第十話 ナメクジ、現実を見る
「ナメクジ様、みんな来てますよ」
「嘘つくんじゃねえ、俺は知ってんだ。みんな来ないんだ」
現実なんて見たくない。
俺はカタツムリなら引きこもってやったのに。
「おはようございます!」
ラグナが目を引っ込めたナメクジを教壇に置くと、小鬼たちから元気な挨拶が上がった。
恐る恐る目を開くと、いつも以上の数の小鬼が体育座りしている。
「ラ、ラグナ、みんないるぞ!」
「はい、もちろんです」
「みんな、おはよー!」
髭が潤っていくのを感じる。
よかった、みんな怖がらずに来てくれたんだ。
「今日も頑張ろーっ!」
ナメクジは目をへの字にして踊った。
ラグナは生意気にも微笑みながらこちらを見ている。
まあ心配をかけたんだ、申し訳ない。
そういえば、洞窟の入り口から暖かな日の光が差し込んでいた。
今日はこんなにいい天気だったのか。
太陽さんいつもありがとね。
ナメクジは教壇の上から改めて生徒たちの顔を見回して、髭を揺らしながら頷いた。
「授業を始めまーす」
ホブじゃないので名前こそつけないが、みんなそれぞれ個性があって可愛い。
六本指の彼なんかは、指が多いので数えるのが得意なのだ。
これで見分けがつかないなどと言うヤツの気が知れない。
ふと、ナメクジに違和感があった。
生徒の顔を見ると、いつもの面々に加えて新顔が何人もいる。
教壇の前の小鬼たちはギュウギュウに座っている。
なんか、多くねえか?
ナメクジは六本指の彼に聞いた。
「今何匹いるでしょうか?」
六本指は賢いので厳密に答えてくれた。
「ナメクジ様とラグナはべつで、二十五匹です!」
「正解です、みんな拍手」
ニューフェイスたちの将来の夢は、おおむね魔王軍に入ることだった。
発表するたびに洞窟にいつも以上の破裂音が響き、コウモリが外に飛び去っていく。
狂信者たちから助けたのは二十匹で、今はここに二十五匹いる。
ナメクジは体を少し震わせて、ラグナを見た。
彼は肩を上げたり下げたり回したり、鼻息を荒くしている。
立派なホブゴブリンの兄貴として気合が入っている。
それはいいんだけど、村ではどんな話になっているのだろうか。
――こりゃあ近々、揉めるかもなあ。
いつの間にか太陽が雲で陰っている。
洞窟は薄暗くなっていた。
ナメクジは張り切る一番弟子を見て、胸が痛んだ。
授業が終わったらお話しだな。
※
「揉めないと思いますよ」
「あっ揉めないんだ!」
揉めないらしい。
日の光は雲の陰を消し飛ばすように、洞窟にくっきりと差し込んでいる。
「村ではみんな腹を空かしてるんです」
ラグナが洞窟の外を見ながら腹をさすった。
金色のまつ毛が影を落としている。
絵になるホブゴブリンだな、ムカつくわ。
ラグナは成長してスカしてると言っても、基本的にはおしゃべりだ。
心配事が杞憂に終わったナメクジは、髭を整えながら聞き流した。
気がつけば外から西陽が差していた。
「と、そういうわけなんですよ」
終わったようだ。
ラグナがこちらを見ている。
ナメクジは触覚で頬を叩いて、しっかりと頷いた。
『論理』君、要点を頼む。
・ゴブリンは男は狩り、女は植物採集をしている。
・だが定住気味で周囲の資源が枯渇しやすい。
加えて子沢山で、慢性的にちょっと飢餓。
・村にとって良いゴブリンは、外に出て自立しているゴブリン。
ここの小鬼たちは実地演習で腹一杯にして帰らせている。
向こうからしたら、食い扶持が減って助かっているのか。
とにかく『論理』君のまとめを聞いて、ナメクジは大きく頷いた。
じゃあジジイになってもあの村にしがみついている老ぼれゴブリンは、やっぱり悪いゴブリンなんだ。
なんだか色々スッキリした。
今夜はいい夢が見れそうだった。
ラグナと洞窟の入り口近くの寝床に向かうと、小鬼たちが十匹程度、団子になって眠っていた。
ナメクジたちの寝わらは使わずに、冷たい地面にそのまま寝そべっている。
「村を出たんでしょうね」
ここから追い出したところで、もうあの村に帰る場所はないんだろうな。
ナメクジは滝の下で一人死にかけていたゴブリンを思い出して、ない鼻をすすった。
「独り立ちしたんなら、良いゴブリンだな」
自分たちも寝ることにした。
ここの夜は冷えるので、フレッシュ・シールドを肉布団にして掛けてあげた。
翌朝、小鬼たちの悲鳴で目が覚めた。
寝起きでシャキッとしない軟体を縦に伸ばしていると、ラグナが嬉しそうに言った。
「昨日はうなされてませんでしたね」
「うん。夢は見なかったよ」
小鬼たちが天井に小石を投げてコウモリを狙っている。
こちらに気づくと手を振ってきた。
自分で朝ごはんを用意してて偉いぞ。
ナメクジは足元の水たまりで、博士帽のカラとカイゼル髭を綺麗に整えた。
ゴブリンに囲まれたナメクジの先生。
これが自分の現実なんだ。
「ラグナ、今日からもっと忙しくなるぞ」
「はい!」
ラグナが白い歯を輝かせながら敬礼をした。
ここをゴブリンの学校にして、みんなを立派なホブゴブリンにする。
化け物の神さま、頑張るから見ててくれ。
ナメクジが触覚を合わせて頭を下げると、秤の紋章が熱を持った気がした。
ごめんね、あんたじゃないんだよ。
洞窟は朝から騒がしい。
コウモリが朝日に向かって飛び出して行った。
※
「完成だー!」
小鬼たちが一斉に寝わらに飛び込んだ。
みんなぐるぐる寝転がって遊んでいる。
ナメクジが大きくした肉触覚で押してみると、微かな反発力を感じた。
寝わらの下は、木の枝を三段ほど組んで土台にしている。
これなら冷えもマシになるはずだ。
村から出たゴブリンたちがここにやってくるなら、学校は全寮制になる。
また小鬼が増えたら寝床を増やそう。
ナメクジは小鬼に頼んで洞窟の外に出た。
少し開けた広場で小鬼が走り回っている。
見上げれば太陽は真上にあり、ナメクジのネバネバの脳天を乾かしてきた。
いい時間だな、そろそろ帰ってくるはず。
ナメクジが小鬼たちのチャンバラを眺めていると、森の奥から声が聞こえた。
「フォーメーション!」
六本指の小鬼が甲高い声で号令をかけると、遊んでいた小鬼たちがナメクジを中心に隊形を組んだ。
木々の上から投石器を回す音がする。
少しして現れたのは、結局ラグナたちの班だった。
外敵駆除の遠足に向かわせていたのだ。
だが六本指たちはまだ警戒を解いていない。
俺たちだけの秘密のサインをしない限り、油断はしない。
ラグナ不在時のリーダーは六本指だ。
後でみんなに100点をあげよう。
ラグナの顔色が悪い。
眉を顰めてナメクジの足元辺りを見ている。
なんだ、はっきり言えよ。
嫌なニュースは聞きたくないぜ。
「どうしたラグナ」
「すみません、判断ができませんでした」
頭を下げたラグナの後ろから、ぞろぞろと小鬼たちも現れる。
みんな無事だが、どこか目が泳いでいる。
「おお、みんないるじゃないの。だったらいいじゃない」
ナメクジが胸を撫で下ろしていると、近づいてきたラグナがロープを渡してきた。
「なあにこれ?」
ロープは茂みの奥に続いている。
ナメクジがクイっと引っ張ると、両手を縛られた人間の女がつんのめって現れた。
「よ、よう先生。遊びに来たぜ」
蛮族女――お嬢だ。
性懲りもなくなにしに来やがった!
ナメクジの目が三角になったが、両手を縛ったロープはまだ続いている。
もう一度引っ張ると、お嬢が転んで、ドクロのネックレスを揺らしながら男が現れた。
「ナメクジ様! お会いしとうございましたあ!」
俺はお会いしたくなかった。
シャーマンおじさんだ。
手ではなく首を縛られており、縄が擦れて血が垂れている。
なんで首なんだ。
そう思ってよく見ると右手の手首がない。
何があったんだよ。
そしてロープはまだ続いている。
「ナメクジ様、愚かな父を導いて下さりありがとうございます」
また人間の女だ。
ロープを気にせず勝手に歩いてきてナメクジに跪いた。
後ろで親父の首が極まっている。
ラグナ班の小鬼はしっかり女にナイフを当て続けている。
人間の子と違って、ウチの子たちは賢いねえ。
女はワニだかドラゴンだかの頭蓋骨を被っていた。
シャーマンおじさんの娘かなんかか?
もうどうでもいいわ。
「なんだ、後は? もう終わりか?」
「はい、殺して良いものかどうかわからずに。申し訳ありません」
「謝らないでいいのよ。俺にも分からん」
ナメクジは触覚を伸ばしてロープのように捻った。
一人ならいざ知らず三人。
頼れる『論理』君もオーバーヒートしている。
あっ、そういえば寝床が整ったんだった。
「ちょっと横になるわ」
洞窟に向かうナメクジを、四つん這いになったラグナが両手で囲うように引き留めた。
まだ夢は見れそうになかった。
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