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第十三話 ナメクジ、みんなで帰る



 ナメクジは触覚にまとわりつくような甘ったるい匂いにため息をついた。

 そこいらに熟れすぎた果実が地面に落ちて潰れている。

 森の中は昼だというのに薄暗い。

 足元には湿った落ち葉が絨毯のように広がっていて、小動物の足跡のようなものがついている。

 落ち葉の上を歩く小鬼たちは、小動物の足跡に自分の足を重ねるように歩く。


「すごいねえ」

「そうなの?」

 

 音も足跡も残さない。

 肩の上に乗ったナメクジの素直な感嘆に、六本指君は首を傾げた。

 今日の先頭は六本指だ。

 ラグナが太鼓判を押して送り出したのも頷ける。


 昨日の夜半、お嬢が学校に飛び込んできた。

 目を擦りながら話を聞くに、この洞窟の近くに連合軍が駐屯地を作ったらしい。

 森の民はゲリラ戦で手一杯で、カチコミ人員をまとめるまで時間がかかるとのこと。

 お嬢は頭を下げると、そのまま気絶するように眠った。

 

 朝のミーティングでこの議題を掛けると、答えは速やかに出た。

 後手に回るメリットはない。

 今回の遠足の目的は『人間連合軍の駐屯地の確認』なのだ。


 六本指君が片手を上げて立ち止まった。

 ナメクジが振り返って触覚を振ると、鬱蒼とした木々の合間から手のひらが生えた。

 小鬼が三本、人間が一本。

 相変わらずナメクジには誰も見つけることはできない。

 娘ちゃんの潜伏能力も大したものだ。

 さすが森の民ってことか。

 

「ナメクジ様、多分近いよ」

「なるほど、どうするんだい?」

 

 六本指君が後方に戦闘待機のハンドサインを出した。

 

「上から見てみる」


 幹の太い木を選んだ六本指君はナメクジを肩に乗せたまま、スルスルと登って行く。

 ナメクジは下を見ないように軟体を縮こまらせた。

 多分十メートルはある。

 ラグナの肩より高いところは苦手なんだ。


「あったよ」


 恐々目を開けると、緑色の人差し指の方向に白い影が見えた。

 森の開けた場所にテントが点在して、何筋か白い煙が上がっている。

 昼飯でも作っているのだろうか。

 歩いている人影も見えた。

 毛皮も頭蓋骨も被っていない。

 間違いない、これは連合軍の駐屯地だ。

 

「お手柄だね」


 ナメクジがバランスを崩さないように、角の生えたツルツルの頭を撫でた。


「そうなの? まだなにもしてないよ」

 

 六本指君は息を細く吐き切ると、手をかざして駐屯地の方を見つめた。

 彼の呼吸が薄くなっている。

 集中しているんだ。

 かっこいいぞ、六本指君!

 ナメクジは教え子の凛々しい横顔に、高さを忘れて体を捩らせた。

 

「火は三、テント大が一、小が五、見張りが五、ピカピカ光ってるヤツ、騎士が一人いるかも」

「ふんふん」

「厳密じゃないけど最低四十、交代要員いれるなら五十くらい」

「へー!」

「見張りの配置は東西と南に一人ずつ、北に二人。北にお嬢たちがいるんだね。ニンゲンはそっち側から逃げてきたから警戒してるんだ」

「……」

 

 ナメクジは生徒の分析力に頭を揺らした。

 なんかこいつ、俺より賢くね?

 

「あれ見るだけでそんなにわかるの?」


 六本指君は首を傾げた。


「わかるよ。ナメクジ様の授業でやったところでしょ」


 ナメクジも首を傾げた。

 自分はそんなことを教えていない。


「いつも言ってるじゃん。相手の気持ちになって考えなさい、って」


 一を聞いて十を知るとはこういうヤツなのだろうか。

 指を立てて教えてくれる彼のおでこには、ナメクジ印の紋章が光っている。

 自分にはどれだけ考えても、軟体生物の使徒になるやつの気持ちがわからない。

 六本指君は、黙り込むナメクジを担いで木から滑り降りて行った。


 駐屯地から距離を取った一行は、情報共有を兼ねて小休止に入った。

 ナメクジは娘ちゃんが道中拾ってくれた芋虫を吸っている。


「誰かがこの情報とナメクジ様を学校まで届けたら、作戦は成功だよ」


 悪くない出来具合に小鬼たちはニコニコ頷いた。

 ラグナ不在の遠足に、彼らも緊張していたのだ。

 だが、ナメクジは触覚を伸ばしてバツマークを作った。


「違うね。みんなで帰るまでが遠足だよ」

「そうですね!」


 娘ちゃんが手を合わせながら相槌を打った。

 

「そうなの?」


 小鬼たちも、六本指君と一緒になって首を傾げた。

 名もなき小鬼ちゃんたちは個人の概念がとっても薄い。  『学校』や『村』のために生きている。

 自分が死んでも誰かが目的を達成すればいいと思っている。

 ナメクジは吐き出しかけた反吐を飲み込んだ。

 みんなには早く自立したホブゴブリンになって欲しい。

 なにかに命を捧げるのはそれからでも遅くないだろ。

 

「そうさ。君たちが死んだら俺はどう思うかな?」


 ナメクジの気持ちになって考えてくれ。

 全員の目をしっかり見て、ナメクジはウインクした。


「……悲しいと思う」


 六本指君が頬をかきながら呟いた。

 小鬼たちもソワソワしている。

 ナメクジは目を細めて、触覚で大きく丸を作った。


「シーッ!」


 娘ちゃんがぬかるんだ地面に耳をつけて目を瞑った。

 小鬼たちは音を立てずに装備の確認を始める。

 

「近いです。もうすぐ接敵します」


 六本指君が問いかけた。

 

「厳密には?」

「多分、六十秒後ですね」


 六本指君が弓を構えて大木に張り付いた。


「……フォーメーション」

 

 隊長が呟いた時には、全員すでに森に溶け込んでいた。

 俺の生徒に指示待ちヤロウは一人もいないんだ。


「プランBでいく……みんなで帰るよ」


 全員が頷いたような気配がした。

 ピッタリ六十秒後、連合軍の斥候が歩いてくるのが見えた。

 あれ? これって大丈夫なのか?

 ラグナですらいつも怪我をして帰ってくる。

 そんなことを今更思い出したのだ。

 ナメクジは自分が分泌した液体で溺れそうになった。


 後三歩も歩けば足元の茂みに小鬼君が隠れている。

 だが先頭の斥候兵は、足を止めて手を上げた。

 後ろから続く二人の兵士が、体を低くして剣を抜く。

 小鬼が危ない。

 ナメクジが悲鳴を飲み込んだ瞬間、木の上の小鬼君が枝を揺らした。


 斥候兵が上を向くのを見計らったように、飛び出した六本指君が矢を放つ。


「があっ!」

 

 露わになった喉元に鏃が吸い込まれた。

 茂みから飛び出した小鬼君が斥候兵の足の腱を切る。

 斥候兵が矢を持って膝をつくと同時に、兵士二人が飛び出してきた。


「くそっ!」

「ゴブリン如きが!」


 斥候兵の傍にいる小鬼に兵士二人が駆け寄ってくる。

 六本指君はまだ二の矢をつがえる途中だ。

 兵士の一人が剣を振り上げようとした瞬間、後ろに回っていた小鬼君が、錘のついた紐を投げた。

 ボーラだ。


「ぐうっ!?」

 

 兵士の一人の足元に紐が絡まり激しく転倒した。

 残りの兵士の一人は、もう振り返らなかった。

 ナイフの小鬼君を血走った目で睨みながら、剣を振り上げた。


「危ない!」


 ナメクジが触覚を向けて『解体光線』を撃とうしたその時には、すでに六本指君の二の矢が放たれていた。

 狙いを外すことなく、またも無防備な喉元に矢が刺さった。


「誰かたすけ――ガッ!?」


 転んでいた兵士は声を上げようとしたが、上から飛び降りてきた小鬼君のスタンプで、気を失った。

 ナメクジが焦ってなにもできない間に、無力化は完了した。

 

「鮮やかですね。森の民の精鋭並みです」


 別の木の影から現れた娘ちゃんが、縄で兵士を縛り始めた。

 ナメクジは頭が真っ白のまま頷いた。

 手出しするのか、しないのか。

 気づかないまま、またフニャフニャしていたんだ。

 自分の触覚が震えているのが見える。

 

「すごいよね、どこで習ったんだか」


 肩の上で他人事のようなことを言うナメクジに、六本指君は首を傾げた。

 学校に帰るまでの道中、別の斥候隊との遭遇戦があった。

 かすり傷はあったが、六本指君たちは死者を出さずに見事に勝利を収めた。

 ナメクジも娘ちゃんもなにもしていない。

 ――森の中なら誰にも負けない。

 お嬢の言う通りだった。

 俺の生徒は強い。


 日暮前、学校にたどり着いてラグナの肩に乗ったナメクジを、六本指君がツンツンと突いた。


「どうしたの?」

「……初めて僕たちだけで遠足できたよ」


 小鬼たちが肩を丸めて指をいじっている。


「あっ!」


 ナメクジは六本指君たちの中に飛び込んで、みんなを思いっきり撫で回した。

 相手の気持ちになってなかったのだ。


「みんな偉いぞー!」

「やったー!」


 グラウンドはすぐにお祭り騒ぎになった。

 みんなで焚き火を囲んで踊った。

 いつもキリリとした六本指君が子供のように笑っている。

 小鬼たちは飛び回りながらも、火のはぜる音に反応してナイフに手を伸ばしそうになっていた。

 まったく、職業軍人じゃねぇんだから。

 

 ナメクジがぼーっと小鬼たちを眺めていると、横に腰掛けたラグナが背中を撫でてくれた。

 子供が育って悲しむって変だよな。

 ナメクジは込み上げてくるものを押し戻すように、コウモリをすすり上げた。



読んでいただきありがとうございます。

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金曜日に定期更新です。

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