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06 白凪雪という人


 (ゆき)とは小学校からの付き合いだけど、昔から何を考えているのか読む取るのが難しい子だった。

 表情が豊かとは言えないし、反応は薄めだし、話し方に抑揚も少ない。

 そのせいか彼女の周りには人がいなかった。

 雪本人はそれについて何とも思っていない様子だった。

 それか、とっくの昔に諦めていたのかもしれない。


 でもあたしは初めて会った時から、そんな雪が気になった。

 皆が誰かと一緒にいようとする中、一人佇む彼女があたしには際立っているように見えたから。

 だから、気付けば声を掛けていた。


『雪ちゃん、今日一緒に帰ろ?』


『……いいけど』


 雪は思っていたよりもすんなりと、あたしを受け入れた。

 それが嬉しかった。


 でも、どこまで行っても雪は雪だった。

 あたしが雪の側に行く事があっても、雪の方からあたしに近づいてきた事はない。

 話をすれば返事はしてくれるけど、彼女の心に触れたような感触は一度もなかった。


 次第にそれが不安のようなものに変わっていった。

 雪の唯一の友達はあたしだと思っていたけど、雪はただ反応をしているだけなんじゃないかって。

 たまたま声を掛けたのがあたしだっただけで、雪にとっては誰でも良かったのかもしれない。

 心ではそれを否定したかったけど、それを否定するだけの材料がどこにもなかった。


 だから、あたしは雪に興味を示して欲しかった。


『ねぇ、髪染めてみたんだけど、どう?』


『いいんじゃない?』


 言葉では同調してくれたけど、“そう言うしかないでしょ”って内心は透けて見えた。


『今日メイク変えてみたんだけど、分かる?』


『あんまり分かんない』


 あたしの変化なんてまるっきり見ていなかった。

 雪自身が美容に無頓着だから興味がないのは仕方ないのかもしれないけど。

 でもあたしの関心に関心を示して欲しいと思うのはワガママだろうか。


『最近、北川紗奈(きたがわさな)って子と仲良くなってさ』


『……誰?』


 新しい友人を作っても、誰かすら把握していなかった。

 雪は他人に興味がないようだったけど、それはあたしに対してもそうなんじゃないかなって不安がまた強くなった。


 あたしは雪の興味を惹きたくて、より魅力的な人間になろうとした。

 そうすれば、雪があたしの事を離さないように掴んでくれるんじゃないかって期待して。

 でも、どこまで行っても雪は変わらない。

 何にも関心を示してくれなかった。


 だから、あたしは輪を広げる事にした。

 単純にその方が気が紛れたし、クラスの中心人物としてあたしがいれば雪も気になるだろうと思ったから。

 でも、雪はそんな事すらどうでも良さそうで。

 むしろ、そんなあたしを遠ざけて会話すらしてくれなくなった。


 雪はやっぱり、あたしには興味がなかったんだ。


 あたし達の関係性は壊れてしまった。 

 もう、どうにでもなれ。

 そう思って、諦めた。

 雪にとって隣にいるのは誰でも良かったのだと、虚しい現実を突きつけられただけだった。


 そう、思っていたのに。


『な、仲直り……したいんだけど』


 突然、人が変わったように雪の方から近づいて来て、そんな事を言ってきた。

 耳を疑った。

 全てがどうでも良さそうだった雪が懇願するように、あたしとの関係性を求めて来たんだから。


『仲直りして、どうすんの?』


 でも、まだ信じきれなくて、その先に雪が望むものを尋ねた。

 

『また友達として一緒にいようよ』


 あたしを友達として求めてくれていた。

 願っていた言葉だった。

 心が震えそうになって、でも押し殺した。


 このまま雪の願いを叶えた先に、何が待っている?


 今の雪はあたしとの関係性が途切れた反動が、一時的に来ているだけなのかもしれない。

 望みを叶えた雪は、また元に戻ってしまうのかもしれない。

 そう思うと心に靄が掛かり、不安に染まっていった。


『暫定でいいなら』


『……ざんてい?』


『そう、一時的な関係、友達候補みたいな』


『な、なにそれ』


『クラスメイト以上、友達未満ってこと』


 だから、あたしは答えを濁した。

 雪が求めてきたものを与えなかった。

 でも拒絶も出来ないから、餌を釣るようにして雪を誘った。


 これなら雪は、ずっとあたしの事を求めてくれるでしょ?

 雪の言葉で、今の気持ちを伝えてくれるでしょ?


 あたしはそれがずっと欲しかったら、だから失いたくなくて誤魔化した。

 あの雪が、恥ずかしがって絶対しないような姿まで見せてくれるんだから。

 肌に触れる事だって簡単に出来てしまった。

 その情動が抑えきれなくて、思わず力強く握ってしまったけど。

 この雪は、あたしだけが知っていると思うと堪らなかった。


 ……そう思っていたのに。


 翌日の教室。

 雪から紗奈に話し掛けていた。

 今まで誰とも話そうとしなかった雪が、他者に話しかけていた。

 なにそれ。

 あたしを求めてたんじゃないの?

 あたしを求めてくれるのは嬉しいけど、他の誰かと絡んでたら意味がない。

 やめてよね、そういうの。

 それだと結局あたしもその他大勢って事になってしまう。


『はい、じゃあ罰ね。放課後、教室で待ってて』


 だから、雪を呼び出す事にした。




        ◇◇◇




 空き教室で一人、私は陽葵(ひなた)を待つ。

 時間指定はなかったから、とにかく待つしかなかった。

 既に教室は夕暮れに染まっている。


「あ、ちゃんといるね」


 ようやく私を呼んだ張本人が現れた。


「呼び出されたんだから、そりゃいるよ」


「偉いじゃん」


「子供扱いしないで欲しいんだけど」


「雪みたいな子供いないでしょ」


 気のせいか、陽葵の表情はさっきよりも穏やかだった。

 声音もどこか軽さがある。


「それで、呼び出して何の用?」


「さっきの話の続き、紗奈と何話してたの」


「いや、だからそれはさっき説明した通りで……」


「ふーん」


 陽葵が流し目で私を見ながら近づいて来る。

 

「ねぇ、そんな嘘ついて楽しい?」


 陽葵が腰を折って、私と視線を合わせる。

 その目力に思わず、目を反らしてしまう。


「嘘なんて、別に……」


「紗奈はともかくさ、雪の嘘なんてすぐに分かるんだからね」


 図星で、喉の奥がどんどん締め付けられていく。

 こんな時、北川(きたがわ)さんなら上手く躱すんだろうけど。

 私にそんな柔軟性はなかった。


「はい、嘘確定。クラスメイトに降格かな」


「え、ちょっとそれはいくら何でも……」


 早すぎ、というか。

 そんな理不尽な……と言いかけて、止める。


「あたしの信用を取り戻してって言ったのにさっそく嘘ついてるんだよ? そんな人、信じられると思う?」


「……ごめん」


 もう、どうにも出来なくなって頷く他なかった。

 確かに、陽葵の言う通りだったから。


「まぁ、でも全部が全部言えるわけじゃないもんね。あたしだって鬼じゃないから、それくらいは譲歩してあげる」


「……ほんと?」


「うん、ただし罰は必要だけど」


「え」


 陽葵の許しを得たと思ったのに、それは罰と引き換えだった。


「嫌ならいいんだよ?」


「……罰って何」


 背に腹は代えられない。

 私は陽葵を離すわけにはいかないんだから。


「じゃあ……」


 雪の指があたしの体を沿うようになぞらえていく。

 その指先が胸の当たりでぴたりと止まる。


「脱ぎなよ」


「またそれ……」


 嫌でしかないんだけど。


「はいはい、扉の鍵閉めとけばとりあえず大丈夫でしょ」


 そういう問題でもない。


「早くしなよ」


「……分かったよ」


 別に私の体に価値なんてないんだから、意味がないと思うんだけど。

 陽葵にとって意味があるのはこの私の不快感なのだから。

 そういった事はどうでもいいのかもしれない。

 本当に嫌な罰だな、なんて思いながらブレザーとブラウスを脱いだ。


「ふぅん」


「……なに」


 陽葵がまじまじと胸の方を見てくる。

 特別大きいわけでも綺麗なわけでもない。

 同性と言えど、じっと見られて気持ちのいいものではない。


「ちょっと大きくなった?」


「変わらないって」


 あっても微差。


「そうかな」


「え、ちょっと、近づきすぎだって……」


 陽葵の鼻が胸に触れそうな距離まで顔を近づけてくる。

 毛穴まで見られてしまいそうな、そんな距離。


「……」


「えっ」


 というか触れていた。

 私の胸の中に顔を埋めていた。

 意味が分からない。


「雪の匂い、するね」


「いや、分かんないんけど、ていうか離れて欲しいんだけど」


 香水をつけてるわけでもないし、ありのままの私の匂いだ。

 臭いと言われるよりマシだけど、そもそも匂いを感じて欲しくはない。


「生意気だから、罰ね」


「え、いだっ……」


 胸元に顔を埋めていた陽葵が、そのまま噛んでいた。

 当たり前だけど、そんな所を噛まれた事がないから意味不明な痛みに飛び跳ねそうになる。

 しかも、陽葵も陽葵で容赦なく噛んでくる。遠慮がない。


「……どう?」


「痛いだけだって」


 陽葵が離れると、胸元に赤い跡と少しだけ歯形が残っていた。

 ここまでしなくていいと思うんだけど。


「罰ってそういうものでしょ」


 何がそんなに楽しいのか、陽葵は満足そうに笑う。

 それを見ていると、まぁいいかと留飲が下がってしまう私もおかしいのかもしれない。




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― 新着の感想 ―
陽葵ちゃん視点キター!!雪ちゃんの事めっちゃ好きなの伝わって来て可愛い!! 胸に顔を埋めちゃってるの可愛い!!自分の跡を付けてるのも独占欲感じられて可愛い!! でも雪ちゃんは自分の体の価値に気づいて…
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