72 私に出来る事
「リハビリは見に来なくていいから」
今日も陽葵のお見舞いに訪れ、彼女の現状を知るのにリハビリの見学をしていいのかと尋ねたら即拒否されてしまった。
「え……」
間髪入れずの拒否には、さすがにショックを隠せない。
「いや、その……カッコ悪い姿、見せたくなくてさ」
「ああ……そっか」
陽葵は今まで出来た事が出来なくなって、その能力を取り戻す為に入院している。
その過程を見て欲しくないと思う事があっても不思議ではなかった。
「ていうか、本当に毎日お見舞いに来なくていいからね? いや、気持ちは嬉しいんだけどさ。さすがに雪は大学行かないとヤバいでしょ」
「いや、まぁ……お見舞い終わった後に行くし」
「……行ってるような気がしないのは、気のせい?」
陽葵にジト目を向けられる。
その予想は的を射ていて、私はお見舞いが終わるとその足で家に帰っていた。
他にやる気が起きないのだから仕方ない。
「雪、バレる嘘は言わない方が身の為だよ? そんなのあたしが復帰したらすぐに分かるんだからね」
「それくらい分かってるよ」
図星なんだけどね。
陽葵が大学に戻ってきてから嘘がバレるのなら、それでもいい。
今は私の事で余計な心配を掛けたくなかった。
だったら大人しく大学に行けばいいだけという説もあるのだけど、それが出来れば苦労はしない。
「なんか開き直ってるだけにしか見えないんだけど……」
陽葵のこの勘の良さをどう切り抜けるか考えないといけない。
――コンコン
押し問答している間に、ノックの音が響いた。
「失礼しまーす。羽澄さん、リハビリの時間ですよー」
「あ、はい、今行きます」
リハビリの時間になってしまったらしい、残念だけど立ち上がる。
私は先生に会釈をして、陽葵に向き直す。
「それじゃ陽葵、頑張って」
「うん、雪も勉強頑張って」
私はこのまま家に帰るけれど、許してくれ。
心の中で謝りながら、廊下へと向かい扉を閉める。
「……あ」
扉を閉めようとしている隙間から、ふと陽葵の姿を見る。
彼女は手すりを握りながら、ゆらゆらと不安定に立ち上がっていた。
陽葵の訴えを無視した形になってしまい、すぐに目を逸らして慌てて扉を閉じた。
「……そっか、そうだよね」
見てはいけないものを見てしまった気がした。
分かってはいたつもりだったけど、実際にぎこちない動きを見て彼女が本来の状態ではない事を思い知らされる。
ベッドに座っている時はいつも通りに話しているだけだから、つい忘れてしまいそうになる。
「ダメだダメだ……」
陽葵はこうして頑張っているのに、私が現実逃避をしてどうする。
気を取り直して、廊下を歩き出す。
私に出来る事を何か考えないと。
◇◇◇
「雪さん、これは何かな?」
明くる日。
私に何が出来るかを考えた結果、色んなフルーツをテーブルに並べていた。
「フルーツだけど」
「それは分かってるんだけど、こんなに大量にどうしたのって聞いてるの」
それを見た陽葵の反応は、喜ぶと言うよりは明らかに困惑の色を示していた。
「お見舞いの品、食べるかなって。陽葵、フルーツ好きでしょ」
「あ、ありがとう……でもメロンとかスイカを丸ごと持ってこられても困るんだけど……」
だからこそ私がいるのだ。
陽葵は病院食は美味しくないと常々口にしていた。
だからこの場で切ったフルーツを食べれば味も良いし、栄養価も高い。
やはり健康の基本は食だ、つまり私は陽葵という人間の根幹を支える事になる。
多分。
拡大解釈は否めないけど、間違ってもいないはずだ。
「私が切ってあげるからね、どれ食べたいか言ってみてよ」
「……」
しかし、陽葵からのオーダーは入らない。
何か言いたげにしていて、重い口をようやく開く。
「……包丁は?」
「あ」
忘れていた。
フルーツを持ってくることに意識しすぎて、大事なことを失念していた。
何してるんだ。
「ごめん、近くのお店で買って――」
「病院内に刃物の持ち込みダメだからね?」
「え……」
何も出来なかった。
目の前のフルーツの大半が、この場では食べられない事に。
「あとこんなに食べられないし……もし持ってきてくれるなら家で切ってから、かな」
「そっか……そうだよね」
自分で自分が情けない。
結局、慣れていない事をしてもすぐにボロが出る。
「このまま食べられる物もある……のかな?」
「あ、ほら、みかんとかは?」
「それなら食べられるけど……」
「まかせて」
急いで皮をむく。
「陽葵はこの白いの徹底的に取る派?」
「いや、大丈夫大丈夫、それでいいよ」
開いた皮の上に、みかんの果実を何束かに分けて置いておくと陽葵が左手で手に取る。
そのまま、ぱくぱくと口にしていた。
「どう?」
「美味しいよ」
良かった。
いや、みかんが美味しいのは私の手柄ではないのだけれど。
それでも陽葵にビタミンが届いたのは私の働きと思っていいはずだ。
「なんか……複雑だな」
「え、何が」
美味しいと言ってくれた次の瞬間に不穏な言葉が吐かれる。
自分の至らなさがあったのかと、身をすくめた。
「いや、みかんも満足に自分で食べられないんだなって……仕方ないのは分かってるんだけどさ」
「……あ、いや」
そう……なんだ。
私に出来る事を探せば、裏を返すと陽葵に出来ない事を探す事になる。
それは陽葵にとって見たくない自分の姿を浮き彫りにしてしまう。
良かれと思った事が、彼女を苦しめてしまう。
「ああ、ごめんごめん。みかんは美味しいから、ありがとね」
「……うん」
見守る事も時には負担になって、手伝う事すら自尊心を傷つけてしまうのなら。
私に何が出来るのだろう。
その答えはまだ見つからない。




