第12話 名前を知らない少女
数日が経った。
銀髪の少女は、まるで当然のように村に居座っていた。
「おはよ、レオンくん。今日の雑用、手伝ってあげよっか?」
「……あのな、勝手に村の掃除に混ざるなって昨日も言っただろ」
「でも、動かないレオンくんより、動いてるレオンくん見てる方が楽しいし?」
「……そりゃどうも」
朝の挨拶代わりに、今日も彼女は村の中をふらふらついている。
村人たちは、最初こそ驚いていたが、彼女が無害そうに見えるせいか、今ではもう「あの子、レオンの知り合いかい?」くらいの扱いになっていた。
だが、俺は落ち着かなかった。
理由は――彼女の存在そのものが、村の“空気”に馴染みすぎていることだった。
まるで、昔からここにいたような……
「なあ、お前、名前は?」
ある夕方、俺はようやくそれを訊いた。
少女は、村の柵に腰かけて、鳥を眺めていた。
「え? 今さら?」
「いや、いつまでも“お前”とか“君”じゃ困るだろ」
「……ふふ。困ってるの、レオンくんだけじゃないかな」
「だから聞いてるんだろ」
少女は小さくため息をついた。
そして、夕陽に目を細めながら呟くように言った。
「――リュミエル。リュミエル・フェンリス」
風が吹き抜けた。
どこかで聞いたような名前。でも、思い出せない。
「それが、お前の……本名?」
「うん。……昔は違ったかもしれないけど、今はそう呼んでる」
「“昔”って、何年前の話だ?」
「さあ。……でも、レオンくんが死にかけてたときは、まだ“わたし”じゃなかった気がする」
「……それ、どういう意味だ?」
「さあね」
彼女――リュミエルは、悪戯っぽく微笑んだ。
だがその笑みの裏に、何か深いものが潜んでいるのを、俺は感じていた。
*
その夜。
村の結界石に異常反応が出た。
村の外れ、森の先。
普段は動かないはずの“古代結界”が、微かに揺れている。
《魔力波形:歪曲。読み取り不能。局所的再構築反応あり》
俺は急いで解析にかかるが、結界の内側に“何か”が入り込もうとしていた。
「……まさか、外から……?」
いや、違う。
《波形発信源:村内》
「……中にいる?」
何かが、結界の内側から“外”に呼びかけている。
そして、俺は背後に気配を感じた。
「ねえ、レオンくん」
振り返ると、そこにはリュミエルがいた。
笑っていた。まるで何事もないように。
「わたしね、ここに戻ってきたときからずっと――“開けようとしてた”んだ」
「……何を?」
「この村にある、“あの場所”を。あの日、あなたが倒れていた場所――あそこにね」
月光が、彼女の瞳を照らした。
その瞳は、懐かしさと――そしてほんの少し、狂気を含んでいた。




