森田藍子さんの場合-4
「森田さん、お茶を入れて下さる?」
「森田さん、由梨絵様がおっしゃったのはこのお茶じゃなくてよ?」
「森田さん、各クラスに配るプリント、持っていってくださる?」
「森田さん、千春様はカフェインが苦手なのよ?」
「森田さん、3年生からプリントを持って来た子が感じ悪いって苦情が来ててよ?」
「森田さん、お茶、薄いわ。入れなおして」
「森田さん、あなた、クラスでちゃんとしてて?生徒会に出入りしてるのに、て言われたわ」
「森田さん、なんだかやつれててよ?大丈夫?ちょっと、その、フフ…みすぼらしいわ」
森田さん、森田さん、森田さん、森田さん、森田さん、森田さん、……
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かちゃり、といや、もう少し強めにかちゃん、とソーサーにカップを会長が置いた。
それだけで私はビクリと身体を震わせる。
「森田さん」
会長の声はいつだって柔らかい。でもどこか責めているような響きを感じて私の身体は強張ってしまう。
「今日のお茶、とっても美味しいわ」
そんな風に褒められて、少し安心する。
これで少しは私も認められたのだろうか。名前を呼んで貰えるだろうか。
「でもね」
ああ、やっぱり。
私は責められる。
申し訳ありません、と言えば私は許されるのだろうか。
いや、そもそも何故私は同じ学校の上級生とはいえ、学生にそこまで謙らなければいけないのだろうか。ぐ、と唇をかみ締める。
幼稚園に通っていたころから、よく頭が良くて責任感のある子、と褒められていた。出来ない子がいれば、助けてあげたし、先生が何か言うたびに大きな声ではしゃぐ男の子を注意したりもしていた。その度に、先生は「あいちゃんは頼りになるね」と言ってくれたものだ。
地元の小学校に上がり、学級委員長を選ぶ時だって、私が立候補しなくても、友達の誰かが「藍ちゃんが良いと思います」と推薦して、多くの票が私に集まって決まるのが当たり前だった。
私は積極的に委員長になりたいわけじゃなかったけど、それでクラスが纏まるのは良いことだと思ったし、グループの子は凄いね、と言ってくれたし、先生だって親だって褒めてくれた。
高学年や中学校で派手な子たちや男子から「真面目ちゃん」と揶揄われることもあったけど、基本的にはみんな私に好意的だったように思う。
そう、私はみんなと上手くやっていたのだ、中学校までは。
自分のつま先を見下ろしていても、聞こえよがしに会長がため息をつくのが判る。
「あのね、わたし疑問なんだけど」
息が上手く吐けない。会長の声が耳を滑る。
「どうして、あなた、まだここにいるの?」
そこからの記憶は無い。
気が付いたら、私は自宅に居た。
父と母が心配そうに
「いじめられているなんて知らなかった。どうして話してくれなかったんだ」
というようなことを言っていた、と思う。
無難に馨ヶ丘に通っているだけで良かった、とか、そんなに無理して目立つことをする必要はなかった、とか、何でそんなことをしたのか、とか。
「ごめんなさい。でも、少し一人にして」
ようやくそれだけの言葉を搾り出して、私はまたベッドに倒れこんだ。




