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かつて絶交した幼馴染と再会できたなら、その時はあなたを二度と離さないと決めていました。  作者: 白藍まこと
-友達-

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49 私の意味


「いやー、ごめんごめんっ、急いだんだけど思ったより時間掛かっちゃって」


 教室に息を切らした陽葵(ひなた)が戻って来る。

 およそ30分程度経っただろうか、誰かとの別れを慈しむのには短いくらいだろう。

 それも相手は一人だけではなかったんだろうし。


「いいよ、そんな待ってないし」


 教室に人影はもういない。

 北川(きたがわ)さんも去った後で、私は彼女の言葉を咀嚼する事に夢中で時間は一瞬だった。


「いやー、なんか不機嫌じゃん」


「そんな事ないけど」


「じゃあ、なんで目線逸らすわけ? 不機嫌なんでしょ」


「それは……」


 それは、不機嫌だからではない。

 陽葵は今もこうして私を優先して急いでくれたのだから。

 問題は北川さんが残した言葉だった。


『二人とも、いつ付き合うの?』


『陽葵はどうして白凪(しろな)さんの誘いを受けたんだろうね?』


『応援と腹いせ』


 その意味に勘づきながら、でもそんなはずがないと思う自分もいて、どうにも目を合わせられなかった。

 その結果、彼女のブレザーに視線が落とされたわけだが……。


「ん? ボタン……?」


 陽葵のさっきまであったはずの、ブレザーのボタン全てがなくなっていた。


「……ああ、これ。なんか欲しいってねだられちゃってさ」


「後輩の子に?」


「そうそう、こんなのいるんだねぇー」


 タイムリーというか、何と言うか。

 その行為の意味を深堀りたくなってしまう。


「それって、陽葵の事が好きって意味なんじゃないの……?」


「かもね。だから悪い気はしないからあげちゃった」


「それって女の子……?」


「ん、そう。男子にはあげないかな、なんか怖いから」


 そうだよね……。

 ボタンが欲しいという事は好意があるという事で。

 それを男子に渡すというのは陽葵にとってはありもしない好意をちらつかせる行為になってしまう。

 それを彼女は良しとしないだろう。


「でもその女の子も……その……恋愛的な、好きもあるかもよ……?」


 男女ともにラブレターを貰う陽葵の事だ、むしろその可能性の方が高い。

 それについて彼女はどう思うのだろう。


「まぁ、そういうオーラもあったけど。想いには応えてあげられないからね、だから物くらいはあげたいかなって」


「……そ、そうなんだ」


 そうだった。

 陽葵は女の子の好意に肯定的だ、むしろ男子よりも良しとしているきらいがある。

 あ、あれ……いよいよ……状況証拠が……。

 いや、まだ時期尚早、確かめる事に集中。


「わ、わたしもボタン欲しかったなー」


「えっ」


 今度は陽葵が不自然に固まる、視線が左右に泳いで何か困惑しているのが見て取れる。

 おかしい。

 友達がボタンを欲しがっているくらいで、そんな反応しなくてもいいと思う。


「いや、(ゆき)がいるとか思ってないし」


「黙ってても残してくれるのかなって」


「え、えっ」


「……そうだよね、私よりも後輩の子の方が大事なんだよね」


「い、いや、そういうわけじゃなくてっ」


 両手を右往左往しながら、分かりやすく慌てふためく陽葵。

 その反応はとっても過剰だ。


「これは、その、他意はないからっ、あたしからの好意じゃないしっ」


「でもそれを渡してるってことは……」


 友達がこんな事を言ってきても、そんな強く否定する事も慌てる必要もない。

 “渡せなくてごめん”とか、“雪には要らないでしょ”とか。

 そういう態度でいいと思う。


 いや、しかし。


 そもそも、本当に私がそういう対象ならボタンは残してくれるんじゃないか……?

 という事は私の杞憂という可能性もやはり捨てきれない……。

 こちらもこちらで疑心暗鬼になりつつある。


「わ、分かった。あたしのボタン取り返してくる、まだ間に合うでしょ」


 陽葵が振り返り、本当に後輩の事を追いかけようとしていた。


「いや、ごめんっ、大丈夫だよっ」


 さすがにそこまではしなくていい。

 私だってそんな事で目くじらをたてるほど子供じゃない。

 それでも走り去ろうとする陽葵の手を、咄嗟に掴んだ。


「えっ」


「と、止まってよ」


 私の手と、陽葵の掴まれた手首が繋がる。

 慣れないやり取りをした後のせいだろうか。

 この繋がりに何か違う意味を持つような、そんな熱量を感じて、戸惑う。


「でも、ボタンがないと雪が納得しないんじゃ……」


 この会話の流れではそれが自然な反応だ。

 でも答えはまだ曖昧なままで、“陽葵の反応を伺っていた”とも言えるはずがない。

 

「陽葵がいればいいよ、それで十分」


「……えっと」


 頬が紅潮しているように見えるのは、夕暮れに染まる教室のせいだろうか。

 慌ててここまで走って来てくれた余韻だろうか。

 それとも……。


「物に囚われてた私が浅はかだったよ、陽葵が来てくれたんだから贅沢言ったらダメだった」


「そ、そんな事はないけど……」


 何はともあれ、陽葵は動きを止めてくれる。

 でも何だろう。

 動きは止まっても、事態は何か動き続けているような気がする。


「まぁ、モテモテな陽葵だから仕方ないよ。分かってたこと」


 ボタンの事は想定外だったけど、それらしいやり取りは行われる事に何の違和感もない。

 私は陽葵から手を離して、両手を上げる。

 

「私とはやっぱり違うよね、あはは……」


 そして自嘲気味に笑う。

 いや、別に悲観的になりたいわけじゃなかったんだけど。

 話題とか空気を変えようと思ったのだ。


 これ以上、陽葵を探って私が一方的なおかしな人になってもよろしくない。

 時間はいくらでもあるのだから、ゆっくり考えていけばいい。


「……それじゃあさ、ちょうだいよ」


「ん? 何を?」


 そう言って、今度は陽葵の方がおずおずと腕を伸ばす。

 その指先が私のお腹を差していた。


「雪のボタン、ちょうだいって」


「……へ?」


 お腹、じゃなくてボタンを差していた。

 陽葵とは正反対で、私は全て揃っている。


「いや、なんていうの? あたしのボタンはもうあげられないけど、ボタンを貰われる経験はあたしがあげられるっていうか? あたしはもう全部ないんだし、ちょうどいいよねっ」


 何がちょうどいいのかはよく分からない。

 よく分からないが、この展開は北川さんが私に招いた兆しを色濃くしていく。


「いいでしょ、ねぇ、もう着る事ないんだしっ」


「……いい、けど」


 そうすると、陽葵は第二ボタンを手に掛ける。

 や、やっぱり、そこなんだ……。


「えい」


 ――ブチッ


 と、勢いよく引いた手が糸を引き千切る。

 陽葵の人差し指と親指の間に、私の第二ボタンが収まっていた。


「へへ、もらった」


「……まぁ、ただのボタンだけどね」


 そう意味なんてない。

 ボタンそのものには、その機能としての役割しか。

 だから、意味があるのは、どうしてそんな物を人は欲しがるのかという事で……。


「これであたしも雪も一個ずつだね」


「……個数だけはね」


 二個全てを手放した陽葵と、一個を渡した私では意味が結構違う気もするんだけど。


「いいのいいの。さよならあたし、ようこそ雪って感じ?」


 それは、どうだろう。

 そんな新しい風が吹くような行為にはならない気がする。


「もう着ないのに、それはムリがある」


「そうなんだけど、こんなの気分の問題じゃん?」


 ……そんな考えもあるのだろうか。


「それじゃ帰ろっか」


 そうして、今度は陽葵に私の手を掴まれる。

 思っていたよりも力が強いのと、色々な意味が重なって、私は少し驚く。


「うん」


 けれど、こうして陽葵が失った物を私が渡せるのなら、それが私がここにいる意味なのだろう。

 高校最後の日までそう在れたのは、私と彼女が正しく繋がっている証明だと信じたい。

 そう感じて、私は彼女の隣に並ぶ。


「卒業おめでとう陽葵」


「卒業おめでとう雪」

 

 だから今は、この日を陽葵と迎えられた事を喜んでいたいと思う。




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