74 あたしの矛盾
最悪だ……。
一人になった病室で、布団を被り、胸の中に渦巻いている感情をどうする事も出来ずに溜め込んでいる。
あんなの完全に八つ当たりだった。
自分でも分かっている、分かっているのに抑える事が出来なかった。
そんな自分が情けなくて虚しくて悲しかった。
“自分の事は自分にしか分からない”。
そんなのは誰だって当たり前の事だ。
どこまで行っても他人の事なんて分かるわけはないんだから。
だけど、あたしは自分の不自由さを盾にして雪の言葉を封じた。
あんな言い方をすれば誰だって押し黙ってしまうに決まっている。
ましてや雪はあたしの事を心配してくれているのだから、あたしを責めるわけはない。
だから、あたしは絶対に裏切らない雪に甘えて、自分勝手な悪態をついてしまったんだ。
本当に最低な人間だ。
自分がこんなにも醜い人間だなんて、思いもしなかった。
あたしが変わろうともしていない事を雪に知られて、内心は焦ってしまっていた。
自分の体が良くなっていない事、そして良くしようともしていない事がバレるのが嫌だった。
今にして思えば、入院したばかりの頃のあたしはこの動かない体に現実感を持てていなかったのだと思う。
どこか心の中で、いずれ自然と治るだろうと甘く見ていた。
だけど、それは本当に甘い見通しだった事に気付く。
右半身の感覚は希薄なままで、時折感じるのは痺れと痛みだけ。
座っても右に傾きそうになって、それだけで疲れてしまう。
立つ事すらもままならない、歩くなんて遠い夢。
左手だけで出来る作業なんてほとんどないし、あったとしても何倍もの時間が掛かってしまう。
何をするにも億劫だった。
先生はいずれ良くなると言ってくれていたけど、それすらも疑わしい。
だってこの右の手足はずっと感覚を失ったままだ。
自分の体なのに、まるで物のように切り離されている。
そこに違和感すら持たなくなっている自分に気付いて、以前のあたしから少しずつかけ離れていく。
それでも動き出さなければ良くならない。
頭では分かっている、分かっているけれど、心が追い付かない。
自分の思い通りに動かない体にどう向き合えばいいか分からなかった。
だって指導してくれる先生だって、結局は自由な体の持ち主だ。
それなのに、どうしてあたしの体の事が分かるんだろう。
……いや、違う。
あたしは自由に動けている人達が妬ましくて、そんな人の話を聞きたくないと思ってしまっている。
その醜い感情を雪にぶつけてしまった。
あたしの事を心配していても、雪の体は自由に動く。
お見舞いに来れるのだって、体が言う事を聞くから出来る事なんだ。
あたしは何も出来ないから、この狭い部屋に閉じ込められている。
だから会うたびに雪が羨ましくなって、そして変わらないあたしを見られてしまうのに耐えきれなくなってしまった。
「ほんと、ただのカスじゃん……」
蓋を開けて見つめ直せば、そこにいたのは自分勝手なあたし自身だった。
あたしの体がこうなったのは誰のせいでもない。
それを一番心配してくれている雪に八つ当たりするなんて、救いようがない。
どうしたらいいんだろう……。
あんなに言ってしまったら、雪はもう来ないかもしれない。
謝るべきだと思う。
でも、許してくれるだろうか。
きっと、雪は形としては許してくれるとは思う。
でも本当の意味で、心の底から許してくれるかどうかは分からない。
そんな取り繕った関係でいたいとは思っていないのに。
それに、これ以上雪を苦しめたくないという思いだってある。
変わらないあたしに費やす無為な日々の繰り返しには罪悪感がある。
雪にだってもっと自由な時間を生きる権利があるのに、こんな狭い部屋に縛り付ける必要はない。
でも、そうなったら、あたしは一人でずっとこんな生活を続けるの……?
「ああ……あたしはどうしちゃったんだ……」
ずっと矛盾している。
思いだけがせめぎ合って、どうする事も出来ない自分が嫌いになる。
自分で雪を遠ざけたくせに後悔して、許して欲しいと思っているけど縛り付けたくはなくて。
こんなに弱々しくて思い通りにならないあたしを、あたしは知らなかった。
涙は頬を伝い落ちて、ベッドのシーツを濡らしていく。
自分が情けなくて、いつまで経っても枯れない涙が溢れていく。
このまま目を瞑って、次に目を覚ました時には元通りになっていればいいのに。
あるいは、あたし自身が消えてしまえば楽になるのかな。
そんな叶わない願いを、今日も繰り返してしまう。




