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かつて絶交した幼馴染と再会できたなら、その時はあなたを二度と離さないと決めていました。  作者: 白藍まこと
-恋人-

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66 私がいたのに


「……ひ、なた?」


 床に横たわっている陽葵(ひなた)を見て、固まってしまう。

 ただ転んでしまっただけなのか、それとも悪ふざけをしているだけなのか。

 脳が勝手に都合のいい方向に変換しようとするが、目を反らしたらダメだ。

 あんな生々しい音を立てながら声も出さないで倒れる人なんて、見た事がない。


「陽葵、陽葵っ!?」


 床に膝を着いて、陽葵の体を揺らす。

 反応はない。

 よぎるのは最悪のシナリオ。

 あの日、社会人で初めての同窓会を訪れた時に北川(きたがわ)さんから聞いた陽葵の訃報。

 それがこんな突然起こりえるのかと混乱する。

 もっと何か前触れがあるのかと、何かきっかけがあるのかと思っていた。


 いや、まだそうと決めるには早すぎる。

 こんないきなり、そんな別れがあっていいはずがない。

 私は陽葵をそのまま抱き上げる。

 

「ちょ、ちょっと、起きてってばっ」


 その頬を軽く叩く。

 後で怒られても何されてもいいから、とにかく目を覚まして欲しかった。

 

「……ん」


 すると、陽葵はか細い声を上げながら眉間に皺を寄せる。

 反応はまだあった。

 少なくともまだ確かに生きている。

 突然の別れではなかった事に安堵はするが、それでも異常事態である事には変わりない。


「陽葵、ねぇ、陽葵ってばっ」


 医療的な知識がない私は何をしていいか分からず、とにかく声を張り上げた。

 このまま意識が戻らないなら、救急車を呼ぶしかない。

 そう思ってスマホに手を掛けようとした時だった。


「……な、に」


 陽葵が薄く目を開けながら、苦しそうに声を上げる。

 意識が戻りつつあった。


「陽葵、起きてるっ?」


「いや、見ての通り……起きてんじゃん」


 全然見ての通りではない、ギリギリ覚醒しているだけで意識も虚ろ気だ。

 それがまだ自分では分からないくらい、朦朧としているのだろう。


「いや、陽葵、突然倒れてたんだよ。すっごい音したんだから」


「……え、ああ……マジ、か。だから、こんな状況なの?」


 少しずつ目を見開き始めた陽葵が目線を状況を理解し始める。

 けれど、その表情はすぐに苦悶に変わった。


「……あ、づ」


「だ、大丈夫? 痛い所あるの?」


「分かんないけど……ぶつけたのかな……頭が痛い」


 受け身が取れていなかったら頭をぶつけている可能性はある。

 だけど、それだけが原因かは分からない。


「ねぇ、救急車呼んだ方がいいんじゃない?」


「……いや、大袈裟すぎでしょ。普通に治るって」


 確かに陽葵の言葉は呂律も回って来て、表情にも余裕が出てきているけど。

 私の悪い予感は収まらない。

 彼女の未来に起きる結末を知っているだけに、この違和感を見過ごす事は出来なかった。


「ダメだって、何かあってからじゃ遅いんだよ」


「いや、ちょっと立ち眩みしただけだって」


 仮にそうであっても、それは正常な状態とは言えない。

 特に陽葵については楽観視できない。

 そうやって大事ではないと無視し続けた結果、何か手遅れになってしまった可能性だってあるのだから。

 

「診てもらって何事もないなら、それでいいから」


「いやいや、(ゆき)、過保護すぎだから。心配してくれるのは嬉しいけど、さすがにそこまではいらないって」


 陽葵は手を振り、くだけた表情を浮かべようとしているがやはりその顔色は優れない。

 動きもどこか緩慢だった。


「ねぇ、他に何か変な所とかあるんじゃないの?」


「ないない、ほんとたまたまだって。あたしが倒れてそんな怖くなっちゃったの?」


 おどけてみせてはいるけど、そんなので誤魔化されるような私ではない。

 陽葵の事を知っているからこそ、そんな軽口も今の私には冗談にならない。


「怖いよ、陽葵に何か良くない事があるんじゃないかって怖い。だから、ちゃんと言ってよ」


「……えっと」


 陽葵はゆっくりと目を瞬かせて、何度か唇を震わせたが、結局その先に何も口にする事はなかった。

 そのまま体を起こして、私の手から離れて行く。


「あはは、怖がらせてごめんね。でもほんと大丈夫だから、ほらこの通り……」


 そう言って陽葵は立ち上がろうと片膝を着くが、そのまま右にバランスを崩してしまう。

 倒れる事こそなかったけれど、近くの壁に身を当て、ほとんど転んでしまったようなものだった。


「おっとと、いきなり立つと眩暈する……」


 そうして陽葵は右側の壁に体をもたれつつ、立ち上がろうとする。

 その右腕がだらりと垂れている光景に、違和感を覚えた。


「陽葵、右手どうかしたの?」


「……え、どうもしないし」


 ここ最近の陽葵が妙に気だるそうにしていたり、階段で足を踏み外したり、靴も右足だけ脱ぎずらそうにしている事を思い出す。

 その記憶と違和感が繋がっていく。


「ねぇ、ほんとは右の手足も何かおかしいんじゃないの?」


「……おかしくないでしょ、どこも」


「いや、おかしい所だらけだよ。最近疲れてるし、転びそうになるし、さっきも靴脱ぐの変だったし、今だって倒れてるし」


 思い出される違和感が、これから先に待ち受ける結末に繋がっているような気がして頭の中がグチャグチャになりそうになる。

 不安でたまらない、何か良くない事が陽葵に起きている。

 その現実を今、こうして目の前で見ている事に恐怖していた。


「立ち眩みだって、そんな心配しないでよ」


 そう言って歩き出そうとする陽葵の足取りはおぼつかない。

 見ていられなかった。


「危ないって」


 ふらふらと揺れる陽葵の右手を掴む。

 その手は振りほどこうとしながら、どこか力の定まらない不安定さを残していた。

 何もかもが異変に満ちていた。


「……手、力入らないんじゃないの?」


「入るって」


 そうは言いながら陽葵の手に力は入らないし、陽葵は私と目を合わせようとしない。

 何かを隠そうとしている事はすぐに分かった。


「じゃあ、力入れて見てよ」


「……今は痺れてるから」


 初めて知る。


「痺れてるって、いつから?」


「時々だって、すぐに治るから、いつもそうだし」


「いつも? いつもって、よくある事なの?」


「……」


 沈黙。

 否定しなければ、それは肯定である事に変わりない。

 何よりも、曇り続ける陽葵の表情が真実を物語っていた。

 

「ねえ、お願いだから病院に行こう。今は何より陽葵の体が大事だから、ねえ」


 これ以上、陽葵を見過ごす事は出来なかった。

 観念したのか、ようやく陽葵が私に視線を合わせてくれる。

 どこか虚ろ気な瞳のまま。


「……分かった、雪がそこまで言うなら行くよ」


「……うん」













 そうして病院で検査を受けると、陽葵の脳に腫瘍がある事が告げられた。












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