第7話 魔物襲来、そして……
王都の東端、第三警戒区。
俺はそこで、魔力異常の調査任務に就いていた。
一見すると何の変哲もない森――だが、空気が重すぎる。
まるで、空そのものが魔力を含んでいるかのように。
《魔力圧=通常の3.2倍、熱反応・生体波形あり。……魔物、確定》
それは、考えるよりも先に“理解”として脳に流れ込んでいた。
「来るな……」
次の瞬間、森を割るような音と共に、巨大な影が現れる。
全長7メートルを超す黒い獣。
岩のような鱗と血のように赤い眼――《グレイ・フェング》。
中隊規模で討伐するはずのBランク魔物だった。
……だが、周囲に味方はいない。
王都からの援軍は間に合わず、民間人は避難途中。
俺が、ここで止めなきゃいけない。
「……いいだろう。やってみようじゃないか」
剣を抜く。けれど、戦うというより“詰め将棋”のつもりだった。
俺は魔獣の行動パターンを読み、わざと足音を残して誘導した。
森の湿地地帯――足場の悪い、かつ雷撃が拡散しやすい地形へ。
《読み取り完了。構造破壊可能》
「──《ショック・アーク》」
放ったのは一点集中の雷撃。
湿地の水分が魔力を伝導し、魔獣の脚部から内部へ――そして崩壊。
「……終わり、か」
俺は剣を納め、ゆっくりと倒れた魔物を見下ろした。
戦っていたというより、“読み切った”感覚。
周囲に誰もいないことが、かえって静寂を際立たせていた。
*
その夜、王城に呼び戻された。
「……魔獣を、たった一人で?」
報告を聞いたエリシア王女の目が、わずかに揺れる。
静かな応接室。照明は控えめで、外の月が差し込んでいた。
「お疲れ様。……無事で、よかったわ」
彼女の声は、王族としての威厳よりも、“一人の人間”としての安堵が込められていた。
「……俺は、ただ“できること”をやっただけです」
「あなたの“できること”が、他の誰よりも大きすぎるのよ」
エリシアは、ため息をついたあと、少しだけこちらへ身を乗り出す。
「……怖くないの? 自分が“普通じゃない”って」
「……正直、怖いですよ。でもそれ以上に、“知らないこと”が怖いんです」
「……ふふ。あなたらしい返しね」
そのとき、彼女の髪が、肩から滑り落ちる。
ふとした瞬間に見せる素の表情に、俺は目を奪われそうになった。
「……王女様」
「……エリシア、でいいわよ。今は、公務じゃないから」
そう言って微笑むその顔は、王族のそれではなかった。
ほんのわずかだけ、少女のように見えた。
──だけど。
それ以上、踏み込むのは違う。
俺は、そっと視線を逸らした。
「……ありがとうございます。けど、やっぱり俺は“王女様”と呼びます」
「……そう。なら、せめて“笑顔”だけは、忘れないでね」
エリシアは立ち上がると、背を向けて出口へ向かっていった。
その背中は、どこか――さびしそうで、でも誇り高くて。
彼女は王女だ。
俺は賢者の継承者。
そして、きっと――いつかすれ違う時が来る。
*
廊下の陰で、微笑む影があった。
「……へぇ。王女様に“手”を触れずに返すなんて、ちょっと興味湧いちゃうじゃない……レオン=クロード」
影の主は、銀髪の少女。だがその瞳は、夜のように深く、静かに燃えていた。
「今度こそ、逃がさないよ。あのときみたいに――」