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第17話 思い出をなぞる指

王都の記録院は、午前の陽光を受けて静かに佇んでいた。


「……何度来ても、ここの空気は苦手だな」


レオンはため息まじりに扉を押し開ける。

高天井の閲覧室には、学者や調査官が静かに資料をめくっていた。


「ここに来るの、久しぶり?」とリュミエル。


「そうでもないさ。けど……何かを“探す”ために来るのは、初めてかもしれない」


今回はただの知識の収集じゃない。

“自分の記憶”を追うために来た。


黒の継承者が言った、“理解の檻”。

それは恐らく、レオン自身が過去に“見たくなかった何か”を封じた結果なのだ。


「……あの頃、俺は……何を、拒んだ?」


書庫の奥、封印資料区画へと足を進めたそのとき――


「……レオン、さん……?」


か細い声が響いた。


ふと振り返ると、書架の陰から一人の少女が顔を覗かせていた。


長い黒髪に、淡い薄桃色の制服。

視線が合った瞬間、彼女はそっと胸元を握るようにして小さく震えた。


「……誰だ?」


レオンが言うと、彼女はほんの少し口元を歪ませ、そして微笑んだ。


「……忘れちゃった、んですね。……でも、そうですよね。わたし、影みたいな存在でしたもん」


その笑顔に、どこか見覚えがある気がした。


「……まさか。君は……?」


「リュカ=シエル。……三年前、王都魔術院で一緒だった、“補助実験対象”の一人です」


その名を聞いた瞬間、視界の端に微かに揺れる映像が走った。


魔術院。薬品の匂い。

窓の外の夕陽。小さな影――それを、誰よりも静かに支えていた“もう一人の誰か”。


「あ……」


「思い出しましたか?」


「……ああ。君は……いつも俺の後ろで、記録を取ってた。まるで気配を消すみたいに……」


「“そう教えられてましたから”。あなたの精神波に干渉しないように、って」


レオンは言葉を失った。

リュカの存在すら、レオンの中では“補助者”という記号でしか残っていなかった。


リュミエルが静かに口を挟む。


「つまり……その子は、あなたの“記憶の隙間”に置き去りにされていた存在?」


「……ああ。俺が、忘れてたんだ。完全に……」


リュカは笑った。


「でも、忘れてくれてよかったんです。わたしは、“あなたが狂わないための実験装置”だったから」


「なに……?」


「“継承者候補の精神状態に影響する感情因子”を、外部から操作するために、感情の“観測役”としてわたしは配置されたんです。レオンさんの記録だけで、二十冊以上の“心の動き”を書き続けました」


「……」


レオンは、初めて自分の“観測対象としての人生”を、別の目線で突きつけられた。


リュミエルがわずかに眉を寄せる。


「つまり……レオンくんが“選ばれた”理由には、あんたの記録が関わってるってこと?」


「間接的には、そうかもしれません。……だから、あなたが“黒の継承者”と接触したと聞いて、記録院の地下に、彼の痕跡が残っていないかを見に来たんです」


「黒の継承者の痕跡……?」


リュカは頷いた。


「あります。“拒絶記録”です。

彼が最後に書き残した、“継承を否定する理由”が、記録されたまま眠っている可能性があります」


「それは……どこに?」


「記録院の地下第三区画。立入許可の出ていない、非公開保存室です。ですが――」


彼女はわずかに視線を下げた。


「……あそこには、“感応型魔術結界”が張られています。継承者か、特定の関係者しか入れません」


「つまり、俺なら入れる」


「その通りです」


レオンは一歩、踏み出した。


「行こう。……自分の“思い出”の続きを、確認するために」


リュミエルが小さくつぶやく。


「レオンくん……やっと、振り返るんだね」


そして三人は、記録院のさらに奥、忘れ去られた記録の中枢へと向かう。


“継承”とは何か――

それを突きつける“もう一つの記憶”が、そこで待っていた。

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