第18話 拒絶の記録
記録院地下第三区画――
その扉は、表向きには存在しないことになっている。
灰色の石造りの壁の一角。
外から見ればただの行き止まりだが、“万象の書庫”を継ぐ者には、その結界が可視化されていた。
《識別照合中──承認:継承者コード一致》
《封印解除──記録保持室 開放》
音もなく石壁がずれる。
冷気を帯びた通路の奥、巨大な保存装置が並ぶ部屋が姿を現した。
「……これが、“拒絶された記録”か」
レオンは歩を進める。
その足取りは、かすかに重かった。
「この空間自体が、“記録から排除された存在”を保管してる。まるで世界に存在しないように」
リュカの声が、静かに響いた。
「……おかしな感じだな。
何もかも整ってるのに、どの記録にも“日付”が書かれてない」
「意図的な抹消でしょうね。誰かが“継承の歴史”の中から、彼の存在を消そうとした」
その瞬間、レオンの書庫が微かに反応した。
《魔力共鳴:対象記録片検出──再生可能》
レオンは、保存装置の一つに手をかざす。
機械が静かに開き、中から一枚の“記録結晶”が浮かび上がった。
記録が、再生される。
*
『継承とは、選ばれることではない。縛られることだ』
『世界を“理解できる者”が、一番苦しむ。それを、君たちは知らない』
『私は……自分の“存在”を、誰にも見つけてほしくなかった』
映像の中で語っていたのは、黒衣の青年だった。
レオンは目を見開く。
「……この声、間違いない。あいつだ。黒の継承者」
『この力は万能ではない。世界のすべてを読み解いたとしても――
そこにあるのは、“誰にも語れない孤独”だけだった』
『私は、“理解されること”が怖かった。
……だから、継承を拒んだ。誰にも、自分を解読させたくなかったから』
『……君がこれを読んでいるなら。
君には、まだ“誰かと繋がる力”が残っていると信じたい』
映像は、そこで途切れた。
誰にも語れない、理解されない孤独。
それが、黒の継承者の本質だった。
「……あの人は、“理解する力”の果てで、自分自身を見失ったんだ」
レオンは、そっと拳を握る。
「……でも、それでも、最後の最後に、“誰かと繋がる希望”を記してた」
リュミエルが横でつぶやく。
「本当は……助けてほしかったのかもしれないね。
“選ばれなかった”ことが悔しいんじゃなくて、“理解されたくなかった”のに、自分を見つけた誰かがいたから」
「……」
リュカは、レオンをまっすぐに見ていた。
「あなたは、“理解すること”を恐れていない。だから、選ばれたんです」
「……俺は、まだ怖いよ。でも、目を背けるのは違うって……今なら言える」
そのとき、記録室の空間が微かに揺れた。
《魔力反応:不明対象接近中。警戒値レベルB》
「誰か、来る……!?」
結界の外、通路に誰かの気配が走った。
リュミエルがすぐに警戒態勢に入る。
「……また、会いに来たのかもしれないね。あの人」
レオンは結晶を握りしめ、静かに言った。
「今度こそ、向き合う。お前が選ばなかったものを――
俺は、“信じて持っていく”って、伝えるために」
彼は扉の方へ、まっすぐ歩き出す。
記録の奥で眠っていた“拒絶”の言葉が、静かに背を押していた。




