森田藍子さんの場合-2 山岡仁恵
担任の先生です
少女たちのお喋りが教室から溢れ、廊下はざわついている。
暖かい春の陽射しを感じながら、山岡仁恵は担任を持つ教室を目指す。
女子校特有の喧騒を心地よく耳にしながら、ゆっくりと歩く。
中等部からこの学園に入学し、大学卒業までの十年を過ごした。途中結婚、出産と休暇をとることはあったが、母校で教鞭をとるようになって既に20年が経とうとしている。
両親からたっぷりと金と愛情をかけられた少女たちは、それぞれに個性はあるが、屈託なく成長する。
勿論内向的な生徒は居る。が、一貫校という環境が彼女達に親しい友人を作る時間を他所より長く与えてくれるのだ。
女子校特有の小さな諍いや意地悪はあるが、目に余るほどの虐めには発展せず、それも時間が解決してくれることが多い。
極稀に、校風から逸脱するような言動があった生徒には退学が言い渡されることもあるらしいが、少なくとも仁恵の接した生徒達にそのような処分を受けた者はいなかった。
一年B組の扉で小さく深呼吸すると、扉を開く。
教師の登場に、お喋りに興じていた少女たちがぱらぱらと席に着く。
仁恵は柔らかい笑みを浮かべたまま、黒板に丁寧に氏名を書いた。
「知っている方も多いと思いますが、このクラスの担任になりました。山岡です」
ひとえちゃーん、と教室の後方から声が上がると、生徒達の間にくすくすと笑いが広がる。
仁恵がにっこり笑い、
「はい、ひとえちゃんですよー。」
と声を上げた生徒に手を振る。笑い声が高くなる。
教室は明るい雰囲気に包まれていた。
些か舐められている、と感じることもあるが、これで良い。育ちが良く甘え上手な生徒たちは、教師を上手に甘やかしてくれるからだ。
喧騒が落ち着くのを待って、仁恵はゆったりと自己紹介をするように指示を出した。
教室の右手前から氏名と趣味や部活、高校の抱負等、馴染みのメンバーであっても緊張感のある、新年度の自己紹介は毎年微笑ましい。
顔を強張らせているのは編入組の生徒だ。
各クラスに四名から五名振り分けられている生徒達が自己紹介を終える度、仁恵は緊張を解すように微笑みかけてやった。
彼らにも早くこの学園に馴染んでもらいたい、そう心から思い、丁寧に名簿を確認する。
「森田 藍です。他校から来ました。中学では生徒会長をしていました。高校でも生徒会に入りたいと思っています。よろしくお願いします。」
姿勢良く立った少女が自己紹介をすると、教室が一瞬静かになる。
ふいの静寂に視線を泳がせた少女と目が合い、仁恵は口を開いた。
「この学校の生徒会役員の選出法は少し変わっているかもしれないから……そうねぇ、生徒会に入るつもりの方いらっしゃる?」
ぱらぱらと、4、5名の生徒が手を挙げた。
その中に先程、ひとえちゃーん、と教室を笑わせていた少女の姿を認め、にっこりする。
「笹原さん、後で森田さんに生徒会の説明をしてさしあげて?」
ええ、私ですかぁ!?と素っ頓狂な声を上げ、再び周囲を笑わせると、少女は満足したのか
「わかりましたぁ。森田さん、後でねー。」
とひらひらと手を振った。
森田藍が会釈を返し、次の生徒が起立して自己紹介を始めた。




