第8話 貴族たちの陰謀
王城内に、緊急警報が響き渡ったのは夜明け前だった。
「王女殿下の居室で爆発!? 急げ、護衛を回せ!」
飛び交う叫び声。
騎士たちが廊下を駆け抜ける中、俺は別室で目を覚ました。
《魔力残留:爆裂系火属性魔術。時限発動型。結界突破を前提とした術式設計……これは“内部犯”だ》
遺跡以来、俺の頭は勝手に“読み解く”ようになっている。
王女の身に何かがあった――その確信だけで、俺は駆け出した。
*
幸い、エリシア王女に大きな怪我はなかった。
「寝る前に違和感を感じて、移動していたの。……私が部屋に戻っていたら、どうなっていたか」
淡々と話す彼女だが、その手は小さく震えていた。
「……やはり、貴族派の仕業だと?」
「おそらく。最近、私の動きを快く思っていない者が増えている。レオン、あなたの力も、彼らには“都合が悪い”のよ」
俺は黙ってうなずく。
王女を狙うことで、同時に“俺の排除”も狙った。
それは、まさしく“権力闘争”の匂いだった。
「……実は、あなたに見てほしいものがあるの」
彼女は机の引き出しから、1枚の“王城内備品管理リスト”を差し出した。
「これ、本来なら改ざんできないはずの書類なの。でも……魔道具の数が、明らかに合わない」
俺がそれを手に取った瞬間、視界に文字の“構造”が浮かび上がる。
《……構文矛盾。文字列の法則が不自然。魔導印刷ではなく、“手書きで模倣”されたニセ文書》
「偽物ですね。印字の“リズム”が違う」
「やっぱり……!」
エリシアは歯を食いしばった。
「これが証拠になれば、関与した貴族たちを――」
「証拠としては微妙です。精査を受ければ“ただの記録ミス”として処理される」
「……っ」
「でも、逆に利用できます」
「利用……?」
「彼らが“記録を操作した”ということは、操作の意図が必ずある。操作された“本命”の魔道具がどこに動いたかを探れば、黒幕を炙り出せます」
静かに語りながら、俺の中で冷たい思考が動いていく。
感情ではなく、“構造”として相手の意図を読み解く――
それが、俺の唯一の武器だ。
「……頼もしいわね、レオン」
エリシアが、ぽつりと呟いた。
「あなたがいてくれて、本当によかった」
その声に、わずかに熱が宿っていた。
だが、俺はそれに気づかぬふりをして、静かに立ち上がる。
「……調査を始めます。時間をください」
「ええ、お願い。あなたにしかできないことだもの」
*
その夜。
俺はひとり、魔術学院の裏手にある保管庫へと向かっていた。
手がかりとなる“本来あったはずの魔導具”の行方を探るためだ。
だが――そこで、奇妙な気配に出会った。
「……こんな時間に、一人でうろついて……もしかして、危ない人なんじゃない?」
声の主は、学院の制服を着た少女。
肩までの銀髪に、少し眠たげな瞳。
だが、瞳の奥にひどく冷たい光があった。
「……誰?」
「名前なんて、まだ教える必要ないかな? だって、“あなた”のこと、調べてからにしたいから」
彼女は無邪気な口調で笑った。
「だって、“あのとき逃がした”んだもん。今度はちゃんと、捕まえないとね――レオン=クロード」
血の気が引いた。
その口ぶりは、俺の過去……記憶にすらない“何か”を知っているようだった。
「また、会えてうれしいな。今度は、ちゃんと壊させて」
そう言って微笑む彼女の瞳は、まるで“ひとりだけの世界”を見ていた。
彼女が、これから俺の“日常”を壊していくことになるとは――
まだ、知らなかった。