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04 暫定友達


 放課後。

 仲直りする為には、タイミングを逃してはいけないと思う。

 こういうのは後にすればするほど、その機会を失ってしまう。

 昔の私はそれでどんどん意固地になって、陽葵(ひなた)と話せなくなってしまった。

 だからすぐに謝ろうと、決意を固めた。


 鞄を持って立ち上がった陽葵の後ろ姿を見て、あたしも同時に立ち上がる。

 彼女が歩き出すよりも先に近づいて、声を掛ける。


「ねえ、陽葵」


 陽葵の視線が動いて、私の姿を捉えた。


「……なに?」


 感情を押し殺した冷たい声だった。

 それだけで挫けてしまいそうになるけど、ここに来た理由を思い出す。


「ちょっと話がしたいんだけど……」


 陽葵が後ろを振り返る。

 北川(きたがわ)さんを始めとした友人達がこちらを見ていた。


「今日これから皆で出掛ける予定だったんだけど……今じゃなきゃダメ?」


「あ、じゃあ……」


 “明日でもいいよ”、と言いかけて思い留まる。

 何をホッとしているんだ、私は。

 私は今言いたいんだ。

 この機会を後回しにしたら、この気持ちも後回しにしていいものだと思われてしまいそうで、嫌だった。


「い、今がいい」


「……ふーん」


 陽葵がもう一度、振り返った。


「ごめん、先行ってて。後で追いつくから」


「わかったよー」


 陽葵の友人達は教室を後にする。

 残されたのは私と陽葵だけだった。


「……場所変える?」


「あ、そ、そうだね」


 人に聞かせるような話でもないし。

 まばらに人がいるのは、ちょっと気になってしまう。


「分かった」


「う、うん」


 機械的なやり取り。

 あの頃の一緒にいるのが当たり前だった空気は、ここにはない。







 空き教室に移動する。

 ここに来るまでの間も会話はなくて、息が詰まりそうだった。


「それで、話ってなに?」


 扉を閉めると、陽葵が流し目でこちらを見る。


「その……謝ろうと思って。陽葵の好意を無駄にしちゃったし、無視までして……ごめん」


 私が長年思っていた後悔を言葉にして、謝罪をしたかった。

 今ようやくそれが形になる。


「まぁ、終わった事だし。もう言っても仕方ないよね」


 だけど、その返事はあまりにあっさりとしていて他人行儀だった。


「それはそうかもしれないけど」


「今さらあたしも同じ話を蒸し返したりしないよ。話はこれだけ? もうないなら行くから」


 そう言って陽葵は鞄を持って歩き出す。

 いや、駄目だ。

 こんなの全然分かり合っていない。

 言葉だけのやり取りで、本音を交わせている感触がどこにもなかった。


「ま、待ってよ」


 私は陽葵の手を取る。

 驚いたのか、陽葵は反射的に振り返る。

 やっと感情の色を灯した瞳で、陽葵が私を見てくれた気がした。


「なに」


 でもそれは一瞬で、陽葵はすぐに冷たい表情に戻ってしまう。


「な、仲直り……したいんだけど」


 それが願い。

 終わってしまったあたしと陽葵の関係性を取り戻したかった。


「……なんで?」


「え、な、なんで?」


 そこに疑問を抱かれるとは思わなくて、私はつい同じ言葉を繰り返してしまう。


「仲直りして、どうすんの?」


 ど、どうと言われても……。

 元の関係に戻りたいだけだった。


「また友達として一緒にいようよ」


「……友達、ね」


 陽葵は顎に手を当てて、考え込む。

 とん、とん、とん、と。

 三度叩いてから、指先を放した。


「暫定でいいなら」


「……ざんてい?」


 全く想像していなかった表現に、馬鹿みたいにオウム返しをしてしまう。


「そう、一時的な関係、友達候補みたいな」


「な、なにそれ」


「クラスメイト以上、友達未満ってこと」


 陽葵は真剣な表情をしたままだ。

 だから、その言葉が冗談でない事は伝わってくる。


「不満ある?」


「いや、不満っていうか……よく分かんないって言うか……」


 なんで、そんな段階を踏むんだろう。

 すぐには許してくれないって事なのかな。


「あたしも(ゆき)を信じたいけどさ、ついこの前拒否られたと思ったら数日で友達に戻ろうって言われてんだよ? さすがに“はいそうですか”、とはならないでしょ」


「……まぁ、そうだよね」


 確かにそう聞くと変わり身が早すぎる。

 こちらにも事情はあるのだけど、そんなの陽葵が知る由もないのだから怪しまれても不思議ではない。


「だからさ、証明してみせてよ」


「……証明?」


 ああ、さっきから私はオウム返しをしてばかり。

 頭が悪いと思われても仕方ない。

 でも、それだけ陽葵が要求してくる事が意外な事ばかりだった。


「そう、雪があたしと友達になろうとしてる本気の気持ちを見せてってこと」


「……どうやって?」


 友達に戻りましょうの一言ですぐに仲直りが出来るのなら苦労はしない。

 私だってそこまで頭の中がお花畑ではない。

 でも暫定やら証明やらと言われると何をしていいか分からなかった。


「それは自分で考えなきゃダメじゃない? 雪があたしを認めさせてくれないと」


「それは、そうかもだけど」


 だけど、さっぱり分からない。

 何をしたら陽葵の信頼を取り戻せるのか。

 具体的な行動が全く思い浮かばなかった。


「別にいいんだよ、無理しなくて。そんなにやる気ないなら友達に戻らなくても」


「い、いやっ、あるよ、やる気はそりゃもうっ」


 ダメだ。

 このまま陽葵と離れるわけにはいかない。

 私だって冗談半分でこんな事を言っている訳じゃない。

 昔の自分と同じ後悔を繰り返したくはなかった。


「ふーん、そうなんだ」


 試すような口調。

 私の出方を待っているようだった。


「……えと」


 だけど、やっぱり何をしていいか分からない。

 自分の頭の固さを呪った。

 過去に戻っても柔軟性のなさは変わらないらしい。

 その姿を見ていた陽葵は、呆れたように溜め息を吐いた。


「じゃあ試し、あくまで例としてさ。最初だけあたしから雪が本気かどうか確かめてあげる」


 すると、陽葵は腕を伸ばしてこちらに人差し指を伸ばす。


「脱ぎなよ」


「……は?」


 頭が完全停止した。

 いきなり、なに言ってるんだろ。

 

「だから脱ぎなって言ってんだけど」


「……えっと、何を?」


「じゃあ、ブレザーとブラウスで勘弁してあげる」


 な、何を言ってるんだこの人は……?

 あ、頭がおかしくなってしまったのか……?


「出来ないの?」


「いや、出来ないって言うか、意味分かんないって言うか……」


 服を脱いだら伝わる本気ってなに。


「ほらね、そうやって言い訳してやらないんでしょ?」


「え、いや、ちが」


 陽葵の手がだらりと下がる。

 興を削がれた、そんな態度だった。


「恥ずかしいからって言い訳してやらないんだ。別にいいけどね、あたしに対する気持ちなんて恥じらいすら超えない程度ってことね、はいはいりょーかい」


 完全に興味を失ってしまったように手を振って立ち去ろうとする陽葵。

 だけど、ここで帰すわけには行かなかった。


「だっ、誰か来たらどうするのさ」


「……人の問題なのね」


 すると陽葵は扉まで歩いて、内鍵を閉めた。


「はい、これでいいでしょ。そもそもこの時間帯にここ誰も来ないし」


 いや、そうじゃなくて。


「そんな事する意味も分からないんだけど」


「意味は言ったよね、雪の気持ちを確かめるため」


「脱いで分かる気持ちって何」


「それはあたしが決める事で、雪が決める事じゃないから」


 完全に言い切られると返す言葉がない。

 確かにこれはあくまで私と陽葵の間だけの問題。

 陽葵がそれで良いと言うのなら、それで良い話。

 私が飲むか、飲まないかだけの話だった。


「……おっけ、分かった時間の無駄。帰るから」


 だけど、陽葵は待ってくれない。

 答えを出し渋っていると、そのまま踵を返してしまう。

 し、しっかりしろ、白凪雪(しろなゆき)っ。

 お前はそうやって言い訳ばかりして、陽葵の話しを聞こうとして来なかったんじゃないか。

 それをずっと悔やんでいたのに、何を今さら体のいい事を言っているんだ。

 陽葵が求めてくれるなら、それに応えるしかないんだ。


「ま、待って、陽葵」


「……あたしはクラスメイトより、友達優先なんだけど」


 あっという間に“クラスメイト”に降格させられていた。

 このままじゃ、またあの頃に逆戻りだ。

 そんなの絶対に嫌だ。


「ぬ、脱ぐよ、脱げばいいんでしょ」


 一度だけ深呼吸をしてから、ボタンに手を伸ばす。

 ブレザーとブラウスを脱いで、上半身が下着だけになってしまう。

 寒いのに、羞恥心で体が熱くなって、わけが分からなかった。


「……あは」


 陽葵の口元が綻んだ。


「マジでやるんだ、必死じゃん」


「いや、やれって言ったのそっちなんだけど」


 煽られて羞恥心が加速していく。

 顔が赤くなっている事が自分の熱ですぐに分かった。

 出来る事なら、この場から逃げ出したかった。


「相変わらずその下着なの?」


「う、うるさいなっ」


 高校時代の下着を知っているのなんて陽葵だけだ。

 わざわざ近づいて来てまじまじと見る当たり、性格が悪い。

 しかも、今度は腰を屈めて視線を胸からお腹へと移していく。

 そんなに見るなんて聞いてない。


「ちょっと、太った?」


 しかも凝視していた。

 ずけずけと繊細な所を踏み抜いて行く。


「いや、むしろ痩せたと思うんだけど」


 ……あ、いや、これは社会人時代の私との比較だった。

 そりゃ女子高生の方が痩せていて当然だった。

 比較対象を間違えていた。


「……どこが?」


「え、うわっ、ちょっと」


 すると陽葵はおもむろに私のお腹に手を伸ばす。

 逃げようと思って遠ざかろうとすると、陽葵が顔を上げて睨んでくる。


「これも本気かどうか確かめてるんだけど」


「……それで全部済ませるの、ずるいと思うんだけど」


 それを言われてしまうと逃げる事は出来ない。

 立ち尽くしていると、陽葵の指先が私のお腹を滑っていく。


「そう、それでいいんだよ」


 羞恥心で全身が熱くなっている体でも分かるくらいに、その手は温かかった。


「じゃあ、罰ね」


 すると、いきなり私のお腹を掴んで捻り上げていく。

 皮膚がつねられて痛みが走った。


「い、いたいっ、痛いって陽葵っ」


「大袈裟だし我慢しなよ、これは罰だから」


「罰……? 罰ってなんの」


「あたしが無視された心の痛み。償いなよ、痛みで」


 だから、それを言われてしまうと我慢するしかなくなる。

 反抗しなくなった私を見て陽葵は満足したのか、少ししてから手を離す。

 赤い跡だけが、残っていた。


「いいよ、上着ても」


 心なしか陽葵は楽しそうだった。

 私はようやく服を着れる事に安堵し、手早く着替えを済ませる。


「とにかく、これで認めてくれるんだよねっ?」


 ブレザーの袖に腕を通しながら、問いかける。


「暫定友達として、ね。こっから先は雪次第」


「え」


「そりゃそうでしょ。あたしの言った事そのままやっただけで気持ちが伝わると思ってんの?」


 ……それでも、私としては精一杯の勇気と羞恥心を振り絞ったんだけど。

 これ以上何をすればいいのか、見当はついていない。


「じゃ、これから雪の本気を見せてくれる事を期待してるから」


 陽葵は笑顔で教室を去って行く。

 私が得たのは、赤くなったお腹の跡と、クラスメイト以上 友達未満の関係だった。




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― 新着の感想 ―
陽葵ちゃんてばちょっとエッチ!?良いですね!!女子が2人きりの空き教室で片方を脱がせちゃうなんて!!
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