37 私はお祝いをする
「……どうぞ」
「お邪魔します」
陽葵が私の部屋を訪れたのは、そう前の話ではない。
感覚としてはつい先日の事で、その時は色々あった。
私が陽葵の足を噛んだり、胸を触ったり。
果たしてアレは何だったのか、振り返ると自分達の行動がおかしく思える。
「そこ、座っていいよ」
私は自分がいつも座っている座椅子を指差す。
他に椅子はないので、今日は陽葵がゲストであり主役なので椅子は譲る事にする。
「雪はどうすんの?」
「普通にカーペットの上に座るよ」
楽ではないけど、それくらい今日は我慢しよう。
お祝いされる側が背もたれのない誕生日を迎えるのは、思い出としてはよろしくないだろうから。
「飲み物いる?」
「何あるの?」
「淹れるならコーヒーでも紅茶でも、カフェラテとかも買っといたけど」
「あ、じゃあカフェラテでお願いしようかな」
「わかった」
私は冷蔵庫へと向かう。
コンビニで買っておいたストローで差すタイプのカフェラテ。
これを持って渡すだけ。
たったそれだけの事なのに、まるで今までにない行動のような真新しさを私は感じている。
この日の為に用意したものを、その人に受け入れられてもらっているこの空気が私には新鮮だった。
有り触れているはずの行動の一つ一つに、いつもと異なる意味を持つだけでこんなにも感じ方が変わってしまうのか。
「はい」
「さんきゅ」
カフェラテを手渡して陽葵がそれを受け取ると、そのままこちらを覗き続けている。
「どうかした?」
「いや、雪は何か飲まないの?」
「……あー」
自分の飲み物を失念していた。
かと言ってわざわざ今から自分の為だけに淹れるのは面倒だし、かと言ってジュース類を飲みたい気分でもないし。
「水でいいかな」
「それは裏切りだ」
「なんで?」
「あたしだけ何か罪悪感を感じる」
いや……私のは、なし崩し的な水だから。
そんな意識高い系とかではないから、あまり気にしないで欲しい。
「それより、何か食べたい物ある?」
「あれ、それも雪におまかせかなと思ってたんだけど」
「……そう、それでいいなら」
私は近くに置いてあったチラシとスマホを手に取る。
「お寿司を注文しようかと思って」
「おお、いいじゃん」
良かった。
陽葵の好きな食べ物を聞いておいた甲斐があった。
予約はしてあるから時間になったら届けに来てくれる手筈は済んでいる。
「ケーキも用意してるよ」
「めっちゃ祝ってくれるじゃん」
当然だ。
私の陽葵に対する誕生日の意気込みを舐めてもらっては困る。
こっちはそれだけ必死なのだ。
他の仲良しこよしをしているだけの陽葵の友達とは覚悟が違う……はずだ。
「でも本当に急にどうしたの? ここまで雪にされるの初めてなんだけど」
「人は変わるんだよ」
私が変わったのは陽葵に対する想いだけだけど。
後は誰でも得られるような浅い人生経験が積み重なったくらい。
それだけでも本来あった関係性を変えられるのなら。
そんな浅い時間にも意味があったのかもしれない。
まだ、そう言い切る事は出来ないけれど。
◇◇◇
「……お、お腹いっぱい、なんだけど」
陽葵はお腹を擦りながら、苦しそうに息を漏らす。
「ごめん、私が頼み過ぎたせいだね」
少ないよりは多い方がいいだろうと思って注文しすぎてしまった。
生ものなので残して後日というわけにもいかず、かと言って私は多くを食べられず。
結果、陽葵がお寿司もケーキもぺろりと平らげてしまった。
元々よく食べる方だなとは思っていたけど、今日は圧巻だった。
「いつもはセーブしてるんだけど、流石に残すわけにいかないと思ったら限界まで食べちゃった……ああ、明日からどうしよう……」
満足しそうにしながらも、後悔に表情を曇らせる陽葵。
食事一つにとっても、彼女の中では色々と葛藤があるらしい。
「まぁ、今日は誕生日だから良しとしよう」
「……そうだね、そうする」
誕生日を免罪符にいつもと違う事をする。
それはそう悪い事ではないと思う。
そんな日がたまにはないと、我慢ばかりでは体に悪い。
「でも……あれだね、これはしばらく動きたくないと言うか……動けないね」
お腹がはち切れそうになって身動きがとれないらしい。
「しばらく休んでなよ」
「そうする……」
ぱたりと横になる陽葵。
小休憩といった所だろう、そのタイミングがちょうどいいなと思って私は立ち上がる。
寝室のクローゼットにしまっておいたショッパーを持ち、部屋へと戻る。
「……このまま、お腹の中で魚が泳ぎだすかも」
よく分からない事を口走っていたけど、そんなのお構いなしで私は寝そべる陽葵の顔のすぐ横にショッパーを置く。
「うわ、なにっ」
驚いた陽葵が反射的に体を起こす。
まじまじとショッパーを見つめいてた。
「……これ、どうしたの?」
ブランド名も書いてあるので、何かを察した陽葵がこちらを見てくる。
「誕生日プレゼント」
「……マジ?」
「ここで嘘つく意味ないでしょ」
「いや、そうかもだけど……雪がここまでしてくれるなんて……本人じゃなかったり?」
ヒドイ言われようだった。
いや、原因は昔の私の振る舞いのせいだとは分かっているけど。
とは言え、今の私を見てそこまで疑う必要もないと思うんだけど。
「要らないなら、いいよ」
ショッパーを取り上げる。
「ああ、ごめんごめん、欲しい欲しい。雪からのプレゼントなら喜んで」
取り上げた私に対して、手を伸ばす陽葵。
「最初からそう言いなよ」
「あはは、つい」
そのまま手渡す。
「開けても?」
「どうぞ」
果たして喜んでくれるのかは分からないけど。
まぁ、何もしないよりはずっといいはずだ。
そう自分に言い聞かせながら、陽葵が包装紙と梱包を開けていく。
「……これって、アンクレット?」
陽葵の手に私の誕生日プレゼントが光る。
シルバーのチェーンに花のモチーフのチャームがあしらわれていた。
「そう」
「……あ、ありがとう」
陽葵の口があんぐりと開きながら、心ここにあらずといった表情で見つめられると、本当は喜んでいないのではないかと思ってしまう。
要らない物を渡してしまったのかと不安になる。
「……それ本当に喜んでる?」
「よ、喜んでる喜んでるっ、まさかここまで雪が本気なプレゼントをくれると思わなくてテンションに困ってるだけっ」
「……はぁ」
それならいいんだけど。
どうにも不安だ。
「でもすごいね、アクセサリーにしてもアンクレットは予想外。何か意味あるの?」
「……別に、陽葵は色々アクセサリー持ってるけどアンクレットはなさそうだったから、それにした」
陽葵が持っているアクセサリー類は独自のセンスがありそうで気が引けたし、どうせ贈るのなら私が初めての物が良かった。
「いやぁ……びっくり……」
アンクレットを見つめ続ける陽葵。
そんな陽葵を私は見つめ続ける。
私の贈った物で繋がれて、このまま離れなければいいのにと思いながら。
 




