55 あたしの色
揺れる電車の中、隣に座る雪はショッパーを抱えながら流れていく窓の風景を眺めている。
それはあたしが選んだ物で、雪は全て任せてくれた。
あたしの趣味も色濃いからもっと嫌がるかと思ったけど、案外とすんなりと受け入れてくれたのは意外だった。
「明日からそれ着なよ」
会話がなくなっていたので、なんとなしに着るように促す。
放っておくとまた明日もジャージを着る可能性が彼女はゼロじゃないからだ。
「……んー、勿体ないかも」
なぜかへの字口になって渋りだす。
意味が分からない。
せっかく買った洋服を着ない事が一番勿体ないに決まっている。
「着ないと買った意味ないでしょ」
「大学で着る必要はないかなって」
「……それでジャージになってたら一番意味わかんないんだけど」
そもそものあたしの目的を雪は全否定しようとしていた。
この子はあたしを泣かせたいのだろうか。
「そうじゃなくて、何も大学の人に見せる必要はないかなって」
「どういうこと?」
「せっかく陽葵が選んでくれたのに、それを他の人に見せたら薄まる気がする」
「薄まるって、何が?」
雪に対する理解力がなさすぎるのかな。
あたしは他人に見られる事で薄まるファッションというのを知らない。
「何て言うのかな、陽葵が私の為に選んでくれたんだから陽葵だけが見れば良くて。他の人が見れば見るほど、余計な物が混ざってすり減っちゃう気がする」
「……うそぉ」
それはすごく繊細な感覚だった。
洋服そのものが薄れるわけじゃなくて、他人の視線という不純物が混ざる事であたしの気持ちが薄まってしまう……って、意味でいいんだよね?
とにかくそんな感覚を雪は感じているようだった。
あたしにとってファッションとは他人に見せる為のものだったから、それを選ぶ人の気持ちなんて想像した事はなかった。
「だから、何か気が進まない」
そうして、少しだけ力を込めてショッパーを強く抱く。
何かから守るようなその仕草は、きっとあたしの選んだ気持ちというものを抱いてくれているのだと思う。
いや、ちょっと待って?
あたしの気持ちを汲み取って、それを他人に見られるのも嫌ってこと?
え、ちょっと凄すぎない?
すごい高い次元であたしを大事にしてくれているような気がするんだけど、どう思う?
「で、でもさ、服は着てもらって初めて意味があるんであって……」
「物って用途を果たさないと意味がなくなるの? じゃあ、有名人のサイン色紙とか、スポーツ選手のユニフォームを飾る人はおかしいってこと?」
「い、いや……それとこれとは違うと思うんだけど」
「言ってる事は同じだよ。その人達も物の機能じゃなくて、そこに宿る思いを大事にしてるんだよ。思いを可視化する為の物だってあるんだよ」
「……え、そ、そうなの?」
ああ、ダメだ、とにかくレベルが高くてちょっとついてけない。
一つだけ伝わるのは、やっぱり雪はあたしの選んだ服をめっちゃ大事に思ってくれているという事だけ。
「えっと、整理するとだよ? 雪にとってあたしが選んだ服は、有名人のサインとかスポーツ選手のユニフォームみたいに飾るくらい大事にしときたい物ってことでオーケー?」
自分で言っていて、頭おかしくなったのかなと混乱しそうになる。
でもそう言い始めたのは雪本人だ。
決して自惚れてるとか調子に乗っている訳じゃない。
「……」
雪は数拍の間を置いて、視線を上に彷徨わせる。
「……それはちょっと、盛りすぎじゃない?」
雪が困り顔でこちらを見ていた。
なぜかあたしがおかしな事を言っている人にされている。
「それ、言い出したの雪の方だよねっ?」
「例えだよ、例え」
“そこら辺の境界線は分かってよね?”
みたいな顔をされた。
心外だ、あたしだって分かってて言ってるはずだったのに。
「分かった、じゃあ雪こそ考え方を変えてみてよっ」
「……と言うと?」
このままだと雪のとんでも理論で明日もジャージになってしまいそうだったので、あたしも対抗する。
果たして雪みたいな上手い言い回しが出来るかどうかは分からないけど。
「あたしの気持ちがこもった服を着る事で、雪は他の人の邪念から守られるんだよ」
「……ちょっと抽象的すぎて理解が追い付かない」
お ま え が 言 い 始 め だ ん だ ろ っ !
とは言わない……言わないよ。
シンプルにあたしの説明が分かりづらいだけかもしれないしね。
ここまで来たら雪に付き合うさ。
「ほら、服装の趣味とか変わったら誰かの影響受けたんだろーなって思うじゃん? 雪の近くにいるのは、他でもないあたしなんだからさ。間接的に他人はあたしを感じるはずなんだよ」
「……あーそういうこと」
「そそ、それって守られてる感ない?」
まぁ、もっと言うと雪をあたしが浸食しているような、そんな独占欲みたいなものも満たされるんだけど。
この事は言わないようにしよう。
何でも心をオープンにしすぎて引かれるのも嫌だしね。
「そっか、そういう事ならいいのかな」
納得してくれたのか、その視線は膝に抱えたショッパーに注がれていた。
その手が袋を撫でつける。
「じゃあ、これは御守ってことね」
「……そ、そういう事かな?」
話が飛躍している感は否めないけど、雪にそう思ってもらえる事は全然嫌じゃないから良しとする。
何より、服は着てもらわないと意味ないからねっ。
良かった、話がスタート地点に着地できてるっ。
「それなら着ないと意味ないもんね」
「そうでしょそうでしょ」
ほんの少しでも雪があたし色に染まったらいい。
混ざる事を知らなかった彼女にとって、その変化はきっと見えなかった景色を映し出してくれるだろうから。




