第6話 王女の依頼
「レオン=クロード殿、陛下のご息女が謁見を希望されている。王城まで同行願いたい」
訓練場での一件から三日後、俺は正式に王城へ招かれることになった。
付き添いの騎士は終始丁寧な口調だったが、視線の奥にある“警戒”は隠せていない。
……俺の存在は、今や「国が無視できない特異点」になってしまったらしい。
王都の中心にそびえる王城は、白銀の石造りで荘厳な雰囲気を漂わせていた。
俺のような雑用上がりが足を踏み入れるには、あまりに場違いだ。
「失礼いたします。賢者の継承者、レオン=クロード殿をお連れしました」
案内されたのは、王城の一角にある謁見の間――だが、王がいる気配はない。
代わりに玉座の横、陽だまりの中に立っていたのは、一人の少女だった。
「ようこそ、レオン=クロード。初めまして。私はエリシア=リュクス=アルテミア。この国の第一王女よ」
光を帯びた銀髪に、深い蒼の瞳。
気品と聡明さを併せ持つ彼女は、まさに「王族の器」を感じさせた。
だが、なにより驚いたのは――
「あなたの周囲、“流れ”が穏やかね。見えるわ。魔力の巡りが自然すぎて、まるで大地と一体になってるみたい」
彼女が俺と同じように、“何か”を視ていることだった。
「……あなたも、見えるんですか?」
「ええ。私は“魔眼”の持ち主。視えるだけ。読めるあなたには敵わないけど」
エリシア王女は微笑みながら近づいてくる。
「本題に入るわね。あなたの力を、国家のために貸してほしい」
「国家の、ため……?」
彼女の顔から表情が消えた。
「この国は今、静かに蝕まれているの。外敵ではなく、内側から」
「……内側、とは?」
「貴族派と王権派の対立が激化しているの。王の影響力は弱まり、貴族たちが勝手に法をねじ曲げているわ。特に、“魔術学院”の一部には、貴族の私兵と化した者もいる」
──ああ、だからあの訓練場でも、カイルたちは傲慢だったのか。
「あなたの力が必要なの。権力でも武力でもなく、“叡智”でこの国を揺るがす存在が」
俺は答えに詰まった。
俺は、ただ村で生きてきただけの男だ。
国をどうにかできる器でも、政治に関われるほどの知識もない。
「俺に、何ができるんでしょうか」
「“読める”ことが、すでに武器よ。彼らの嘘、裏の契約書、封印された記録、隠された魔術兵器――あなたなら全て暴ける」
それは確かに、俺が遺跡で感じた“理解”の一端と一致していた。
すべてが言語化され、構造として視える。
ならば、それを“読み解き”、正すこともできるかもしれない。
「……ひとつ、条件があります」
「条件?」
「俺に、“命令”はしないでください。……俺は、自由に考えて、自由に動く。それができないなら、協力できません」
王女は一瞬驚いたように目を見開いたが――やがて、柔らかく笑った。
「ええ。賢者に命令できる王など、存在しないものね。あなたは自由に動いていい。その代わり……“真実”を見せて。私たちが、何を見失っていたのかを」
このときから、俺と王女の“契約”は始まった。
まだ見ぬ巨大な“闇”を暴くために――