスが悪いと私みたいにサングノイン様のバチが当たりますよ」


 おやっさんが目を細めて緑色の頭を撫でた。

 その腕は手首から先が、既に失われている。

 六本指君は口をへの字にして俯いた。


「そんな神様、僕は知らない。

 僕の神様は――」

「どの神様でも同じですよ」


 小さな握り拳が力なく開いていく。

 六本指君は賢いからわからないことが苦手なんだ。


「……じぶんを見る……むずかしいよ」

「そうなんです。私もできません、みんなもできません」


 おやっさんは葉タバコで黄ばんだ歯を見せて頷いた。


「そうなの?」

「できるのはナメクジ様だけです」

「それは……そうだね」


 ナメクジもできないので首を振ったが、それを見ている者は誰もいなかった。

 

 ゆっくり歩いてきた六本指君が、地面にへばりつくナメクジを掬い上げた。

 いつものクールな目つきでこちらを見ている。


「ナメクジ様、僕はホブゴブリンになりたい」

「……いいの? パラディンになれるよ?」

「うん。なりたかったら勝手になるからいいよ」


 ラグナが片眉を上げてナメクジを見た。

 でしょ?ってか、生意気なヤロウだね。

 ラグナと睨み合っていると、六本指君はボソリと呟いた。

 

「今は自分がなにができるのか、知りたい」


 誰にいうでもないような声音。

 篝火はずいぶん小さくなっている。

 彼のささやかな宣言は、薪が爆ぜる音と一緒に夜に溶けていった。


 その日学校に二匹目のホブゴブリンが誕生した。

 みんなでハッピーバースデーを歌った。

 六本指君は『シグル』君になった。

 パラディンは選ばなかったが、彼の額の紋章は眩いほどに光を放っている。

 娘ちゃんが手のひらを叩きつけるような拍手をシグルに送った。

 お祭りは夜が明けるまで続いた。


 

読んでいただきありがとうございます。

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金曜日に定期更新です。

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