第十二話 ナメクジ、教師を雇う
大体の悩みはいっぱい寝たら解決する。
人生なんてそんなもんだ。
ナメクジが寝わらの上で目を覚ますと、目の前には可愛い小鬼ちゃんたちではなく、中年のおじさんが眠っていた。
現実なんてそんなもんだ。
カイゼル髭が萎れかけたが、ナメクジは思い切り顔を振った。
遠心力で触覚がペンペンとこめかみに当たる。
ここでゴブリンのための学校をやるんだろ?
ナメクジはお供えの洞窟コウモリを、頬がへこむほど吸い上げた。
先日六本指君に厳密に数えてもらったところ、生徒ゴブリンは四十匹いた。
ナメクジからすると、生徒は多い分にはいくら多くてもいい。
ただ授業を受ける子たちからすると、どうなんだろう。
岩壁に掛かった黒板をぺたりと撫でる。
下に合わせるか上に合わせるか、もう今のやり方に限界が来ていたのだ。
ここに来た小鬼たちを立派なホブゴブリンにしてあげたい。
でも、もう俺とラグナだけじゃ回らないんだ。
誰かに手伝ってもらうしかない。
ナメクジが振り返るとシャーマン親子が大きめの石を挟んで正座で座っていた。
しゃぶっていた焼きコウモリの骨を口から出して、手を合わせて頭を下げている。
こいつらもご馳走様やるんだな。
サングノインに感謝でもしてるのか。
「おはよー」
糸を引きながら近づくと、二人は頭を下げながら、両手で作った三角を頭に掲げた。
蛮族の挨拶かな。
ナメクジも触覚で三角を作ってお返しすると、顔を上げた二人がくすくすと笑った。
何笑ってんだオラッ。
ナメクジは外国人観光客に笑われた気分になり、触覚を鋭く伸ばした。
「これなんなのよ?」
「父と考えたナメクジ教の挨拶です!」
「すみません。麗しい触覚までは再現が難しく……」
「これ禁止ね」
「えっ」
人の信仰に口出しはできないが、信仰される側にだって権利はあるはずだ。
そもそも何を笑っているのだ。
クリスチャンは、キリストさまがジーザスって言ったら笑うのかね?
いや、もっと言うと自分はただの導師ナメクジだ。
説教しようと肩をいからせていると、洞窟の奥から朝食を食べ終わった小鬼たちが走ってくる。
「お、みんなおはよー!」
「おはよーございまーす」
ナメクジが校門の先生のように声をかけると、笑顔の小鬼たちが手で三角を作りながら、外へ駆け出していった。
大きくため息をついた。
子どもの流行を大人に止めることはできないんだ。
「ここの暮らしは慣れたかい?」
お嬢のちりゃくが炸裂してから、はや一ヶ月が経っている。
「はい、毎日楽しいです。ゴブリンちゃんたちにも良くしてもらっています」
娘ちゃんが笑うと、肩にかかっていた黒髪がサラサラと流れた。
以前、なにか特別なことやってるの?と聞くと、ナメクジのヒゲで実践的にケアの仕方を教えてくれた。
巫女にとって髪は命らしい。
「おやっさんはどうなの?」
「ありがたい毎日でございます」
おやっさんの方は目尻に皺を作って頭を下げた。
ナメクジはお尻の辺りを震わせた。
あまりに普通のおじさんなもので、父兄さんに仕事を見られているようでむず痒いのだ。
ちなみにお嬢はここには残らなかった。
交渉が終わるなり、シャーマンおじさんに戦化粧をしてもらうと、目をバキバキにして森に飛び込んでいった。
二人の視線がナメクジに向いている。
ご用件はなんですか?ってことだよな。
ナメクジは軟体から液体を分泌しながら触覚をすりあわせた。
自分は人にモノを頼むのが苦手かもしれない。
「二人とも、なんかできることある?」
バカみたいな聞き方だなと思ったが、二人は簡潔に回答してくれた。
「簡単な計算と人間文字ができます」
「森の恵みで薬を作れます」
うん、いいじゃないの。
頷いていると、横で聞いていたのか六本指君がおやっさんに話しかけた。
「おやっさん、文字わかるの?」
「大陸文字ならバッチリですよ」
「ふ、ふーん」
六本指君は自分が聞いたというのに連れなく鼻を鳴らすと、どこかに歩いていった。
ナメクジがぼーっと小さな背中を見つめていると、おやっさんがしみじみと言った。
「いい子ですねえ」
「……そうだろ?」
六本指君の寝わらには、鹵獲品の人間の本が隠してある。
二人に向き直ったナメクジは、触覚二本を地面について頭を下げた。
「ウチで教師やってください」
自分はなにをヌメヌメしていたのだろうか。
生徒に気を遣われてるじゃないの。
苦手だろうがなんだろうが、目的の前には関係ない。
俺はアポストル・スラッグ、生徒の使徒。
尽くすために尽くすのだ。
小鬼たちが何事かと近寄ってきた。
恥ずかしいけど関係ないね!
ナメクジは鼻息荒く伸び縮みした。
「お受けするにあたって、お願いがございます――ぐふっ!」
「このバチ当たり!」
鈍い音に顔を上げると、おやっさんがお腹を押さえてうずくまっていた。
娘ちゃんが右手を振り抜いている。
美しいボディフックのフォロースルーだ。
彼女は『戦巫女』といって、突撃兵より先に突撃する職業についているらしい。
「こ、これだけ認めてください」
おやっさんが震える左手で角を作った。
彼はオトシマエをつけたので右手がない。
「あっ! お父さんごめんね」
娘がおやっさんの左手に、自分の右手をくっつけた。
歪な親子の三角形がナメクジに突きつけられた。
「娘と頑張って考えたんです」
「ナメクジ様、おやっさんがんばったらしいよ」
「そうらしいね」
六本指君が辿々しく援護射撃をした。
どこかで伺っていたらしい。
そんなに人間の本が読みたいのかい?
ナメクジは生徒のいじらしさに触覚を揺らした。
いつも頑張ってるからご褒美あげなきゃな。
ナメクジが触覚で二人の三角形に触ると、額の紋章がピカピカ輝いた。
「取引成立ってことか」
六本指君が飛び跳ねながらグラウンドに走って行った。
こいつらを立派なホブゴブリンにする。
今更だけど、フニャフニャした目標だなあ。
欲を言えば、どんなホブゴブリンになるか、なにができるホブゴブリンになるか、そこまで選ばせてあげたい。
小鬼たちが二人の方に駆け寄ってハイタッチしている。
ナメクジは触覚を組んで唸った。
自分が知らないだけで、二人は小鬼たちと悪くない関係を作っていた。
夕方頃になるとラグナたちが遠足から帰ってきた。
ラグナの全身には細かな傷がたくさんついていた。
いつも帰ってきたら泥のように眠っている。
「ラグナ、教師が二人増えたぞ。君の負担も減らせる」
「そうですか」
ラグナはいつものように頷いた。
西陽で顔色は伺えない。
ナメクジは娘ちゃんに持ってもらい、ラグナと目を合わせた。
「お前なんて顔してんだ」
ナメクジは思わず吹き出した。
ラグナは唇を噛んで、娘ちゃんを睨みつけていた。
ナメクジはラグナの肩に乗っておでこを撫でた。
「立派なホブゴブリンになるんだろ?」
ラグナは首を振った。
「でも、俺が一番ナメクジ様にお役に立ちたいです」
「ありがとう。でもそれはダメだよラグナ」
ナメクジはラグナの立派な二本の角を掴んで、頭に飛び乗った。
グラウンドに集まった小鬼たちにも聞こえるように声を張り上げる。
「君たちは君たちのために頑張るんだよ!」
小鬼たちはわかっているのか、いないのか、笑って手を上げている。
ナメクジは小さい囁いた。
「これからも一緒に頑張ってほしい。仲間は増えたけど俺の相棒はお前なんだ」
「……」
「ナメクジ印の……と、友達だろ?」
「……はい!」
ラグナは声を震わせて頷いた。
その日は久しぶりにラグナのお腹の上で寝た。
あくる朝、ラグナとシャーマン親子、みんなで朝飯を食った。
ラグナが早起きして二人のために取ってきたらしい。
ナメクジたちはそのまま朝のミーティングを始めたのだった。
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