第1話 魔女は今日も引きこもる
別作『引きこもり魔女の恋愛ゲーム』を読んでいただいた方は、11話からどうぞ。
キングストン魔法学校の入学式は、晴れやかな空の下、希望に満ちた新入生たちの笑顔で溢れていた。その中でもひときわ異彩を放っていたのが、一人の金髪ロングヘアーに赤目を持つ少女、シャルロッテ・バイセルハーズだった。
彼女は天才だった。まだ十代にも満たないうちから、魔法の才能を開花させ、その名を王国中に轟かせていた。宮廷魔法使いになるため、そして何より無実の罪で囚われた母親を救うために、彼女はこの超名門エリート校の門を叩いたのだ。
「フフン、今日から私の華々しい学園生活が始まるわ!」
自信満々で、学園デビューに胸を躍らせていた。たくさんの友達を作って、素敵な彼氏もできて、ウハウハな学園生活を送る。それが彼女の思い描く未来だった。
しかし、その夢は、あっけなく崩れ去った。
「ちょっと見てみろよ、あのデブ!」
「天才らしいけど、あの体型じゃあね」
すれ違う生徒たちの容赦ないひそひそ声が、シャルロッテの耳に突き刺さる。入学式が始まる前から、彼女は嘲笑の的になっていた。ストレスから過食に走り、肥満体型になってしまった彼女にとって、その言葉は鋭い刃物のように心を切り裂いた。
「嘘……!こんなはずじゃ……」
自信に満ち溢れていた心は、みるみるうちに冷え切っていく。彼女が求めていたのは、魔法の才能を認められ、温かく迎え入れられる場所だった。しかし、目の前の現実は、彼女の心を閉ざすには十分すぎるほど残酷だった。
入学式が始まる直前、シャルロッテは背を向けて走り出した。目指すは、学校の門。そして、彼女の唯一の居場所である、自宅の自室だった。
それから十日が過ぎた。 シャルロッテは、学校に行くことを拒み、自室に引きこもっていた。窓の外に見える青空も、鳥のさえずりも、彼女にとっては虚しい音にしか聞こえない。机の上には、魔法の教科書と、幼い頃から大切にしている人形が一つ。
「どうして……どうしてこんなことに……」
膝を抱え、涙を流す彼女は、もうかつての自信に満ちた天才魔女ではなかった。
しかし、その絶望の淵で、彼女の心に一つの希望が芽生える。それは、彼女の唯一の強み、人形使いの魔法だった。
「そうだわ……人形を……私を……!」
彼女の小指に、一本の赤い魔法の糸が結ばれた。その糸は、彼女の魔力と、未来の希望に満ちた決意を象徴するように、淡い光を放っている。
彼女の視線の先には、美しい少女の人形が置かれていた。金髪のロングヘアーに、燃えるような赤い瞳。すらりとした完璧な美貌を持つ、彼女の理想の姿を模した人形だ。
「よし……これで、私の華々しい学園生活、もう一度やり直してみせるわ!」
自室に引きこもったまま、外の世界と戦う。天才魔女が考え出した、とんでもない計画だった。
そして、その日の午後。 キングストン魔法学校の門が、静かに開かれた。 「シャルロッテ・バイセルハーズ失踪事件」として、生徒たちの間で噂になっていた少女が、すらりとした完璧な美貌をまとって、再びその姿を現したのだ。
彼女の姿は、以前の面影を一切感じさせないほど美しく、誰もが息をのんだ。
「はじめまして。シャルロッテ・バイセルハーズです」
それは、本物のシャルロッテではなく、彼女が魔力で命を吹き込んだ、完璧な分身だった。