第9話 決戦、裏切りの城内戦
夜の王城は、重い沈黙に包まれていた。
だが、その屋根の上でひとり、微笑んでいる少女がいた。
「また王女様のお部屋? ほんと、まっすぐすぎるよね……レオンくんって」
風に揺れる銀髪、眠たげな瞳。
けれど、その瞳の奥には冷たい光が宿っている。
「でも、私の方が先だったんだよ。覚えてないのかな? ふふ……忘れたなら、また教えてあげなきゃね」
彼女は指先で小さなナイフをくるりと回すと、まるで踊るように姿を消した。
月明かりの下、王都は静かに――そして確実に、狂い始めていた。
*
「やはり……ゼルガ侯か」
魔術学院保管庫で見つかった改ざん記録、そして王女暗殺未遂の魔道具の出所。
全てが、王国軍の実力者、ゼルガ・ヴェルディアを指していた。
表では王政を支える忠臣。だが裏では、魔術兵器の密輸と情報操作を行う貴族派の黒幕。
「……王女様が危ない」
俺は封鎖された地下通路を走っていた。
西棟の王女私室へと繋がる隠し通路――
王族しか知らないはずのルートを、ゼルガは利用している。
《封印構文、展開開始。起動ルーン書き換え、反転》
脳内に流れる“理解”を元に、構造を読み、魔力の封印を無力化していく。
あと数分遅れていたら、王女は――
*
「……来たか」
王女の私室には、黒衣の刺客たちが集っていた。
そして、その中心にいたのはゼルガ侯本人だった。
「姫殿下。おとなしく“静かに”消えていただきたかったが、やはり剣を抜かれるか」
「貴様ら如きに、王族の血を穢されてなるものか!」
エリシア王女は剣を構えていた。
王女としての誇りと覚悟が、彼女の背を支えている。
だが――人数差は圧倒的。
戦いは避けられない。
「……そこまでです」
部屋の壁を破り、俺は駆け込んだ。
「貴様、クロード……!」
ゼルガが歯ぎしりする。
「王女を狙うなら、俺が相手だ」
「貴様は黙って従っていればいいものを……“使える駒”として置いてやったというのに」
「悪いけど、俺は“命令される側”じゃない」
俺は空間転移術式を即時展開し、刺客たちの位置を封鎖。
動きを読み、剣を振るう前に“止める”。
魔法も、剣も、彼らの“行動そのもの”が読める。
「……なぜだ。なぜ、貴様のような村育ちが、そこまで……!」
「“理解”できるからです。あんたたちの、構造も、歪みも」
ゼルガの放った魔術が展開する前に、逆構文で魔力を封じる。
次の瞬間、俺の一撃がゼルガの剣を弾き飛ばす。
「終わりだ、ゼルガ」
「……っ、くそっ……!」
ゼルガ侯は拘束され、反逆罪として連行された。
*
事件の夜。
俺は一人、王城の塔に立っていた。
月が静かに照らしている。
そのとき、背後から気配が――
「……レオンくん」
振り向くと、そこにいたのは、銀髪の少女。
制服姿。眠たげな目。手には小さなナイフ。
「また、会えたね。今度はちゃんと……話せるよね?」
「……君は、誰だ?」
「えー、忘れちゃったの? レオンくんは昔、私に“助けられた”のに」
「……昔?」
「うん。でも、忘れててもいいよ。だってこれから、たくさん思い出作るから」
少女は、ナイフをぽんと胸の前で跳ねさせながら、無邪気に微笑む。
「……王女様と、あんまり仲良くしすぎないでね? ああいう人って、レオンくんを“縛る”から」
その言葉には、冷たい棘があった。
「じゃあまたね。今度はもっと、長く一緒にいられるといいなぁ」
そう言い残して、少女は闇に溶けていった。
彼女が、味方か敵か――
それすら、まだわからない。
だが、間違いなく“俺の過去”と繋がっている。
──世界は、俺の知らない場所で、まだまだ続いている。