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かつて絶交した幼馴染と再会できたなら、その時はあなたを二度と離さないと決めていました。  作者: 白藍まこと
-恋人-

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59 私の懸念


「……ん」


 瞼が重く、異様にまどろむ意識。

 強烈な不快感に抗いながら、何とか体を起こす。

 ようやく瞳を見開いたのに、そこはまだ闇のままだった。


「……ちがう、夜なだけ、か」


 どうやら、仮眠が本眠になってしまったらしい。

 無自覚だったけど、最近ちょっと疲れているのかもしれない。

 重たい腰を上げて、ローテーブルの上に置いてあるリモコンを取って電気を付ける。

 その勢いのままカーテンを閉めて……気付く。


「あれ、陽葵(ひなた)は?」


 一緒にこの部屋にいたはずなのに。

 あれは夢だったのか?

 と、またしても現実と夢の狭間が分からなくなりながら、彼女の痕跡を探す。

 そこでローテーブルの上にもう一度目をやると、メモ紙がある事に気付く。


【ガチ寝してるから帰るよー。戸締りよろしくー】


 陽葵の字で、隅に子犬の絵が描かれていた。


「……なるほど」


 そりゃそうだ。

 誘っておいた張本人が本眠していたら帰ってしまうに決まっている。

 悪い事をしてしまったと、後悔の念にも苛まれてきた。


 キッチンに目を配るとマグカップが二つ、洗われた状態で置かれている事にも気付く。

 私が眠っている内に、洗い物を済ませてくれたのだろう。

 益々、居たたまれない気持ちになった。

 家事は出来ると豪語したのに、これでは私が何も出来ない子だった。


 ひとまず、スマホをタップする。


【ごめん、寝ちゃってた】


 謝罪のラインを入れる。

 既読はすぐについた。


【知ってるー。あと寝たら秒で仰向けになってたからね】


 しめしめと言わんばかりに、子犬がほくそ笑んでいるスタンプも同時に送られる。

 しかし、こっちはそんな悠長に構えていられなくなってしまった。

 

「って事は、寝顔を見られたってことか……」


 大丈夫だったろうか。

 いや、大丈夫なわけがない。

 絶対に不細工でだらしない表情を浮かべていたに違いない。

 何だったら聞き苦しい寝言なりイビキとかもかいている可能性だってある。


「……やっちゃった」


 安易な行動をとってしまった気がする。

 気持ちとしては数分だけ目をつぶれば回復するだろうと思っていたのだ。

 やはり自分の部屋という安全な空間におけるリスクを考えておくべきだった。

 こんなにも油断して、無防備な自分を曝け出してしまうとは思わなかった。


【疲れてたんでしょ。あたしも若干感じるから(ゆき)なら余計かもねー】


 続けざまに陽葵からのラインが届く。

 フォローしてくれているんだろうけど、自分の失態は尾を引くものだ。


【もう寝ない事にする】


 うん、そうしよう。

 少なくとも、陽葵といる時に私が先に眠る事はないようにしよう。

 そう心に誓って、自分の醜態による羞恥心をどうにかして抑え込もうとする。


【寝たから言えるんだな、それ】


 正論だった。




        ◇◇◇




 そこからの日々は、新しい生活に慣れていくだけであっという間に過ぎ去っていった。

 春の心地よさはすぐに消え去り、夏の暑さが到来していた。

 汗ばむこの時期は、あまり得意ではない。

 それでも大学に行く為には外に出る他なく、その太陽の日差しに当てられるしかなかった。


「あっちー」


 一緒に歩いていた陽葵がTシャツの裾をパタパタをなびかせて風を立てていた。

 暑い事には間違いないから、その仕草になってしまうのは分かるのだけど、問題はお腹が見えている事だ。

 インナーごと一緒にめくってどうする。


「陽葵、はしたないよ」


「んー、あたしはそんなお嬢様に育っていませんことよ」


 かと言って下腹部を晒すような育ち方もされていないはずだ。

 少なくとも私は知らない。


「じゃなくて、お腹見えてるって」


「ん? あ、そう?」


 当然だけど私に言われて手を止めれば本人は見えないわけで、陽葵は半信半疑といった様子で首を傾げていた。


「まーまー、今更あたしのお腹が見えた所でどーこー言う仲でもないでしょ」


 陽葵が言っているのはきっと高校時代の事で、そりゃお互いに尖りまくった結果、結構な事をしていたように思うけど。

 だからと言って、他に人がいる中で素肌を晒すのに慣れているわけではない。


「陽葵は平気でも、他の人が見たら困る」


「雪が困るの?」


「……かもね」


「その心は?」


 ……なんだか、しつこく聞いてくる。

 この暑さなのに、私に粘着質に絡んでくるのは何なのだろう。


「陽葵のお腹を見て勘違いする人がいたら困る」


「それって雪がそーいう感情を少なからず持ってるから、そんな心配しちゃうんじゃないの?」


 ニヤニヤと陽葵が不敵な笑みを浮かべている。

 あたしの揚げ足を取って喜んでいるみたいだ。


「そうかもね。だからやめてもらっていい? 私の気持ちが落ち着かないから」


「……おう、あっさり」


 別にそこまでおかしい事は言っていない。

 一般論的に素肌を見せれば誰だって目が行くし、同性だってそういう気持ちを連想する。

 むしろ、それを全否定する方が違和感がある。

 だから陽葵もそんな驚いたような表情を向けないで欲しい、自分で言った事なのに。


「でもなぁ、あっちーんだよ、ほんとに。何かもどーでも良くなるくらいとにかく暑い」


 確かに暑いけど、そこまで連呼するほどだろうか。

 陽葵がそこまで暑がりというイメージはなかったのだけど、体質が変わったのだろうか。

 ……体に、異変?


「それよりさ陽葵、最近体に変化とか気になる事とかない?」


 話題としては急だとは思うけど、気になる事だった。

 大学生活を迎えて、陽葵の体に異変はないのか。

 ないのであれば彼女の身に何か危険が舞い込むのか、その精査は常に必要だった。


「気になる事で言うと……ある、かな」


「え、なにそれ」


 思い当たる節があるようで、陽葵は神妙な面持ちを見せる。

 まさかもう何か兆しがあったのだろうか?


「体的にも変わる事だし」


「なに、どうしたの? 何があったの?」


「いや、でも、これは雪から察して欲しいって言うか……」


 それでも陽葵は何か言い籠ったようにはっきりとは口にしない。

 だけど、こればっかりは言ってくれないと私も分からない。

 彼女が変化を感じているのなら、自分で口に出してもらうしかない。


「いいから言ってよ。何かあってからじゃ遅いんだからさ」


「……じゃあ、言うけどさ」


 もうそんな変化が起きている事には驚いたけれど、陽葵自身が感じ取れていたのは不幸中の幸いだったかもしれない。

 私は彼女の言葉の続きを待つ。


「また大人に近づくなぁって」


「……はい?」


 何を言っているのか、よく分からなかった。

 

「え、雪、マジで忘れてるの?」


「……え、何を」


 私が陽葵の事をこんなにも気にしているのに、何を忘れていると言うのだろう。


「あたしもうすぐ誕生日なんだけど」


「……誕生日?」


 えっと、つまり、陽葵が気になっているのは誕生日の事で。

 体の変化というのは、年齢を重ねる事を差していた?


 紛らわしすぎる。


「……そんな事か」


「え、ひどっ、雪ひどっ。あたしの誕生日をそんな事扱いすんのっ!?」


「あ、いや、そうじゃなくて、もっと大事な事だと思って」


「あたしの誕生日より大事なこと!? あたしがちょっとお腹出しただけでピーピー言ってくるのに、誕生日はどうでもいいってこと!?」


 ああ、まずいっ。

 本当にそんなつもりはなかったのだけど、私からするともっと一大事というか……それこそ命に関わる事だと思っていたから……つい。

 失言であった事は間違いないけど、訂正のしようがなくて、ただ焦る。


「いや、覚えてたよ、そりゃもちろん」


「あーあ、あたしが勝手に期待しちゃっただけか、恥ずかしー」


「……ご、ごめんて」


 いや、そうだよね。

 こんな元気そうな陽葵に何かあるわけないよね。

 危機感を持つのは大事だけど、今を大事にするのも意識しないと。

 後ろを歩く陽葵が私の背中をポコポコと叩いてくるけど、これは私が悪いので受け入れよう。

 



【謝罪】


 先週の金曜日は更新出来なくて申し訳ありませんでした。  




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