第11話 記憶に刺さる声
最果ての村〈アルス〉。
王都の騒乱から一時離れたこの地は、まるで何事もなかったかのように、変わらずに朝を迎えていた。
「……はぁ。平和すぎて怖いな」
俺は村の井戸端に腰かけ、石の上に置いたパンをかじった。
魔物も陰謀もない。ただの、静かでのどかな朝。
それが逆に落ち着かないのは、きっと王都の空気に慣れてしまったせいだろう。
「レオンー! 今日は畑の修繕手伝ってくれ!」
「あ、はいはーい」
どうやら、村での“雑用係”という肩書きはまだ健在のようだった。
……それも悪くない。
騎士団からの招集もない今は、少しくらいのんびりしても――
「……レオンくん」
突然、背中に声が落ちてきた。
振り返ると、銀髪の少女が立っていた。
制服姿のまま、足元は草だらけ。昨日もその前も、同じ場所にいたような錯覚に陥る。
「やっぱりここにいた。……村の空気に染まって、すっかり“田舎の賢者”って感じ」
「……なんでまた来てるんだ?」
「まだ帰ってないだけ。っていうか、帰る必要ないし?」
彼女――未だ名前を明かさないその少女は、自然な動きで俺の隣に腰を下ろした。
「でも、ちょっとは懐かしくなった? 村の風とか、匂いとか」
「……まあ、落ち着くのは事実かな」
「ふーん、じゃあ昔もこんなふうに思ってたの?」
「昔?」
少女の目が細くなる。
「ほら、あのとき。……“あの森”で私と会ったこと。ちゃんと覚えてる?」
「……あの森……?」
喉の奥がひゅっと締まった感覚。
確かに何かが――
あの山の中で、過去に“誰かに助けられた”記憶が、あるような気がする。
でも、それは夢だったようにも思えて、曖昧で、ぼやけていて――
「……ごめん。思い出せない」
その瞬間、彼女の笑顔がぴたりと止まった。
「そっか……忘れてるんだ、やっぱり」
「……悪い」
「ううん、大丈夫。だって、忘れてるなら――“また刻めばいい”もんね」
その笑顔は、どこかこわいくらい優しくて。
それ以上、俺は何も言えなかった。
*
その夜、倉庫の裏手にある古い井戸のそばで、俺はひとり、空を見上げていた。
“あの声”が、耳の奥に残っていた。
『助けたんだよ、レオンくん。死にかけてたくせに、忘れちゃうなんてひどいよね』
『でも、いいの。忘れても――私の方は、ちゃんと全部、覚えてるから』
心のどこかに刺さっていた“棘”が、静かに疼き始めた気がした。




