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かつて絶交した幼馴染と再会できたなら、その時はあなたを二度と離さないと決めていました。  作者: 白藍まこと
-恋人-

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80/80

80 エピローグ

「おーい(ゆき)、起きろぉ、起きろってばぁー、雪ぃぃー」


 聞き馴染みのある声だった。

 まどろむ意識の中で、眠りから覚ませと言わんばかりに私の名前を呼ぶ。

 しかし、覚醒したからと言って体を起こすのかどうかは別の話。

 今日は休日である、休日であるならばまだ眠っていても許されるはずだ。


「そうかぁ、眠り姫かぁ。そしたら目覚めのキスをするしかないなぁ」


 頬にプレッシャーを感じる。

 事が起きる前にと私はすぐさま目を覚まし、体を起こした。


「おはよ、陽葵(ひなた)


「……おはよ、雪」


 しかし、目を覚ました私を見る陽葵の目は据わっていた。

 彼女の目的は達せられたはずなのに、なぜ。


「どうしたの」


「いや、普通キスされてから目覚まさない? あたしのキスって罰ゲームじゃないんだからさ、キスする前に起きられると複雑なんだけど」


 一文の中で“キス”の登場頻度が多すぎる、が。


「……なるほど」


 陽葵の言っている事は正しい気がした。

 だけど、何て言うのだろう。

 私的に言うとそれは違うかなという感覚もあってだね。


「目覚ましにキスは勿体ないかなって、もっと大事にしないと」


「……減るもんじゃないのに?」


「レア度は下がるような」


「……価値観の相違かぁ」


 愛情表現を積極的にとる陽葵と、愛情表現の質にこだわる私。

 うん、多分世間一般では私の分が悪いだろう。

 

 ……。


 なんかそれっぽい事を言ってみたけど、本当の事を言うとただ恥ずかしいだけだった。

 目覚めのキスなんてされたらどんな顔して起きていいか分からない。

 照れ隠しで目を覚ますのを拒んだ結果、本当に眠り続けてしまいそうだ。

 それは陽葵の目的から最も遠い行為だろう、だからこうするしかなかった。


「まぁ、それはまた今度で」


「じゃあ、次は雪からよろしく」


「……はぁ」


 白凪雪(しろなゆき)、24歳の社会人である私は幼馴染の恋人によって目を覚ます。

 驚きはあったものの、心地よい目覚めだった。

 日々の過労とストレスも、彼女との時間があれば全て吹き飛んでいく。

 たまに照れて彼女の想いから逃げてしまう事もあるが、それは許して欲しい。


「ああ、ていうか今日は地獄の休日出勤だったぁ……」


 しかし、現実は非情だ。

 どれだけ恋人が癒してくれようと仕事というのは常にある。

 仕事はしたくないが仕事をしないと生きてはいけない。

 生きなくては陽葵との時間を過ごす事も出来ない。

 ままならない、それが人生。


「あははー、だから起こしたんでしょ。あたしは休みだからねぇ、がんばってー」


「……か、代わって」


 羨ましい、私はこれから仕事なのに陽葵は休み。

 この真逆の休日に私の精神は耐えかねていた。


「ムリー、あたしに事務仕事はできませーん」


 私は以前と同じ職業である事務職で、陽葵は喫茶店の店員として働いていた。

 日々パソコンに向かう私と、人と接する陽葵……何だろう人となりがよく出ている気がする。

 

「まぁまぁ、無理なく頑張りなよ。あたしは大人しくお留守番してるから」


「……うん」


 私と陽葵は社会人として働き始めてから同棲をする事になった。

 とは言っても私と陽葵の恋人関係に関しては家族にはまだ隠したままで、いずれ伝えようとは思っている。

 果たして認めてもらえるのかどうなのか、考え始めると胃が痛くなるけれど……。

 いつかは超えなければならない壁だろう。







 手早く身支度を整えて、玄関に向かう。

 いつだってスーツを着た直後には窮屈感を感じるものだ。


「気を付けてねぇ、雪」


 陽葵が見送ってくれる。

 上下スエットで髪を無造作に束ねた姿は、彼女だけ休日の香りがしていてやっぱり羨ましい。


「うん、ありがと。それじゃ行って――」


「はい、その前に」


「――なに?」


 しかし、陽葵は手を後ろに組んで顔を横に向けながら頬をこちらに近づけてくる。

 見送るはずの私をどうして直視しないのか。


「なにって、野暮だなぁ。ほら行ってきますのアレ、アレ」


 陽葵は自分で頬をちょんちょんと指差す。

 ……アレって、それぇ?


「え……嘘でしょ」


「“次は雪からよろしく”ってあたしが言ったら、さっき認めてくれたよね?」


 確かに言ったけど、その次ってこんなに早く来るの?

 もっと後だと思ってたんだけど……。


「今までそんな事してこなかったのに……」


「じゃあ今日から始めよう」


 ……いやぁ、まぁ、認めたのは私なのだからやるしかないのだろうけど。

 朝からこんな事をしていていいのだろうか。


「はい、遅れるよぉ」


 それはその通りで、観念するしかない。

 これがお付き合いというものだ、きっと。


「……分かりました」


 陽葵が差し出す頬に、私はそっと唇で触れた。

 柔らかい感触が重なり合う。


「ふっふっ、よし行ってらっしゃい」


「嬉しそうで何より……行ってきます」


 これが定番化したらどうしよう、それが怖い。


「今日は帰って来てからも予定あるんだし、ほどほどに頑張りなよ」


「……そうだね、そうだった」


 24歳の今日は、私にとって大きな分岐点となった日だ。




        ◇◇◇




 仕事というものは慣れても疲れ自体は変わらないようで、一度体験しているはずの職業でも結局は毎日疲労困憊だった。

 それでも心が廃れないのは、陽葵と一緒にいるからだ。

 現実は非情で冷たい。

 よく出来れば当たり前で、ミスをすれば怒られる事しかない。

 自分の社会的地位の低さに溜め息が漏れる事ばかりだ。

 それでも家に帰れば陽葵がいて、彼女は必ず私を認めてくれるのだ。

 その存在がどれだけ大きいか、今の私になら分かる。


 だから今日もどれだけ嫌な仕事があろうとも、心は腐らず頑張る事が出来るのだ。

 そうして休日出勤という地獄の一日を終えて、帰宅する。


 ――ピンポーン


 家に帰り、チャイムを鳴らす。

 一人暮らしなら自分で鍵を開けるのだけど、人がいると分かっていると鍵を出すのも面倒になるのは何でだろう。

 扉の奥から軽快な足音が聞こえてくる。


「おかえりー雪」


「ただいま陽葵」


 扉が開いて、へらっと笑う陽葵に私もつられて微笑む。

 

「おつかれさま、今日の仕事はどうだった?」


「あー……まぁ休日だからね、溜まってた仕事を処理するだけだから楽だよ」


「なるほどなるほど、それは良かった」


「……まぁ、良くはないんだけど」


 仕事をしないでいいなら、しないに越した事はない。


「じゃあ、そんな雪の疲労を労ってあげよう」


「……ん?」


 そうして両手を広げる陽葵。

 何だろう、そのオープンな姿勢に違和感を覚える。


「おかえりなさいのハグ」


「……今日は初めての事が多すぎない?」


 行ってきますのキスも、おかえりなさいのハグもした覚えはない。


「何、嫌なの?」


「嫌ではないんだけど……」

 

 改めてするのも何だか抵抗が……。


「あ、行ってきますは雪からしたから、おかえりなさいはあたしってことね?」


 ぽんと手を打つ陽葵だが、全くそういう意図はない。

 ないのだけど、その方がまだ助かるのかな。


「じゃあ、それで」


「なら、手を広げたらどう?」


「……」


 それはそれで羞恥心を覚える。

 だって私からハグを求めてるみたいで。


「え、しないの? 大学生の時は病院であたしに強引に抱き着いてき――」


「ああ、分かった分かった、します、しますよっ」


 ま、まずい。

 若かりし頃の勢いに満ちた行動を蒸し返されるほど恥ずかしい事はない。

 いや、あの頃も精神年齢は大人なはずなんだけど、人間的には未熟だったから。


 と、とにかく、ハグを迎える方がよっぽど恥ずかしくない状況になってしまった。

 腕を広げて、陽葵を待つ。


「おいで、陽葵」


「ちゃんと受け止めてよ、雪」


 そうして陽葵を胸の中に受け入れる。

 まぁ、陽葵の方が背が高いから結局私の方が抱かれているような気分にはなるんだけど。

 これはこれで悪くない。




        ◇◇◇




 私服に着替えて、陽葵と一緒に街へと向かう。

 向かう先はどこにでもあるチェーン店の居酒屋だった。


「それにしてもさ、何だって今さら同窓会に参加しようなんて思ったわけ?」


 そう、今日は同窓会。

 とは言っても卒業から6年目を迎える今日までボイコットをし続けてきた。(ちなみに陽葵も道連れに)


「何て言うんだろ……答え合わせ、かな」


「何の?」


 それはとっても個人的な事ではあるけれど。

 私の後悔で終えてしまった、かつての同窓会。

 でも今の私はそうじゃなくて、陽葵と一緒にいる事で満ち足りた生活を送る事が出来ている。

 だから、報われる日が来るんだとあの頃の自分に言ってあげたかった。


 ……とは言いつつも、それを実感するのは結局私だから本当に自己満でしかないんだろうけど。


「陽葵と私は上手く行ってるよ……的な?」


「ははーん、あたし達の関係を同級生に見せつけたいわけだ?」


 いや、そうじゃないんだけど……。

 でも、間接的にはそういう側面もあるわけだから完全否定も出来ないわけで……。


「もう風の噂で流れてるから今さらだと思うけど」


「え、そうなの?」


「そりゃそうでしょ、こんな小さな田舎町に住んでたら普通にバレるって」


「……はぁ」


紗奈(さな)にもよくからかわれるし」


 北川(きたがわ)さんと会うのも久しぶりだった。


「北川さん元気?」


「え、うん、超元気にしてるよ」


「……お酒、飲みすぎてない?」


「? 紗奈はお酒苦手だけど」


 そっか……じゃあ、やっぱり北川さんにとっても少しは良い結果をもたらしたのかもしれない。

 それは私にとって都合の良い解釈かもしれないけど、そう願いたかった。


「あ、着いた着いた、ほら雪」


 お店の看板が見えてくると、陽葵が手を差し出した。

 私はどうしてこのタイミング? と思って首を傾げる。


「見せつけたいんでしょ?」


「……」


 ちょっとそれは恥ずかしすぎるのでは……と思う気持ちは多分に含まれているのだけれど。

 それでも陽葵がいなかったあの日を繰り返さずに、今日を迎え入れる事が出来たのだから。

 彼女との繋がりを離さないように掴んでいくのは、意味があるような気がした。


「そうだね」


 だから手を繋ぐ、これから続いていくであろう陽葵との時間を願って。

 私は彼女との時間を重ねていく。







【あとがき】


 これにて完結となります。

 最後まで読んで頂いた皆様には感謝しています。

 ありがとうございました。







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― 新着の感想 ―
ドキドキしたり、悲しくなったり、読んでいてとっても楽しかったです。 病院で告白するシーンが1番心に残りました。 ありがとうございました。
2025/09/14 03:18 きゅーちゃん
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