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かつて絶交した幼馴染と再会できたなら、その時はあなたを二度と離さないと決めていました。  作者: 白藍まこと
-恋人-

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69 私は待っている


 そうして、手術日の当日を迎える。

 何が起こるかは分からない、不安はずっと搔き消えないままだった。


『あはは、なんで雪の方がブルーな顔してるのさ』


 なんて陽葵にからかわれたりもしたけれど、きっと陽葵も内心では不安に思っていたに違いない。

 その思いを受け止められたら良かったのだけれど、気丈な陽葵は常に明るく振る舞い続けていた。

 その糸がどこかで切れてしまわないか、心配だった。


 すぐに会いに行けたらいいのに、手術日は面会は控えるように言われていた。

 陽葵に会えるのは数日後になる。

 

 何事もなければ陽葵は連絡してくれると言ってくれていたけど、顔を見るまでは本当の意味で安心する事はないだろう。

 私は上の空になったまま、大学での時間を無為に過ごしていた。


「あれ、今日も一人?」


 そうして廊下を歩いていると声を掛けられる。

 明るい茶髪が目を引く少女……夏川(なつかわ)先輩だった。

 妙に陽葵を目の敵にしていた、ちょっと接しにくい感じの人。


「はい、私一人ですけど」


「お友達の羽澄(はすみ)さん、最近来てないそうだね」


 そりゃ入院しているのだから来れるわけがない。

 かと言ってその事を説明する義理もないし、特に絡みたいわけでもないから平穏にやり過ごそう。


「お休みしてます」


「何かあったの?」


「……さぁ」


 一瞬考えたけど、この人に陽葵の事を説明する必要はないなと判断する。


「友達なのに知らないんだ?」


 友達だから貴女に言わないだけです。


「いや、来ないなら来ないでいいんだけど。その方が私にとっては平和だからね」


「……はぁ」


 ちょっと、いや、だいぶ腹が立った。

 陽葵が来たくても来れない状況にいるのに、その無神経な発言が癪に障る。

 でも彼女は陽葵の事情を知らないのだし、明かさなかったのも私なのだから、ここでキレるわけにはいかない。


「あれかな、遊びに夢中でサボってるんじゃない? あの子、そういうタイプっぽいし」


「……違うと思いますけど」


 だからと言って、貴女の主観で陽葵を弄ばないで欲しい。

 どう思うのも貴女の勝手かもしれないけど、それを口に出して私に言う必要はないはずだ。


「知らないんでしょ? なら、私の言ってる可能性も大いに有り得ると思うけど」


「……でも友達ですから、そういう子じゃない事くらいは分かります」


 だから、つい、言葉に出してしまう。

 この人にとっての陽葵を変える事に意味なんてないのに。

 そうと分かっていても、陽葵を歪められるのは我慢ならなかった。


「はは、面白い事言うね。本当の友達なら彼女がどうして来ないか分かるはずでしょ? 矛盾してるよ」


 本当に思っているから、貴女にいちいち言わないのだ。

 そんな事も分からないのか。


「少なくとも元カレの腹いせで後輩に絡むようなつまらない事をする子じゃありません。だから、そんな下らない理由で学校もサボったりしません」


「……へぇ、それ誰のこと?」


 夏川さんの目の色が変わる。

 悠々としていた態度から敵意がチラついていた。

 つい、言い過ぎてしまった。


「その反応が答えなんじゃないですか?」


「ふーん、やっぱり羽澄さんと一緒にいるだけあって君もいい性格してるね。分かった、覚えておくよ」


 そう言いいなら、足音を立てて近づいて来る。

 向こうも苛立っているのが、よく分かった。


「結局、羽澄さんがいなきゃ誰にも構ってもらえないんでしょ?」


 すれ違いざまに、毒を吐かれる。

 私は振り返る事もせず、言い返す事もしなかった。


 分かっている、今のは私の悪手だった。

 最初からやり過ごせば良かったのに、黙っている事が出来なかった。


 陽葵がここにいない苛立ちを、つい感情的になってぶつけてしまったのだ。


 それだけ我慢が効かなくなっている自分を自覚して尚、腹が立つ。

 わざわざあんな事を言ってくる先輩にも、そんな分かり切った人を相手に感情的になってしまう自分にも。

 全ては不安定になっている私自身が招いた結末だった。


「……早く戻って来てよ、陽葵」


 それだけが望みだった。




        ◇◇◇




 大学を後にして一人で街の中を歩く。

 スマホを何度も見て連絡がこないか確認するけれど、メッセージが届く事はない。

 手術はまだ終わらないのだろうか。

 もしかするとスマホを触る気力すら残っていないのかもしれない。

 それとも……。


 良くない想像ばかりが膨らんで、落ち着かない。

 こんな時に待つ事しか出来ない自分の無力さを思い知る。

 陽葵の為にと思って、実際に私がした事はお見舞いだけ。

 そんなの誰にでも出来る事で、些細な事だ。


 もっとやれる事があったのではないかと、遅すぎる後悔を募らせる。


 家に帰っても食欲はない。

 何もする気が起きなくてテレビを点けるけれど、集中出来ないし面白くもない。

 スマホを触れば、陽葵からの連絡ばかりを確認してしまう。

 今日だけで何度同じ行動をしたか分からなくて、気が滅入る。


「……もう無理だっ」


 ベッドに寝転がる。

 早く時間が過ぎてしまえばいいと瞳を閉じる。

 眠って、起きた時に陽葵からの連絡が届いていて欲しい。

 そうすればこの心の重さは少しはマシになっているはずだ。

 

 そうして、瞳を閉じて何度も寝返りを打った。

 過ぎ去っていく時間に期待しているのに、眠気は訪れない。

 一時間くらい経ったかと思って瞳を開ければ、十分しか経っていない。

 次第に目は冴えて、時間の流れがどんどんゆっくりになっていく。


 結局、待つしかない。

 この時を無視する事なんて出来ないのだと悟る。

 日は沈み、夜の帳が下りて、時計の針が進むのをひたすら待ち続ける。

 この時間をどれだけ耐えれば、その時は訪れるのだろう。

 夜が永遠に続くように思えた。


 そうして、どれだけの時間が経ったかも分からなくなった頃にスマホの通知音が鳴り響く。




【手術、終わったよ】




 ようやく息が吸えた気がした。




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