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かつて絶交した幼馴染と再会できたなら、その時はあなたを二度と離さないと決めていました。  作者: 白藍まこと
-友達-

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47 私と彼女


 陽葵(ひなた)にお茶を飲ませて、ペットボトルをテーブルの上に置く。

 そこで私はひとつ静かに深呼吸。


 ビックリした……。


 今日の彼女は驚かせる事ばかりをやってくる。

 突然家に来ると言ってみたり、一緒の物を買ったり、隣に座ったり、同じ飲み物をシェアしてみたり。

 最後のは特に大変だ、だってそれは間接キスに他ならないのだから。

 それでも、私は努めて平静を装い対応した。


 知っている。

 友達同士のじゃれ合いで、これくらいはよくある事なのは知識としては知っている。

 だから、理性を最大限に働かせて平静を装った。

 恐らく見破られてはいないだろう。


 だけど、まぁ……なんて言うんだろう。

 理性を働かせないと制御出来ないような感情を抱いてるのがそもそもおかしい気もする。

 胸の中を渦巻く激しい波に攫われないように、その場に居続ける事の何と難しい事か。


 人生経験は多少あれど、人付き合いという意味においての経験は私は大多数より乏しい。

 だからこの友人関係という深まりに、喜びと羞恥が入り混じるのは仕方ないのかもしれない。


 しかし、この感情の揺れ動きの幅は正常なのか異常なのか。

 その判断だけは、どうしてもつかない。

 誰かに聞けるような相手はいないし、まさか陽葵本人に尋ねるわけにもいかない。

 自分の心のゆらめきを客観視する事は、どうしたって難しい。


「……それで、ずっとこのままなの?」


 改めて寄り掛かってきた陽葵の肩に視線を落とす。

 肩越しに伝わってくる陽葵の体温に心地良さはあれど、右腕の自由は失っている。

 こうしている限り、私は食べ飲みに左手を使うしかなくなってしまう。


「嫌だった?」


 真っすぐな瞳で、問いを投げ返される。

 嫌ではない、嫌ではないけど不自由だ。

 どうしたものかと考えて、まぁ、何とかなるかと考え直す。


「嫌じゃないよ」


「そ、そう……なら解放してあげる」


 そう言って陽葵の肩が離れる。

 

 嫌じゃないと半ば肯定したのに、離れて行く。

 嫌だと否定されたら、離れて行くものではないのだろうか?


 どこか満足そうな陽葵の横顔を見るに機嫌を損ねたわけではないのだろうけど、疑問だけが残った。

 そうして彼女を見ていると、足の指先がもそもそと器用に動いていた。


「靴下脱ぎたいなら、気にしないで脱いでいいよ」


「え、あ、ほんと? あたし窮屈なの苦手でさぁ、助かるー」


 やはり不自由さから解放されたくで足先が動いていたらしい。

 もしかすると、その束縛を私にも与える為に肩を寄せていたのかもしれない。

 今日の陽葵は何でも共有しようとしているから、ありえる話だなと思った。


 陽葵のソックスが足から引き抜かれ、白い素肌が露わになる。

 相も変わらず太腿から足首にかけて繊細な曲線を描いていて、その先にある煌びやかに光るアクセサリーが目に留まる。


「……つけてくれてるんだね」


 陽葵の足首に巻かれているのは、アンクレット。

 シルバーの装飾が、夕陽を反射して輝いていた。


「あー、もちろん。先生にバレると面倒だから、隠しながらだけどね」


 そう言ってはにかむ陽葵を見て、その場しのぎの物じゃなくて、本当に身に着けて貰える物が贈れたのだと胸を撫でおろす。


「よかった、安心したよ」


「……安心? 別に不安になる要素なくない?」


「本当に喜んでもらえてるんだと思ってさ」


 そんな私の答えに何を思ったのか、陽葵は瞳を何度か瞬かせた。


「友達にプレゼントを贈るのに、そんなに不安になる?」


「なるよ、陽葵にしかこんな事しないんだから。どう思われるかは大事だよ」


 邪険に扱われる事はなかったとしても、せっかく渡すなら喜ばれる物を、ずっと大事にしてくれるような物を渡したい。

 そう思う心に、何もおかしい所はないと思う。


「……それって、本当に友達に向ける感情?」


「ん?」


 陽葵の言っている事がよく分からなくて、ただ首を傾げる。

 これ以上ない立派な友情だと思うのは私だけだろうか。


(ゆき)で言う所の友達って、あたしだけなんでしょ?」


「そうだけど」


 恥ずかしい話だが、私の交友関係は極端に乏しい。

 社会人になればそれっぽい人との関り方は覚えたけれど、それは友人とは程遠い何かだった。

 少なくともプレゼントを渡したいと思う事はないし、その人達の行く末を案じる事もなかった。

 その人達が悪いのではなく、私が薄情な人間であるという事も自覚はしている。

 そんな情に希薄な自分こそが社会不適合者だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。


「それって言葉を置き換えても成立するんじゃない?」


 肝心な部分だけを伏せられて、穴埋め問題のように濁される。


「なんだろ……」


 そんな情に薄い自分でも、唯一あったのが陽葵に対する後悔。

 そして、彼女に対する執着心だった。

 この感情だけが、私にほんの少しだけ残された良心……だと信じてるけど、字面にすると良心からは程遠い。

 とにかく、陽葵に対する感情を再定義しろと言うのなら、私はこれを何と名づけるだろう。


「ほら、もっとこうさ。特定の大事な人に使うような表現っていうかさ」


 濁しながらも、その輪郭だけを明瞭にしていくようなヒントが足されていく。

 どうあっても陽葵は私に何かを言わせたいらしい。

 陽葵にふさわしい大事な人の為の言葉……それは。


「あ」


「え、何かあった。思いついたっ?」


 陽葵の表情が嬉々として綻ぶ。

 私もそれらしい言葉が思いついて、これしかないという感覚を覚えていた。


「分かった。確かにあったね、ぴったりな言葉が」


「そ、そうでしょそうでしょ。あ、でも待って、心の準備が……」


 急に髪を触りながら慌てるように整えている陽葵だけど、今の私と彼女の関係ならきっと受け入れてくれると信じている。


「恩人、だね」


 希薄で、朧気で、空白な私に唯一の彩を与えてくれた人。

 過去の過ちを許してくれた人。

 私と彼女を知るきっかけを与えてくれた人。


 そんな羽澄陽葵(はすみひなた)こそ、私にとっての恩人に他ならなかった。


「……あー、うん、そうだよねぇ。分かってた、うん、わかってたんだぁ」


 腕を下ろし、整えていた髪から手を離す陽葵。

 声にはどこか艶を無くし、空虚な響きがあった。


 なんでだ?


「分かってたの?」


「うん、分かってた。きっとあたしの一方通行なんだろうなぁっていうか」


 陽葵の一方通行……?

 ああ、そうか。

 私は陽葵に対する後悔の念や感謝の思いなど、ただの友情ではない部分が多く含まれている。

 幼馴染であり、純粋な友情を重んじていた彼女の感情とは異なるものだ。

 だからこそ、そのズレが気になったのだろう。


「私の言ってること、変かな……?」


「ううん、いいと思うよー。少なくとも雪があたしにすっごい大きな感情を抱いてくれる事は分かったからー、それで良しとするー」


 言葉は受け入れてくれているのに、話し方がぶっきらぼうで感情がなかった。

 どっちなのか、いまいち反応で読み取れない。


「はぁ」


 なぜか重めな溜め息を吐きながら、陽葵はほうじ茶をがぶ飲みする。

 お茶ってそんな一気飲みするものじゃないと思うんだけど……。


「シュークリーム、食べるわ」


「あ、うん」


 その勢いのまま、陽葵はシュークリームに手をつける。

 薄い生地の中にはホイップクリームだけが詰まっている。

 私の小さなこだわりとして、カスタードがない物を好んでいる。

 控えめな甘さと、白で敷き詰められている世界が好きだった。


 そして、陽葵は勢いよくかぶりつく。

 シュークリームを食べているというよりは、何か肉料理を食らうような豪快さだった。

 それはそれで見ていて気持ちがいいけれど、お菓子を食べているような柔らかさはない。


「……どう?」


「美味しいけど、喉渇く」


 そんな勢いよく一気に食べるからだと思うんだけど……。

 まるでその様はヤケ食いだった。


「お茶ないし」


 それはさっき自分が一気飲みしたからだ。

 まぁしかし、私も少し飲ませてもらったのだから、恩返しの時だろう。

 手つかずのペットボトルを持ち上げる。


「私の飲む?」


「……」


 じーっとこちらの手を見つめて、数拍の間。

 

「手、汚れてる」


 陽葵がシュークリームを触った手を広げる。

 生地の油と、ホイップクリームが少しだけついていた。


「……ああ、はいはい」


 意図している事が分かったので、私はペットボトルのキャップを開ける。

 その飲み口を陽葵の口元に運んだ。

 さっきもやった事だから、もう抵抗はない。


「どうぞ」


「……」


 陽葵は一瞬こちらにジト目を向けて、唇でその飲み口を受け入れた。

 こくこくと喉を鳴らす。

 自然と離れて、お茶の水分がその唇を濡らした。


「これで良かったんだよね?」


 手が汚れているから、お茶を飲ませろ。

 そういう意味だと受け取った。


「まぁ、あたしからすると半分かな」


「半分?」


「もう半分は素通りされた」


「……はぁ」


 果たしてこれ以上何があったのだろうか。


「いいよ、雪なら半分でもやってくれるだけ大進歩」


 その答えが明かされる事はなく、陽葵はその指先についていたホイップクリームをぺろりと舐めた。




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