09 決めつけないで
「えっと……私が何かした?」
確かに先に帰ろうとしてしまったし、北川さんと目が合ったのは事実だけど。
それは責められるような事だろうか?
「紗奈とアイコンタクトとってたでしょ」
「……ちょっと会釈しただけね」
たまたま軽く挨拶をしただけだ。
アイコンタクトというほど、何か意思疎通を行ったわけでもない。
というか仮に意思疎通を図ったとしても、それはいけない事なのか。
「そんなこと、雪しなかったじゃん」
「……そうかな」
「しなかった。誰とも、目すら合わさなかったし」
陽葵の断定的な口調に、過去の私を振り返る。
……昔の私は人目から隠れてコソコソと動いていたかもしれない。
それすらも当たり前だったから何とも思ってなかったけど。
今ではそれが失礼になるかなと思う当たり、私も多少は成長していたのかもしれない。
社会人経験の賜物だった。
「何、紗奈と仲良くなりたいの?」
「いや、なりたいってほど積極的ではないけど……仲良く出来るならそれに越した事はないよね」
友好的な関係をわざわざ拒む理由はない。
仲が良いならそれが一番だ。
それくらいの社会性は今の私にはあった。
「……そんな事思うようになったんだ」
それでも陽葵の非難めいた口調は変わらない。
何がそんなに気分を害させているのか、よく分からなかったけれど。
「じゃあ改めて聞くけど、何で勝手に一人で帰ろうとしたの?」
畳みかけるように陽葵が問いを投げかけてくる。
私の行動一つ一つが気に入らないみたいだった。
「いや、帰りは別々かと思って」
「そんな話してないし」
「してはいないけど……そういう雰囲気に見えたから」
「普通に聞いて来ればいいんじゃないの?」
それはそうかもしれないけど。
あの状況で陽葵が私と帰る方を選ぶと思えるだろうか。
むしろ私は空気を読んだつもりだったのだけれど。
「陽葵は友達に囲まれてたし、普通にそっちと帰ると思うよね」
「だからさ、そうやって決めつけないであたしに聞いてきなよ。雪のその全部自分で勝手に決めて動き出すのやめて欲しいんだけど」
「……そう、かな」
「そう」
言われて、私にはそんな一面があるのだろうかとまた自分自身を見つめる。
確かに、誰かに相談する事はなかったかもしれない。
そもそも、相談出来るような相手もいないと思っていたのだけれど。
「あの時だって、何か言ってくれればあたしだって考えたのに」
「……」
陽葵の言う“あの時”は、きっと私達が絶交するより前の話。
輪に馴染めなかった私が、一方的に無視をして出て行ってしまった時の事を指している。
確かに、あの時の私は勝手に決めて行動を起こしていた。
でも、私だって考え無しにそうしたわけじゃない。
「だけど、どうしようもないよね。そんな事を相談したって陽葵も困るでしょ」
声を掛けた所で、何かどう出来るわけでもない。
人間関係を他者の一言で変えられるなら、誰だって皆仲良しになれる。
無視をしたのは間違っていたとは思っているけれど、だからと言って思っている事を全て晒せばいいという訳でもない。
「だから、そういうとこだって」
「……どういうとこ?」
思い当たる箇所がなかった。
「答えを先に勝手に決めてんじゃん」
「だってそうにしからならないでしょ」
「そうだとしてもさ、別に話してくれても良くない? こっちは雪の気持ちが何一つ分かんないまま気付いたらどっか行かれてんだよ? そんな一方的に拒否られたらさ、こっちはどういう気持ちになるとか思わないわけ?」
「……ああ」
それは、そうかもしれない。
仮に結果が同じだったとしても、私の気持ちが不透明なままだったら、陽葵もどう受け取っていいか分からない。
だから私と陽葵は分かり合えるはずもなく、関係性が途切れてしまったのだから。
「今だってさ、あたしは一緒に帰ろうとして、雪は一人で帰ろうとしてた。全然雪が思ってたのとは違う結果が出てると思うんだけど」
「……うん、そうだね」
それは否定しようのない事実だった。
「だから、あの時だって変わってたかもしれないって思うでしょ」
あの時、私が正直に気持ちを晒せば陽葵はどうするつもりだったのだろう。
私の為に何かしてくれたのだろうか?
「そういうわけだから、罰ね」
「……なんで?」
だからと言って、やっぱり罰とは結びつかない。
「紗奈にアイコンタクトするし、あたしの事を置いてった罪」
「……聞いても意味わかんないんだけど」
それで陽葵が不機嫌になるのは百歩譲って理解できるとして、なんでそれで私が罰を受けなければいけないんだろう。
少し理不尽を感じる。
「じゃあ、クラスメイトに降格だね」
嫌な言葉を持ち出してくる。
「クラスメイトに降格すると、具体的には何が変わるの?」
「一緒に登下校したりしない」
……それは、困る。
陽葵との距離が遠のいてしまうのは、私の望む所ではない。
罰を受けたいわけではないけれど、彼女と疎遠になってしまうのなら未来は何も変わらない。
「罰を受けたらどうなるの?」
「今回の罪が帳消しになるだけ」
……何度聞いても、微妙な条件だった。
罰を受けても現状維持だなんて。
「いいんだよ、明日から別々に行動しても」
「……いや、罰を受けるよ」
せっかくここまで繋いできた関係性を手放す事は出来ない。
この関係性は続いて行きたいし、少しでも早く元の関係性に戻りたいと願っている。
「そんなにあたしと一緒にいたいんだ?」
陽葵は私を試すように問いかける。
その答えは、とっくに知っているくせに。
わざわざ聞いてくるあたり、意地悪だ。
「うん」
「……へぇ」
陽葵は満足そうに笑う。
言ったら言ったで陽葵も変な反応するから、私の情緒もおかしくなってしまいそうだった。
これでも羞恥心を押さえ込みながら頑張って気持ちを打ち明けてるんだから、変な反応はしないで欲しい。
「そんなに一緒にいたいなら罰は受けてもらうからね」
「……我慢するけど」
納得は出来ないけど、このまま陽葵が離れて行く方が納得できない。
天秤にかけたゆえの決断だった。
今度の罰は何かと身構える。
すると、陽葵の手がスカートに伸びていた。
何をするのかと思って見守っていると、そのままスカートをたくし上げてしまう。
「えっ」
「黙ってなよ」
次はこっちの方なのかと、羞恥心が加速していく。
全部をめくられる事はなかったけど、足の大部分を晒されていた。
そのまま陽葵はしゃがみ込んで、じっと眺めている。
気分は決して良くない。
「足、白いね」
「そりゃ……陽葵みたいに足出さないし」
私は陽葵と違って校則順守で膝下の長さを守っている。
太陽に晒される事がないのだから、焼けるはずもなかった。
「冷た」
陽葵のもう片方の指先が内ももに食い込んでいく。
そんな所を触られても、自分の足の温度感なんて分かるわけもなく。
ただ、よく分からない状況に困惑し続けていた。
「これが罰?」
「まさか」
これが罰でないなら、何が罰なのかと思って。
顔を近づけていく陽葵を見て、察する。
またあの痛みが襲ってくるのだと。
「……いっ」
陽葵の口元があたしの内腿を吸い寄せると、次の瞬間には噛みつかれていた。
何が起こるのか分かっていたせいか、それとも部位の違いなのか、陽葵が加減してくれているのか。
どれかは分からないが、痛みはまだ我慢できる範囲だった。
だからと言って、不快刺激である事には変わりないけれど。
しばらくそうして足の痛みに耐えていると、陽葵の口元が離れて行く。
軽く口元を拭っていた。
「足って、思ったより噛みにくいね」
一生聞かないであろう感想を口にされても、何と答えていいかは分からなかった。