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第16話 黒の継承地

旧王都――グラントゥール。


かつて栄華を極めた“知の都”は、百年前の“内陸大崩壊”によって地中に沈み、今では完全な立ち入り封鎖区域となっていた。


だが、その地下にこそ、第一世代の“黒の継承者”が姿を消したと伝えられている。


「……ここが、例の座標地点か」


レオンは地図に記された地点に立ち、地面を見下ろしていた。

王都の探索隊でも侵入できなかったはずの区域――だが、“万象の書庫”が共鳴している今、レオンには見える。


《幻影結界解除:識別コード一致──継承者承認》


ガリガリと石の軋む音が鳴り、地面に円形の魔術陣が浮かび上がる。

そして、崩れた階段が下へと姿を現した。


「入るの? 本当に」


リュミエルが声をかける。だがその声に迷いはなかった。


「……行く。確かめないといけない。あの“黒の継承者”の正体を」


「うん。なら、私も一緒」



地下へと足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


まるで空間そのものが“凍っている”ような、重く、古い気配。


そして奥から――かすかな“言葉”が響いた。


『知識は、呪いだ』

『選ばれた者ではなく、“拒んだ者”こそが正しい』


「……誰だ?」


レオンが問いかけると、空間の奥から、ひとつの影が歩み出てきた。


黒衣のフードを被った青年。

その手には、“書庫”と酷似した魔導装置が埋め込まれていた。


「君が……“今の継承者”か」


その声は、若く、だがどこか乾いていた。


「……名前は?」


「名前など、とうに捨てた。“黒の継承者”とでも呼べばいい」


リュミエルがわずかに息を飲む。


「じゃあ……あなたが、“あの時代に拒んだ”人……?」


黒の継承者はゆっくりとうなずいた。


「理解する力は、人を壊す。君も知っているはずだ、継承者」


「……ああ」


“万象の書庫”に触れれば、誰よりも速く、深く、情報を読み解ける。

だがそれは時に“知らなくていい真実”まで見せつけてくる。


「だが、だからこそ向き合わなきゃいけない。それが“選ばれた者”の責任だと、俺は思ってる」


「……そうか。なら、試してみるか?」


黒の継承者が静かに右手を掲げた。


次の瞬間、地下空間が激しくきしみ、黒い雷のような魔力がレオンへと襲いかかった。


《解析不能:未知属性・反転術式検出》

《干渉系統:賢者魔術 強制展開モード》


「くっ……!」


レオンは反射的に魔力障壁を張る。

だが、黒の継承者の術は“理解を否定する力”――《逆理式アンチセオリー》だった。


「君の書庫に宿る“秩序”を、私は壊すためにここにいる」


「お前の目的はなんだ!? 力を否定して、何を得ようとしてる!?」


「“継承”という制度の破壊だ。そして、“理解できないまま生きる自由”の証明だ」


その思想は、明らかに王都の体制とは対極だった。


知の力で人々を守る“賢者”ではなく、

知の力を拒むことで人を自由にする“否定者”。


「……けど、それを“暴力”で証明するのか?」


レオンの問いに、黒の継承者は答えなかった。


だが、術式は止まらない。


「レオンくん!!」


リュミエルが前に飛び出す。

その瞬間、彼女の中から、淡く光る結晶が浮かび上がった。


《補助術式起動:観測者コード認証》

《感応:継承者同調 臨界閾値 74%》


レオンとリュミエルの魔力が共鳴し、“逆理式”がわずかに押し返される。


「なっ……この干渉は……」


黒の継承者がわずかに動揺した。


レオンはその一瞬の隙を突き、術式を打ち破る。


《再構築:制御式“理解の再編”起動──“賢者展開式:封印の陣”》


黒雷が止まり、地下空間が静寂に包まれる。


だが、黒の継承者はまるで怒りも失望も見せず、ただ穏やかに言った。


「君には……まだ、揺らぎがある。その揺らぎがいつか、君を“理解の檻”に閉じ込める」


そして、彼の姿はゆっくりと霞のように消えていった。


《転移痕跡検出:空間座標解放──不明な魔力パターン使用》


「……逃げた、か」


レオンは膝をつき、肩で息をしていた。


リュミエルがそっとその隣に腰を下ろす。


「……レオンくん。“理解”って、本当に……守れるのかな」


「……わからない。けど……俺は、俺自身を、見失わないために知り続けるよ」


月光の届かない地下で、ただ静かに“知”と“否定”の境界が揺れていた。

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