60 私の記憶
はてさて、話題に上がった陽葵の誕生日。
それは当然忘れていたわけでもなく、度々考えていたイベントである。
けれど、考えれば考えるほど思考は袋小路に迷い込み、悩みの種になっていた。
「何をプレゼントしよう……」
詰まる所、困るのはそこだ。
去年はアンクレットをプレゼントして、それを未だに陽葵は着けてくれているけれど、それはあくまで去年の話だ。
今年は今年のセンスが試される。
しかし、そんなセンスがあれば困ってはいない。
「ああ……どうしよう……」
こういう時にAIに聞けばそれっぽい案は出してくれるけど、陽葵が本当に喜ぶかといえば、そんな保証はない。
かと言って私の独断と偏見で選べば、明後日の方向に走り出す可能性もあるわけで。
「……ん?」
つまり場合によっては見ず知らずのAIに、陽葵の事で劣る可能性があるという事か?
その事実に気付いてしまって、愕然とする。
「これが技術革新による人類の敗北か……」
「ねぇ、なんで独り言でそんな壮大な話になるの?」
講堂で思い悩んでいると、隣に座っていた陽葵に指摘される。
さっきまで席を外していたから考え事をしていたのだけど、いつの間にか戻って来ていたらしい。
「いや……きっと陽葵にとって私よりAIが近くにいた方が幸せなんだろうなって……」
「いきなり怖いんだけど。普通に嫌だから、隣に雪以外が来るの」
「……でも私の見た目さえしていれば、中身はAIの方がきっと幸せになれるわけで」
「いやいや、ムリムリ、ないない」
ぶんぶんと頭を振る陽葵。
随分とはっきりと言ってくれるけど、その自信はどこから来るのか。
「別にあたしは性格のいいお利口さんが好きなわけじゃないから、それなら雪と絡む必要ないし」
「……なんと」
聞きようによっては、ディスられているのか褒められているのか微妙に判断に困る所ではあったのだけど。
確かな説得力はあった。
「陽葵は私みたいな根暗でコミュ障で卑屈な人間が好みだと……?」
「いや、そういうわけでもないんだけど……」
説得力なんて新しい情報ですぐに塗り替えられる。
「じゃあ私じゃなくてもいいじゃんっ」
「何でそんな極端な話になるかなっ、別に雪はあたしに対して根暗でもコミュ障でも卑屈でもないじゃんっ」
「ん、そうかな……?」
「そうだって。たまにそういう所は出るかもしれないけど、素直な感想言ったり、笑ったりもするし、こうやって意味わかんない事めちゃくちゃ言ってくるじゃん。どこもコミュ障じゃなくない?」
言われてみれば他人に対してはそうであっても、陽葵に対して当てはまるかと言えばまた違うかもしれない。
そんな多面的でグラデーションを見せる曖昧さが、人が人を好きになる理由なのだろうか。
「そうか……じゃあ、まだ私が人工知能に勝つ要素があったのか……」
「あと、とりあえずその悩みもおかしいから。自分に自信ないのは分かるけど、せめて人間同士で比べてよ」
「人間同士で比べたら、それこそ私が勝つ要素なんてなくない?」
「……雪って、思ったよりネガティブだよね」
「やっと気付いたの?」
「なんでそこは自信満々?」
だいぶ本題からズレてしまったな。
まず考えるべきは陽葵の趣向とその傾向を掴む事だ。
その為に、私は去年の冬を思い出していた。
◇◇◇
「……寒い」
吐いた息が煙のように白く空気に流れていく。
見渡す限りの白色の世界。
要するに、雪が降り積もっていた。
「ねえ、雪歩くの遅いって、家着かないって」
前を歩く陽葵がこちらを振り返ると、怪訝そうな表情で睨まれる。
しかし、それは理不尽な言及だった。
「寒いんだよ、人の体って凍えると上手く動かないんだよ、だから動きが遅くなるのは必然なんだよ」
こっちは凍てつく体を必死の思いで動かしているのだ。
だから多少動きが遅くなっても仕方がない、個人差を考慮して欲しい。
「めっちゃ口はぺらぺら動いてるけどね」
「……それはそれ、これはこれ」
痛い所を突かれた。
私の矛盾を容赦なくツッコんでくるあたり、陽葵は侮れない。
「だいたい、雪はダウン着てんじゃん。明らかにあたしよりあったかいでしょ」
私は黄色のダウン(この色だけ安かった)を着用し、チャックを閉め、フードを被っていた。
華の女子高生など知った事ではない、生死が関わる問題の方が先決だ。
「陽葵は陽葵で頭おかしいって、なにその恰好、夏じゃないんだよ」
あろう事か、陽葵はアウターを着ずにブレザーのみでいるのだ。
スカートもいつものように短いし。
何を考えているのだろう、寒さという概念がないのだろうか。
「いや、マフラー巻いてるし、カーディガン着てるし……」
なぜか陽葵に呆れられるが、それはこちらも同じだ。
寒さという暴力の前に、編み物だけでは心許ない。
私のように羽毛と化学繊維の鎧を身に纏っても尚、猛威を振るうのが冬の恐ろしさだ。
「こんな寒いのにまだオシャレでいようとする人の気が知れないよ……」
「いや……あたしはこれで平気なんだけど……」
こればっかりはお互いに相容れぬ部分だった。
仕方ない、そんな事もある。
「ていうか冬なのにスカートがもう無理」
「タイツ履いてんじゃん」
「薄い、だから明日はジャージ履く」
「……そんな寒いの?」
寒い、もうそれ以外の感情が見当たらない。
暖を取るためなら、私は見た目なんていう何の温かさにもならない飾りを捨て去る事が出来る。
「……はぁ、分かった分かった」
溜め息を吐いた陽葵がこちらに近づいて来る。
そのスクールバックの中から紙袋が取り出された。
ラッピングを施された、いかにもプレゼントな装い。
「ほんとは家に帰ってから渡す予定だったんだけど」
袋の中から取り出されたのは、淡いブラウンカラーを基調としたチェック柄のマフラーだった。
「ほら、ダウンのチャック開けな」
「……私にとどめを刺す気?」
「この流れでどうしてそう思う?」
いや、だって首元が大変な事に……。
「つべこべ言わず、いいから巻きなって。こっちの方があったかいから」
すると陽葵から無理矢理に首元のチャックを開けられ、そのままマフラーを巻かれる。
「……え、わ」
しかし驚いたのは、ふわふわとした質感とその温かさ。
マフラーをした事はあるのだけど、首元のチクチクと刺さるような刺激が私は苦手だった。
でもこのマフラーにはその嫌な感触が一切なくて、むしろこちらから触りたくなるほどの心地よさだった。
「へへーん、すごいでしょ。それカシミヤで出来てんだよ」
「……ほう」
よく分からないけど、マフラーの先には英語で綴られたブランドタグもついていた。
陽葵が選んだ物なのだから、きっといい物なのだろう。
何も分からずとも、物で分かる質の高さがあった。
「いやー、あたしも色々考えたんだけどね? アクセサリーとか香水とかさぁ、でも雪そういうのしないだろうなーって思ったから。でもマフラーならしてくれんじゃね? って思ってさ」
「確かに、これはする」
「でしょでしょ。本当は家に着いてから渡したかったんだけど……でも良かった、ちゃんと使ってくれる物を贈れて」
さすがは陽葵、物に無頓着な私なのにちゃんと必要な物を渡してくれる。
「ありがとう」
「うん、誕生日おめでとう、雪」
雪が降る季節。
12月2日は私の誕生日だった。




