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第十一話 ナメクジ、ちりゃくを採点する



 さっき作ったばかりの寝床に人間が座っている。

 こんなことになるなら先に牢屋を作っておけば良かった。

 ナメクジがわざと聞こえるように舌打ちをすると、お嬢だけが肩を跳ね上げた。

 ふーん、こいつだけ覚悟が決まってないな。

 

 人間たちの装備は全て『解体光線』で剥ぎ取った。

 小鬼たちが狼の毛皮を、両手で頭上に掲げて走り回っている。

 武士の情けで下着だけは残してやっているが、本当ならとっとと外に放り出したいところだ。


「それで用件はなんなんだ?」


 ナメクジの問いかけに、シャーマン親子がお嬢に目をやった。

 代表者はお嬢のようだ。

 やっぱり族長の娘はシャーマンよりも偉いのか。

 なるほどね。


「交易だよ先生。取引させてくれ」


 お嬢が下着丸出しで胡座をかいて、両手を横に広げた。


「うーん」

 

 こいつらと取引する気なんてサラサラない。

 そもそもこっちに出せるものなんて洞窟コウモリくらいなのだ。

 だが、こいつらが何を欲しがっているのかは気になった。


「何と何をだよ?」

 

 お嬢はナイフを構えるラグナの目を見ながら、ゆっくり立ち上がった。

 そしてシャーマンおじさんの肩に手を置いてナメクジの方に押した。

 

「これを先生にあげるから」


 おじさんが押されたままに頭を下げた。

 ナメクジは肉触覚で手のひらを作ってNO!を表明した。

 

「うん、いらないけど。それでウチはなにを出せばいいの?」

 

 次にお嬢はシャーマン娘の肩に手を置いて、ウインクした。


「この娘を先生の弟子にしてくれ」


 女の子が頭を下げると、豊かな黒髪が前に流れた。

 塾の月謝がおじさんってこと?

 よくわからん。

 

 ――弟子ねえ。

 ふとナメクジの導師EYEが、ラグナのナイフを握る手に、力が入る瞬間を捉えた。

 あの純粋だったゴブリン君も、知恵がつけば嫉妬も生まれるってもんか。

 ナメクジは、息子のエロ本を見つけた時のオカンのように生暖かい気持ちになった。


 お嬢に目をやると、手を組んで目を強く瞑っている。

 宝くじ当選でも願っているのだろうか。

 一応聞いてみたが、まあとにかく論外だな。

 ため息一つして口を開いた。


「こっちにメリットがまるでない。帰ってくれ。その前にナメクジ印のお友達になってもらうけどな」


 こいつらはこの拠点まで来てしまった。

 この場所を口外できないように眷属になってもらう。

 触覚を光らせて人間たちに近づくと、頭を下げたままのシャーマンおじさんが言った。


「ナメクジ様、私は間に合ってます」


 おじさんは左の手で肩ほどに伸びた自分の髪をたくし上げた。

 露わになった首の後ろには、正三角形の、触覚の生えた紋章が光っている。

 なあにこれ?


「あっ、ご同門でしたか」

「いえ、神使様を前に滅相もない。ほんの駆け出しでございます」


 ラグナとおじさんに急にフレンドリーになった。

 小鬼たちも駆け寄ってきて指を咥えている。

 

「ニンゲンいいなー」

「おれもほしい」

 

 小鬼たちはそう言うが、俺はこの事態を指を咥えてみているわけにはいかない。

 ナメクジは『論理』君にお願いして、自称お友達のステータスを確認した。


 ――アポストル・シャーマン Level43

 主との間に制約など必要ない。背教者の暗闇は開かれた。女神とナメクジ、二つの信仰は秤の上で均衡を保っている。

 『コラプション』『ブラッドカース』『信仰教導』『蛞蝓信仰』


 軟体が波打って気泡が沸き上がった。

 気絶しそう。


「お嬢! なんだこれ、おたくのシャーマンどうなってんだよ気持ち悪りぃ!」


 ラグナはともかく、なんで説教しただけでナメクジのファンボーイになってんだ。

 誰にも本気で怒ってもらった事がなかった、とかか?

 こんな簡単に信者が増えてたら、導師なんて怖くてやってられんわ。

 ナメクジが責任者を睨みつけると、お嬢は目を瞑って首を振った。

 

「先生にケツを叩かれた後、ウチら色々あったんだよ」

「聞いていただけますか? ナメクジ様」

 

 シャーマン娘がお嬢を引き継いだ。

 なんか喋り出しそうだ。

 色々あった話はもう『論理』君が聞いてくれ。


 不貞腐れたナメクジは、地面に転がるドラゴンの頭蓋骨に逃げ込んだ。

 学校作り頑張ろうと思ってたのに、なんでトラブルばっかり起こるんだ。


「語るも涙、語らぬも涙のお話でございます」


 シャーマン娘が正座した自分の太ももをパチンと叩いた。

 ドラゴンの眼窩から触覚目を伸ばすと、小鬼たちが寝床を囲んで体育座りしていた。


 ※


 パチン!

 触覚を垂らして揺れていたナメクジがハッと顔を上げた。

 

「そ、その時初めて……お、お父さんの手から『コラプション』が出たんです!」

 

 シャーマン娘は顔を覆ってさめざめ泣いていた。

 親父は娘の背中を優しくさすっている。

 皺が入ったその目端には、キラリ光るものがある。

 

「あの時ナメクジ様に、蒙を開いていただいたおかげです」


 身を正した親子が二人でナメクジに深々とお辞儀をした。

 ナメクジと目が合ったお嬢が、わかりやすく目を伏せる。

 どうやら今のがこの長話のクライマックスらしい。

 行儀のいい小鬼たちがまばらに拍手を送った。

 

「要は友達がいないから仲良くしたいってことね」


 『論理』君に流れを聞いたナメクジが雑に総括すると、人間たちが頷いた。


 お嬢たちが家に帰った翌日、蛮族どもは人間連合軍の駐屯地に謝りに行った。

 外交官も兼ねているシャーマンおじさんは、ナメクジの説教で背筋が伸びていた。

 これをお納めください!と手斧で右手を落として、指揮官殿に献上した。

 いわゆるオトシマエだ。

 だが、それで終わる話ではなかった。

 

 指揮官殿はおじさんの右手に唾を吐いて、部下たちにサッカーをやらせた。

 ブチギレたお嬢が指揮官の頭を斬り落として、連合兵士たちにシュート!

 いわゆるコウショウケツレツだ。

 今も森で連合軍とゲリラ戦の真っ只中らしい。


「ふーん、やるじゃないの」

「だろ? 久々に父ちゃんに褒められたぜ」


 お嬢が指で鼻の下をこすっている。

 取引はともかく、こいつらなりにやることはやったんだな。

 腰抜けシャーマンおじさんは裏切りを謝ったし、落とし前もつけた。

 お嬢も仲間の名誉のために手斧を振るった。

 人間がやることをやったんなら、後は女神のみぞ知るところだろう。

 

「で、なんでそれが弟子取りの話になるのよ。別に小競り合いの手助けをして欲しいわけじゃないんだろ?」


 お嬢は我が意を得たとばかりに歯を見せて笑った。

 原住民が密林で、石の街で暮らしている連中に負けるわけがないのだ。

 お嬢は行儀良く正座をして、真っ直ぐにナメクジに向き合った。


「ごめんよ先生、取引は半分終わってんだ。この親子の話は、私たち森の民の用件とは別さ」


 ナメクジは首を傾げた。

 お嬢はラグナと小鬼たちに目をやった。


「私は連合軍と魔王軍の正規部隊、両方とやり合ったことがあるけど、この森では先生のゴブリン部隊の方が強い。そこのホブに至っては私では測れないよ」


 へーそうなんだ! うちの子つよいんだ!

 ナメクジの体がゆでダコのように赤くなった。

 

「森の民はもう人間軍にも魔王軍にも従わない。好きなようにやる。この森で私たちに勝てる奴なんていないんだ。あんたたち以外はね」


 お嬢の目が猫のように細まった。

 これはいっぱい食わされたのかも。

 

「――お前ら、わざと捕まったな?」

「仲良くしたいんだよ先生。ナメクジ印をもらって帰るのが私の本命なの」


 どうやらラグナの判断ミスじゃない。

 俺の指示がフニャフニャしてたんだ。

 お嬢は甘ちゃんナメクジの柔らかいところを突いた。

 どうせ殺されないんだから、と案内付きで乗り込んできた。

 

「ナメクジ様、他意はございません。本当に仲良くしたいだけなのです。必要ならばサングノイン様に証を立てます」


 シャーマンおじさんが事もなさげに言った。

 娘もニッコリ頷いている。

 こいつらは邪神を呼ぶためのお供物なのだ。


 小鬼たちがこちらをじっと見ている。

 ナメクジは肩をすくめて息を吐いた。

 本当に友達になりに来ただけってことなんだ。

 じゃあ仲良くしないと生徒たちに示しがつかないね。


「どうよ先生、私のちりゃくは?」


 ラ行が苦手なお嬢が、答案用紙を出した子供のようにこちらを伺っている。

 ナメクジは導師として仕事をすることにした。

 

 ・森の民の自立を考える責任感 ◯

 ・わざと捕まった胆力 ◯

 ・ウチのゴブリンたちへの評価 ◎


「100点をあげよう。ナメクジ印はあげられないけどね」


 仲良くするのに邪神も証明も必要ない。

 ナメクジは学校に留学生を迎え入れた。

 


読んでいただきありがとうございます。

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金曜日に定期更新です。

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